契約は彼女次第?
翌朝、オリヴィアやエイルに見送られてジュードたちは王都の西へと向かった。
目的地は、水の王都から遥か西にあるという精霊の森だ。ライオットやイスキアの話では、この精霊の森の中に精霊族が住まう里があるらしい。
死の雨の被害者を救う方法を見つけられるかどうかは微妙なところだが、とにかく何でもいいから当たってみるしかない。
「はあッ!」
現在は休憩中――のはずなのだが、辺りには爆音が響き渡り、魔力があちらこちらを飛び交っている。
ウィルが体当たりの勢いでゲイボルグを振るうと、虚空を切った切っ先は雪に触れ、かつてのアグレアスの一撃のように雪と共に地面が爆ぜた。爆風と共に押し寄せる無数の岩つぶては、風の防壁によって阻まれウィルにダメージを与えることさえなかった。
『この……ッ、とんでもないことをするものだ……!』
振られたゲイボルグの一撃を避けたジェントは、思わぬ付随効果に眉根を寄せるとひょいひょいと器用に岩つぶての雨さえも身軽に避けてみせた。つい今し方まで立っていた地面は深く抉れている、いくら魂の状態と言えど直撃すればどれほどのダメージになっていたことか。
ジェントの注意が自分たちから外れたのを見逃さず、リンファは一気に間合いを詰めると両手に携える二振りの短刀を無遠慮に振るう。対するジェントは辛うじて直撃寸前にどちらも回避することはできたものの、神器の特性を知り得ている彼は次にやってくるだろう追撃に身構えた。
直後、リンファの周囲を飛翔するふたつの光の球が猛烈な速度で襲いかかってくる。片方は回避が間に合ったものの、二撃目はジェントの脇腹を掠めた。秀麗なその顔が焼けるような痛みに歪む。
それらの様子を遠巻きに眺めていたジュードは、額の辺りに片手を翳しながら感嘆を洩らす。現在は休憩中だったはずなのだが、一刻も早く自分たちの技術が魔族に通用するかどうかを試したいウィルたちに押され、イスキアが精神空間を作り出してくれたのである。ジェントを相手に、早速実戦に使っているというわけだ。
「すっごいなぁ、あれ……アゾットだったっけ、二刀流ならぬ四刀流みたいなものじゃないか」
「そうだに、水の神器アゾットだに。アゾットは聖剣やゲイボルグより一撃の威力は落ちるけど、手数を増やすことでダメージを蓄積させるのが狙いの武器だに。あの光の球は持ち主の考えに反応して盾にもなるんだによ」
「リンファさん呑み込みが早いナマァ」
ジュードの両肩には、それぞれライオットとノームが乗っている。そんな彼らの様子を眺めて馬車で身を休めるエクレールは「ふふ」と微笑ましそうに笑った。
「それにしても、聖剣にまで精霊が宿っているとは思いませんでした」
「……あのさ、エクレール王女は本当にオレたちと一緒に来てよかったんですか?」
「はい、わたくしなら大丈夫です。リーブル様や水の民のみなさまのお陰でよく休ませて頂きましたし、まったく問題ありませんわ」
ジェントのことをヘルメスやエクレールにそのまま紹介するわけにもいかず、「聖剣に宿る精霊」と適当に伝えることにした。あの口喧しい大臣がいないのなら本当のことを言ってもいいのかもしれないが、何かと面倒なことになりそうな予感がしたため、濁すことにしたのである。
ただでさえ、あの大臣はジュードを「偽者」と言って頑として譲らない。その上で、伝説の勇者の魂が宿る聖剣などということがどこからか耳にでも入ったらより一層ヒートアップするに違いない。
ちなみに、今回エクレールがジュードたちに同行しているのは――ケリュケイオンを王家の者以外に渡すなど冗談ではない、という大臣の主張によるものだ。そこまで思い出して、ジュードは複雑そうに眉根を寄せた。
「(だからって、一国の王女にケリュケイオンを渡してオレたちに同行させるなんて……何考えてるんだ、あの大臣さんは)」
現在、イスキアが言っていたケリュケイオンは腕輪の形になり、エクレールの腕に収まっている。本来の所有者はヘルメスのため、今は本当にただただ綺麗な腕輪、というだけのようだが。
「わたくしにはヘルメスお兄様のような光魔法の才能も剣の技能もありませんので、ほとんどみなさまのお役に立てないかと思いますが……」
「……にょ? そういえば、イスキア。エクレール王女なら、ライオットたちと契約できるんじゃないのに?」
申し訳なさそうに呟くエクレールの言葉を聞いて、ライオットはジュードの肩の上で首――もとい、身体を傾けた。その言葉を聞いたイスキアは戦況を眺めていた視線をライオットに戻し、数拍の沈黙の末に勢いよくエクレールに向き直る。
「……そうよ! エクレールちゃんがいるじゃない! ライオット、アンタいいところに気付いたわね!」
「け、契約って……オレが温泉旅館で失敗したやつ? でも、なんで……」
「ヘルメス王子は父親の勇者の血を濃く継いだけど、逆にエクレール王女は母親の精霊族の血を濃く受け継いだんだに。精霊の主としての素質だけなら、エクレール王女はマスターよりもずっと上だによ」
「う、うそ……」
目の前で不思議そうに目を丸くさせるこの可愛らしい王女が、自分よりもずっと優秀だという。言葉でそう言われても、まったく実感が湧かない。
「とにかく、精霊の里に着いたら試してみるに!」
「そうね、じゃあ今は取り敢えず……あっちを落ち着かせましょうか」
イスキアが「あっち」と示した先には、マナとルルーナがいる。どちらも神器を手に次々に魔法を見舞っているが、魔を寄せつけないという特殊な体質を持つジェントにはやはり――まったく効果が見込めないようだった。けれど、どちらも元々負けず嫌い、効かないと見れば余計に躍起になってしまうらしい。
「ムカつく~~! 鉱石で魔力を強化しても効かないなんて! ルルーナ、ほんとにあんたの神器効いてんの!?」
「効いてるわよ! ちゃんと動きが鈍くなってるじゃない! 人の神器疑う前にもっと力入れなさいよね!」
「やってるわよ!!」
神器に装着できた鉱石のお陰で戦力の増強はできたが、契約が上手くいけば更なる強化に期待ができる。ジェントが今後も鍛えてくれるなら、魔族とだって互角に渡り合えるはずだ。
雪は止み、雲間から陽の光が射し込んでくるようになった水の国は、先日よりずっと暖かい。精霊の里まではまだまだ距離はあるものの、先の見えない状況に光明が射し込んでくるようだった。




