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気になる昔の恋愛事情


 書斎を後にしたジュードとジェントは、そのまま行き先も決めずにあちこちを見て回った。文字通りただの散歩だ。


 ウィルが気にしていたように、ジェントは本当にこの屋敷のことを知らないようだった。物珍しそうに辺りを見回す様はジュードにとっては新鮮で、こうして観察している分には飽きがこない。


 玄関、中庭、二階に三階、厨房に浴室と食堂に使っている広間。そして最後に裏庭に向かった。


 この屋敷に滞在するようになって二日目に気付いたことだが、屋敷の裏庭にはひっそりと墓石が佇んでいる。石の表面には『グラナータ・サルサロッサ、享年……』としか書かれておらず、彼が何歳まで生きたのかさえわからなかった。雨風に晒されて文字が読めなくなったというわけでもなさそうだ。他の文字はハッキリと刻まれているのだから。


 そのことをジェントに伝えると、当のジェントは「はは」と笑った。



『グラナータはこういうやつさ。どこまでも秘密主義者で、人のことは根掘り葉掘り聞いてくるのに自分のことは色々と隠したがるんだ』

「へえ……」



 そう語るジェントの表情は、普段よりもずっと穏やかだ。それだけで、グラナータとの関係が良好なものだったのだと理解できた。やはり、戦後に関係や交流を断ったのではなく、サラマンダーの話の通りなのだろう。ジェントがどうして姿を消し、どこへ行ったのかまでは当然ジュードにはわからないが。


 墓石の前に屈んで手を合わせるジェントの背中を、ジュードはぼんやりと見つめる。


 かつての勇者がかつての天才博士の墓前で手を合わせているのだから、よくよく考えてみればすごい光景だ。彼らが生きていたのはあまりにも遠い昔。本来ならば、こうして出会うことなんてなかったはずなのに。



『……ジュード、きみは何も聞かないんだな。精霊たちから何か聞いているだろうに』



 すると、ジェントが振り返ることなく静かにそう呟いた。そこはやはり鋭い、その()()が何を指しているのかは具体的に言葉にされなくてもわかる。ジュードは少しばかり困ったように眉尻を下げた後、同じように静かに返答をひとつ。



「サラマンダーに聞きました。気にはなるけど、知らなくてもオレがジェントさんに憧れてるのは変わらないし……いつかジェントさんが話したくなった時に聞けたらいいな、って思います。それまでは無理に聞こうとは思いません。誰にだって、話したくないことや聞かれたくないことってあるじゃないですか」

『……そうか』



 先日、親の話を聞いた時に思ったことがある。

 ジェントの母親は父親の手で殺害された、ただ「魔法能力者だから」というだけで。だが、その後のことは聞いていない。まだ幼い子供だったジェントがどう生きてきたのか、ジュードはそれを何も知らないのだ。境遇を思えば、決して楽な人生ではなかっただろう。だから、敢えて聞く気になれなかった。


 ジュードの想像でしかないが、ジェントの心の中は思っている以上に傷だらけな気がする。伝説の勇者などと美化されているが、こうしていると喜怒哀楽のある普通の人間だ。笑うし呆れるし怒りもする。長い戦いの中でだって、どれほど傷ついてきたか。


 そんな傷だらけの人を相手に、無理に胸の内を暴く気にはなれなかった。いつか話したくなった時に、それを受け止める相手が自分であってくれることを願うだけだ。



「それより、すみません。解読作業、ほとんど任せっきりになっちゃって……」

『いいんだよ、死の雨の被害者を救う方法があるなら俺も知りたい。グラナータは文字通りの天才だからな、あいつならあの戦いの後にその(すべ)を見つけていてもおかしくない』



 ジュードが本の解読に役に立つとは、ジェントも思っていないのだろう。屈んでいた墓石の前から立ち上がると、そこでようやく身体ごとジュードに向き直った。空を見上げれば、月がもう随分と傾いた位置にある。まだ夜明けは遠そうだが、ジュードは生身の肉体を持った人間だ。そろそろ休ませた方がいいだろうとジェントが思ったところで、それよりも先にジュードが口を開いた。



「……ジェントさんって、女の人として愛されたこともありますか?」

『……ないよ、あるわけないだろ、いきなり何を言い出すんだ』

「グラナータ博士のこと随分と信頼してるんだなとか、博士のこと話す時のジェントさんっていつもより優しい顔してるなとか、ちょっと思ってるんですけど。かなり仲良かったんだなぁ、って」

『何を考えてるんだ!』



 ジュードのその突拍子もない言葉に、ジェントは思わず噎せて咳き込んだ。そもそも共に過酷な戦いを経験した仲間同士、そこに信頼があるのは当然である。だが、据わった目で邪推するように見据えてくるジュードは、そこに「仲間」以上の関係や感情があったのでは、と言いたげだった。ジェントは諦めたように小さくため息を洩らして、がしがしと片手で自らの横髪を掻き乱す。



『……グラナータとは単純にいとこ同士だったんだ。だから他よりは多少仲が良かったのはあるが、きみが考えてるようなことは一切ないよ。冗談じゃない、あいつとそんな関係だなんて……』

「い、いとこ同士!? ジェントさんと、グラナータ博士が……!?」

『……祖父が同じでな、これはあまり言いたくない。得るもののない話だ。とにかく、あいつとおかしな関係ではなかったとだけ言っておこう』



 祖父の話はジェント本人はもちろんのこと、ライオットたちにも聞いた覚えがなかった。これまでの旅の中で耳にしたことはあるのかもしれないが、悲しいかなジュードはそこまで記憶力がよくないのだ。


 だが「言いたくない」ということは、ジェントにとって祖父に関する思い出はあまりいいものではないのだろう。後半部分の呟きはジュードの邪推に対して単純に呆れているだけのようだが。



「は、はは……すみません、気になっちゃって」

『まったく……仮にそうだったとしても、きみに直接関係してくる話ではないだろうに』

「えっ?」

『え?』



 取り敢えずそんな事実はなかったことに安堵したジュードだったが、呆れたような語調で呟きが続くと咄嗟に声を上げてしまった。


 本人には当然ながら伝えていないものの、いつしかジュードはこの亡霊に憧憬以上の感情を抱いている。だから、グラナータとの関係も気になったし邪推もしたのだ。けれど、それを知らないジェントにしてみれば確かに疑問だろう。いったい何がそんなに気になるのだと。


 互いに疑問らしき声を洩らして数拍、どちらも暫しそのままの状態で固まっていたものの、何とも形容し難い独特の雰囲気を察知したらしくジェントが先に顔ごと視線を外した。



『ジュ……ジュード、今日はもう遅い。そろそろ……部屋に戻って休んだ方がいい』

「そ、そう、ですね。そうします。書斎まで送っていきますよ、本当はジェントさんにも休んでほしいけど……」

『それは気にしなくていい、……今日はありがとう、いい気分転換になった』



 ジュードもジェントも、互いに満足に顔を――視線を合わせることもできないまま早口にそれだけを告げると、屋敷の方へと足先を向ける。いつもとは違って書斎に着くまでの間、どちらも口を開くことはなかった。


 開けなかった。余計なことまで口走ってしまいそうで。


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