表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/229

プライドよりも大事なもの


 書斎に走った衝撃が屋敷にいる他の面々に伝わらないはずもなく、中庭でいつものように訓練していたジュードたちはもちろんのこと、台所で昼食の支度をしていたマナとルルーナも何が起きたのかと大慌てで飛び出した。


 ちょうど二階に向かう階段の手前で合流したマナは、先頭を行くジュードの背中に咄嗟に声をかけた。



「ジュード、今の衝撃はなに!?」

「オレたちにもわからないんだ、ただ魔族の気配じゃないってイスキアさんが……とにかく行ってみよう、書斎の方からだ!」



 状況が何もわからないというのはひどく不安なものだ。ジュードは逸る気持ちを抑えきれず、飛ぶようにして階段を二段飛ばしで駆け上がる。その後ろにはちびが即座に続いた。


 ――直後、書斎の扉をぶち破って中から何かが飛び出してきた。留め具の外れた扉は内側からこじ開けられるように吹き飛び、そのまま廊下に派手に倒れる。その様子に思わずちびはびくりと身を跳ねさせたが、正体が知れれば警戒もすぐに鳴りを潜めた。



「お、重いにぃ、早く退けるにぃ……」

「わ、悪い、大丈夫か?」

「ウィル! どうしたの、何があったの!?」



 扉をぶち破って飛んできたのは、何てことはない。書斎の中で解読作業にあたっているはずのいつものメンバーだ。ウィルは自分の身体で潰してしまったライオットの上から慌てて退いたが、そこはやはり頑丈な精霊。特に問題なさそうだ。ウィルの身体も指輪から放出される風の防壁が守ってくれているらしく、目立った外傷は見当たらない。


 遅れてやってきたマナとルルーナは、確実に何かがあっただろうその様子を目の当たりにして半ば混乱しているようだった。リンファとシルヴァはウィルとライオットの傍に駆け寄り、その様子を窺う。ジュードは扉があった場所から一足先に書斎の中に飛び込んだ。



「――! ジェントさん!」



 書斎の中では、ジェントがネレイナに壁際に追い込まれて――いるようには見えるのだが、足元にいるノームが黄色い結界を展開しているせいか、ネレイナは必要以上に近づけないようだった。どうしてこんなところに彼女が、とは思うものの、呑気に見物などしていられない。ジュードは強く床を蹴り、短剣を手にネレイナの真横から襲いかかった。



「あら、お久しぶりねジュードくん。随分と面白そうなことをしているじゃない、おばさんも混ぜてほしいわ」

「お母様……!? どうしてここに!?」



 その一撃はネレイナの身を捉えることはなく、彼女は高いヒールを鳴らして大きく後退して距離を取った。当然、そう簡単に直撃を狙えると思っていなかったこともあり、ジュードは無理に追撃に出ることなく、ノームとジェントを庇うように立ち武器を構える。


 その聞き慣れた声に、娘であるルルーナが気付かないはずはなかった。書斎の中から聞こえてきた声の主を確かめるべく中に飛び込むと、予想と寸分違わぬ母の姿が確かにある。ネレイナはそんなルルーナをつまらなそうに一瞥した後、手にしていた杖の下部でトンと軽く床を小突く。その鋭い視線は、ジュードの後方に見えるジェントを射抜くように見つめた。



「あなたの存在はわたくしにとって計算外なのよ、勇者様。それだけでなく、わたくしがせっかくかけた呪いを解こうとしてる……見過ごすわけにはいかないわ」

『そこまでジュードにこだわる本当の理由を教えてもらいたいものだな、あの国王のためではあるまい』

「ふふ……ファイゲもデメトリアも、世界の王だなんていう小さなものに固執しているけれど、わたくしにはそんなことどうでもいいの。わたくしは世界の王ではなく、今は亡き蒼竜に代わり、この世界の神になるのよ」



 ネレイナの言葉にジュードはもちろんのこと、ルルーナも怪訝そうな表情を滲ませた。「神になる」などと、どうしたらそんな考えに行き着くというのか。それに、今は亡き蒼竜という言葉――


 暫しの沈黙の末に、か細く呟いたのはルルーナだった。依然として怪訝そうな面持ちのまま、愕然としたように。



「そんな……そんな馬鹿げたことの、ために……?」

「馬鹿げたことですって? お前、下級貴族どもがわたくしたち誉れあるノーリアン家を侮辱していたことを忘れたというの!? お父様がいないからって裏で嘲笑されていたことも、もう忘れたと!?」



 ルルーナは地の国にいる間、ずっと貴族社会の中に在った。ノーリアン公爵家は貴族の中で一番(くらい)が高く、その影響で昔から媚びへつらう者は多かったと記憶しているし、ウンザリしていたことだってちゃんと覚えている。しかし、ルルーナの父は彼女がまだ幼い頃に家を出て行ってしまい、そのことを貴族たちは憐れみ続けたものだ。


 表向きは労わりながら、裏では「欠陥貴族」と嘲笑していたことも知っている。ネレイナはそれを許せずにいるのだろう。だから四神柱(ししんちゅう)を使役できるジュードの力を手に入れて、自分が世界の神になって見返してやろう、罰してやろうというのだ。


 だが、ルルーナにとってはそんなことどうでもよかった。ジュードたちと出会って、彼女は初めて腹の探り合いの必要がない友人というものを得た。家の誉れだとか、自分のプライドだとか、そんなものよりも友人たちの方がルルーナにとってずっとずっと大切だった。



「どんな人間にも裏があるって、少し前までの私はそう思ってたわ。でも、この子たちときたら……バカでマヌケでアホで、歳の割には幼稚だしうるさいし、すぐに感情的になってばかりだし……」

「……」

「……でもね、そんなこの子たちの方がずっと人間らしい生き方をしてたのよ。最初はバカらしいと思ったけど、この子たちと一緒にいる時は腹の探り合いなんか必要ないし、ありのままでいられるの。貴族のプライドなんてどうでもよくなる、とてもちっぽけなものだって思えるようになったわ」



 次々に洩れる決して褒めていないルルーナの言葉にマナは呆れ果てたような表情を浮かべはしたが――余計な口を挟むことはしなかった。出会った頃と比べてルルーナは本当に変わった。彼女自身がそれを一番わかっているし、今の自分の方がずっと好きだとも思える。



「そんなもの、持ってたって何の役にも立たないわ! お母様は自分に従わない者が気に入らないだけよ、癇癪持ちの子供みたいなものじゃない!」

「お前ええぇ……ッ!!」



 その言葉の数々は、ネレイナの逆鱗に触れたようだった。だが、怒りたいのはむしろジュードの方だ。魔族だけでも厄介なのに、そんなことで付け狙われるなんてあまりにも馬鹿げている。


 ネレイナは完全に臨戦態勢だ、戦いは避けられそうにない。ジュードはジェントが片腕に抱く聖剣を手に取ると、彼女を見据えて身構えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ