光の精霊ウィスプ
「……うむ、聖石に異常はないようだ」
「では、さっきのあれはやはり聖域の方から?」
「そうだろうな、……向こうでいったい何が起きているのか」
精霊の里に残ったエクレールは、族長であるラギオたちと共に聖石が安置されている祠に足を運んでいた。ジュードたちが向かった聖域は、この祠の更に奥にある。
彼女たちは少し前、獣か何かの雄叫びらしき声を聞いて慌てて里を飛び出し、この祠までやってきたのだ。それは竜化したネレイナが上げたものだが、ずっと里にいたエクレールたちが聖域での出来事を知っているはずがない。
祠の最深部にある聖石には、特におかしな点はなかった。深い藍色の大きな宝玉が台座に安置されているだけだ。見た目としては綺麗な宝玉だが、これが神の力を秘めた石だと言われてもあまり想像はできない。迷信か何かでは、と疑う気持ちは当然ながらエクレールの中にもある。口にはできなかったが。
ラギオや住民たちのやり取りを聞いて、エクレールは心配そうに表情を曇らせると彼らの背中に声をかけた。今は聖石よりも聖域に向かっただろうジュードたちのことだ。
「お兄様たちに何かあったのでしょうか……」
「う、ううむ……それはワシらにもわからぬ。聖域には高度な幻術魔法がかけられていて、我々精霊族でさえ中に入ったことがないのだ」
「ですが、その中に入るためにケリュケイオンが必要だと仰っていました。お兄様たちはきっと聖域の中に入っているはずです、わたくしも――」
「そ、それはならん! どのような危険があるかもわからぬ場所にかわいい孫娘を一人で向かわせるなど……!」
エクレールにしてみれば、ジュードたちの安否がわからないというのは何より不安なことだった。やはり自分もついていけばよかった――そう思ったところで後の祭り。けれど、ラギオはラギオでせっかく会えたかわいい孫を単身で森の奥地に向かわせるのには並々ならぬ抵抗がある。
しかし、そんな時。祠の出入口の方から真っ白い光がふわりふわりと蝶が舞うかの如く飛んできた。その光はエクレールの目の前で止まると、依然としてふわふわ飛んだまま彼女の近くでくるくると回り始める。
「こ、これは……?」
「それは……光の精霊ウィスプじゃ。普段はこの祠の番人をしているのだが、このように姿を見せるとは……」
「光の、精霊? でも、光の精霊にはライオット様が……」
「あれは恐らく光の上級精霊だろう。精霊たちには、精霊、上級精霊、そして大精霊の三種類がいる。ウィスプはその中ではあまり力の強くない精霊だが……」
その話は、エクレールには初耳だった。精霊族として優れた素質を持ちながら、彼女はこれまで精霊という存在に触れる機会がまったくなかった。エクレールとて、幼い頃からジュードと同じ悩みを抱えている。それが――人間以外の、魔物や動植物の声が聴こえる、というもの。
だが、今この時ばかりは――他にはないその力が有り難かった。目の前でふわふわと浮遊する形を持たない光が、何を訴えているのかハッキリとわかるから。
「わたくしと共に……聖域へ行ってくださるのですね?」
エクレールのその問いかけに、ウィスプと呼ばれた白い光は応えるようにその場でくるりと回ってみせた。
* * *
「きゃあああぁ!!」
「マナ! 叫んでないで今のうちにさっさと攻撃!」
「ひ、ひえ……ッ」
「この魔法、立て続けには使えないんだからシャキッとなさい、シャキッと!」
こちらをぐるりと包囲するように展開するディオースの群れは、ほぼ一斉に急降下して襲いかかってきた。マナは咄嗟に悲鳴を上げたが、ディオースたちの鋭利な爪はジュードたちの誰に届くこともなく、黄色い光に弾かれた。見れば、ルルーナが地面にガンバンテインを突き立てている。以前、吸血鬼の館でも使ったことがある補助魔法、あらゆる攻撃を一定時間無効化する『パルフェミュール』だ。
思う存分に暴れられると意気揚々としていたディオースたちは、その思わぬ妨害に腹を立てたようだった。知能があるとは言え、冷静さはそれほど持ち合わせていないらしい。いきり立って両腕をパルフェミュールが展開した結界に何度も叩きつける。
ネレイナはその様を目の当たりにするなり、竜化した口を大きく開けて吼え立てた。
「その魔法、いったい誰が教えてやったと思っているのかしら!? お前は本当に親不孝な娘だわね、ルルーナ!」
「私が自分で努力して覚えたのよ!!」
対するルルーナがほとんど間も置かずに怒鳴るように反論すると、地面に突き立てられたガンバンテインがひと際強い輝きを放つ。その光はネレイナやディオースたちの群れを包み込み、それらの能力を大きく低下させた。どれだけ恐ろしい群れと言えど、能力を下げることである程度は楽に戦えるはずだ。
『ジュード、シヴァに教えてもらった基本はまだ覚えているか?』
「えっ、……あ、はい。実際に見ることはできませんでしたけど……」
それを確認するなり、ジェントがジュードの背中に声をかけた。
まだシヴァが存在していた頃、彼は伝説の勇者が使っていた技を教えてやると言ってその基本をジュードに伝授していたはずだ。結局どういう技なのか実際に見ることは叶わなかったが、いくらジュードでも基本だけはしっかりと頭に入っている。
『基本を覚えてるなら問題ない。いい機会だ、ネレイナに見舞ってやろうじゃないか』
「それはいいな、ディオースとかいうあれらは私たちで引き受けよう。ネレイナ様をどうにかすれば消えるのだろうし、……それまで持ちこたえてみせるさ」
「はい。ジュード様、周りは気にせず、どうか……」
シルヴァやリンファがそう簡単にやられたりするはずはないし、後方のマナたちの傍にはウィルやイスキア、それにライオットがついている。味方の守りは大丈夫だろう。
パルフェミュールの結界が消滅すると共に、ジュードはジェントと共にネレイナ目掛けて駆け出した。ディオースの群れを喚んでいるのは、ネレイナの胸部に刻まれた死霊文字だ。
「こちらを無視するとは、ふざけやがってえぇ! 殺せ、殺せぇ!」
「どこ見てんのよ!」
ネレイナに向けて駆け出したジュードとジェントを見て怒ったように声を上げたディオースたちだったが、自分たちを薙ぎ払うようにして唸る風の刃に咄嗟に回避行動に出る。巨大な風の鎌は逃げ遅れたディオースたち数匹を叩き払い、胴体部分から真っ二つに両断してしまった。
それは、マナが放った風属性の上級攻撃魔法『ヴァンファルクス』という魔法だ。その一撃によって標的は即座に後方のマナやルルーナに戻り、残った個体が襲ってきたが、それはウィルやイスキアによって叩き落とされ、阻まれる。
「今のわたくしとやり合おうというの!? 面白い、かかってくるといいわ!」
ネレイナは脇目もふらず駆けてくるジュードたちを見下ろすと、上体を屈めて大口を開けた。すると、その巨大な口からは燃え盛る業火が迸り、渦を巻くようにして真正面から猛然と差し迫る。回避は――間に合いそうになかった。




