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ジュードとカミラと怪しい影


「ごめんね、カミラさん……力になれなくて」



 ひと騒動のあと、ジュードはカミラを誘って近くの森に足を運んでいた。この森は、ジュードが小さい頃からよく足を運んでいる馴染みの場所だ。

 特にアテもなく森の中を歩きながら彼女に謝罪を向けたのだが、カミラは一度立ち止まってゆるりと頭を振った。



「ううん、いいの。断ったのはわたしだもの」

「でも、本当によかったの?」

「うん、あのままだとなんとなくジュードが難しい取引きをさせられそうな気がしたから」

「そう?」

「……ジュードって、そういうの鈍いのね」



 あの時、ルルーナがジュードに何を言おうとしていたのかカミラは当然知らないし、わからない。案外「いいわよ」と言ってくれたかもしれない。だが、なんとなく嫌な予感がしたのだ。だから止めた。


 だが、ジュードはカミラの言葉に不思議そうに首を捻るばかり。それ以上は特に何も言わず「なんでもない」とだけ付け足した。


 しかし、カミラがこうしてミストラルまで戻ってきたのは地の国に入国するためだ。それをカミラ自ら断ってしまった以上、彼女は今後どうするのか。ジュードの中には、また同じ疑問と心配が浮かんだ。


 火の国の王が女性であることも知らなかったほど、カミラはこの世界について疎い。ずっとヴェリア大陸で暮らしていたのだから大陸の外の事情を知らないのも頷けるが、そんな彼女が果たしてひとりでやっていけるのかどうか。



「……あのね、ジュード。迷惑じゃなかったら、わたしもあなたと一緒に行っていい……かな?」

「え? ガルディオンに?」

「うん、わたし治癒魔法が得意だから、魔物に傷付けられた人の治療で役に立てると思うの。エンプレスには危険な魔物がたくさん現れるんでしょう?」



 火の国エンプレスの東側には、凶悪な魔物が出没するエリアがある。女王アメリアはあの区域に前線基地を設け、今でも魔物の侵攻を食い止めているはずだ。重傷を負う者も多く、治療が間に合いそうな者は王都まで運ばれてくると噂で聞いたことがある。確かに、そんな重傷人たちにとって彼女の治癒魔法は非常に有難いものだろう。



「ジュードたちの力で魔物の問題が落ち着いたら、女王さまに全てをお話しして地の国に入れるようにお願いしようと思うの。……ダメかな?」

「いや、いいと思うよ。個人で動くより国にお願いする方が安全だと思うし、女王さまやメンフィスさんなら協力してくれると思う」



 謁見して思ったのは、女王アメリアという女性は王族らしくない接しやすい人間だということ。ジュードがかつての恩人グラムの息子というのもあるのだろうが、まるで友と接するかのようだった。それにメンフィスも。

 魔物の問題さえ落ち着けば、きっと彼らは何より心強い味方になってくれるはずだ。


 しかし、そうなるとカミラにも言っておかなければならないことがある。

 ジュードは一度思案げに中空に視線を投げると、片手で己の後頭部を掻きながら言いにくそうに切り出した。



 * * *



「魔法を受けると高熱を出す?」



 言っておかなければならないこと――それは、ジュードの特異体質。

 治癒魔法を得意としている以上、カミラもルルーナのように善意で魔法をかけてくる可能性がある。幸い、火の国までの道中で怪我をするようなことはなかったため、彼女にはまだこの体質のことは話していなかった。



「うん、小さい頃からそうなんだ。どうしてなのかはわからないんだけど……魔法に関するものはとにかく駄目でさ」

「……大陸でも聞いたことがない体質だわ。病気とかではないの?」

「ミストラルの医者には大体診てもらったけど、どこも異常はないんだって」

「そう……でも」



 病気の可能性は、もちろんグラムとて何度も考えた。ジュードがうんと小さい頃は何が原因なのかさえわからず、ほとほと困り果てていたものだ。


 あれから随分と経ったが、当時の父の必死な顔、今にも泣き出してしまいそうな顔をジュードは今でも鮮明に思い出せる。グラムとジュードに血の繋がりなどないが、その繋がりがなくとも、ふたりは確かに『親子』だった。


 しかし、中途で切られた言葉にジュードが意識と共に視線をカミラに向けると、今度は何を思ったのか、彼女の愛らしい相貌は不貞腐れたような表情を形作っていた。



「カ、カミラさん?」

「一緒に旅をしてたのに、どうして話してくれなかったの? ジュードが怪我をしたら、わたし治癒魔法をかけてるところだったわ!」

「ご、ごめん……こんな体質、気味悪いかなと思って」

「もうっ! 知らない!」

「あ! カ、カミラさん、ちょっと待って!」



 さっさと踵を返して家の方に戻っていくカミラに慌てて声をかけたが、彼女は振り返らない。

 ジュードは困ったように片手で横髪を掻き乱し、しばらく彼女の背中を見送っていたが――ふと、微かに視線と気配を感じて後方にある樹を振り返った。



「……?」



 だが、そこには誰もいない。ただただ、一本の樹が他の木々と背比べでもするように並び立っているだけ。

 ジュードは暫し辺りを不思議そうに見回していたが、やがてカミラの後を追いかけていった。




「……イスキア。今トールちゃんたち、見つかりましたか?」

「気配と視線だけは、ね。さすがだわ、アタシたちの存在に気がつくだなんて」



 ジュードが不思議そうに眺めていた樹の、更に奥まった樹の傍にふたつの影があった。

 ふたつと言っても、可愛らしい声を出す片方は生まれたての赤子のような大きさしかなく、暗に人間とは異なる存在であることを表わしていた。


 深い紫色の長い髪を花の歩揺(ほよう)で束ね、その小さな身は桜色の着物に包んでいる。何がそんなに楽しいのか、小さい顔ににこにこと毒気のない笑みさえ浮かべて。


 “イスキア”と呼ばれたもう片方はごく普通の人間のような大きさだ。

 自然に紛れるほどの鮮やかな緑の長い髪を頭の高い位置で結い上げ、身には占い師のようなローブを着用し、その上に橙色のスカーフを巻き付けている。

 イスキアは、来た道を戻っていくジュードの背中を優しげに見つめた。



「……このまま何事もなく暮らしてくれたらと思っていたけど、結局こうなるのね」

「遅かれ早かれ、こうなっていましたよぅ。魔族なんてものがいなければ一番いいんですぅ」

「……そうね」



 そのやり取りがジュードやカミラの耳に届くことはなかったが、彼らを取り巻く運命の流れは静かに、そして確かに動き始めていた。



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