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今しばらくの滞在


 改めて紙面に目を向けてみても、そこに書かれているのは到底文字とは思えない走り書きで、何が書いてあるのかはもちろんのこと、どんな字かさえもまったくわからない。千を超える本だけでも大変なのに、これらを全て解読するなど何年かかることか。


 見れば、ルルーナやリンファも近くに落ちていた本を拾って広げているが、その顔には怪訝な色が滲む。


 地道な解読は現実的ではないと早々に判断したシルヴァとウィルは、物言いたげな視線をイスキアに送る。すると、当のイスキアも読めないだろうとは思っていたらしく、胡散くさいまでの笑みを浮かべたまま高い位置で結い上げた髪を片手でわしわしと掻き乱した。



「ど、どうするんですか、これ解読してる間に魔族に世界征服されちゃいますよ……」

「ウィルちゃんでもダメかぁ……仕方ないわね。大丈夫よ、ジェントなら読めるから」

「う、うそ、勇者様これ読めるの!?」



 その返答を聞くなり、マナは理解できないと言わんばかりの様相でジェントを見遣る。この、どこからどこまでがどんな字なのかさえわからないものを、どうすれば読めるというのか。


 当のジェントはイスキアの近くに佇んだまま、視界に映る文字通りの本の山を見て嫌そうに表情を顰める。そこはやはり遠くともジュードの先祖、ジェントも本の類はあまり好きではなさそうだ。近くの棚にあった一冊を何とはなしに取り出し、パラパラと捲ってすぐのこと。その秀麗な顔は言葉もなく歪んだ。


 イスキアはそんな様子を楽しそうに見守りながら、ゆるりと小首を傾げてみせる。



「読めるでしょ?」

『腹立たしいことにな』

「これ、どうしたら読めるの……? こんなひどいの今まで見たことないわよ、下手の次元を超えてるわ……」



 ルルーナは手にした本を横にしたり逆さまにしたりと、何とか読もうとはしているのだが、余計にわからなくなってくる。


 グラナータ・サルサロッサが遺した文献はそのほとんどが解読される前に破棄されたと耳にしたことはあるが、その理由がわかる気がした。恐らく、解読できる前に文献の損傷が激しくなり、破棄するほかなかったのだろう。それでも、彼の教えが世界に根付いていることからして、長い歴史の中には解読できた猛者もいたはずだが。



「で、では、解読は勇者様にお任せすれば問題ないだろうか……」

「でも、これジェントさん一人じゃ大変ですよ。かと言って、オレにできることはなさそうだけど……」

「俺が手伝うよ、勇者様の手伝いをしてるうちに読み方のコツとか覚えられるだろうし……少しでも覚えれば二人でできるからさ」

『そうだな、すまないがそうしてもらえるだろうか。ウィルは物覚えがいいからな、すぐ覚えられるよ』



 一度はどうなることかと思ったが、取り敢えず解読の方は何とかなりそうだ。問題は、この山のような文献の中にジュードたちに必要な情報があるかどうかだが――こればかりは調べてみないことにはどうしようもない。



 * * *



 ウィルとジェント、手伝いを申し出たライオットとノーム、それと聖剣を置いて書斎を後にしたジュードたちは、屋敷の中を見て回ることにした。書斎にあった本の山のことを考えると、一日二日でどうにかできる量ではない、この屋敷にしばらく滞在することになる。水はあるのか、生活に必要な設備は使えるのかどうか、部屋はあるかなど確認したいことは色々だ。



「それにしても、勇者様よくあんな字読めるわよね。ちょっと見ただけで頭痛がするわ」

「あの文献の中に役立つものがあればいいんだけどね……待つしかないってのも歯痒いものだわ」



 広々とした廊下を歩きながら疲れたように洩らすマナの呟きに、ルルーナが苦笑い交じりに答えた。頭痛がする、という言葉通りこめかみの辺りを摩るマナの後ろを歩くルルーナはもどかしそうに軽く下唇を噛み締めた。



 屋敷を軽く見て回った限り、寝室に使えそうな客間は二階に三部屋ほどあり、一階には台所と浴室も綺麗なまま残っている。食料はある程度なら持ってきているし、中庭には井戸まであったため、特に困るようなことは何もなさそうだ。この屋敷で誰かが生活していてもまったくおかしくないレベルに整っている。


 大体を見回ったジュードたちは中庭に集まると、辺りを軽く見回す。この中庭にも充分な広さがある、少しくらい暴れ回っても問題ないほどの。考えることは大体同じだったらしく、ジュードとシルヴァは一度互いに顔を見合わせた後、イスキアに目を向けた。



「なぁに? 今度はここに精神空間マインドスペースを作るの?」

「はい、何もしないで待ってるのももったいないし……解読に協力できないなら鍛えて待つ方がいいかな、って」

「そうですね、死の雨の解決方法が見つからなくても魔族とは今後も戦わなければいけませんし……」

「うん、あたしたちも今のうちにもっともっと神器に慣れておかなきゃね」



 書斎にある文献の山からどんな情報が出てくるかはわからないが、リンファの言うように魔族との戦いは今後も続く。恐らく、大将のサタンかアルシエルを倒すまでは。


 待つしかできないのなら、今よりも強くなっておいて損はないはずだ。


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