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これからの水の国


 ゴルゴーンを倒したはいいものの、メルディーヌの死の雨によってゾンビに変えられてしまった者たちのことは――どうにもできなかった。苦しげなうめき声を洩らして這いずり回る様は見ていてひどく憐れで、痛々しい。


 仲間の無事を簡単に確認したジュードは、聖剣を手にそちらへと向き直る。



「この人たちはどうしたらいいんだ……?」

「うにに……四千年前も、聖剣か神器で楽にしてあげるしかなかったんだに……だからメルディーヌは何よりも恐ろしいやつなんだによ……」

「では、彼らもそうするしかないというのか。何も方法はないのか?」



 ヘルメスはジュードの隣に並ぶと、痛ましそうに彼らの姿を見つめた。人の上に立ってずっと戦ってきただろうヘルメスにとって、民が苦しんでいる様というのは国が違えと非常に痛ましいものだった。その言葉を受けて、ライオットはへにょりと俯く。言葉はないが、その反応だけで何となくわかる。方法は――何もないのだと。



「……人間は実に愚かだな、アンデット化した者たちにまで情けをかけるのか。貸せ」

「あっ! ちょ、ちょっと!」



 そこへ、空から降り立ったフォルネウスが吐き捨てるように呟くとジュードの左手から問答無用に短剣をむしり取ってしまった。そのままゾンビ化した住民たちの元へと歩み寄っていく姿に、ジュードは慌ててその後を追いかける。


 だが、フォルネウスは構うことなく短剣を振り上げると彼らの身をそれぞれ水球で包み込んでしまった。いくらゾンビ化したとはいえ、窒息させるつもりなのかと咄嗟に止めようとしたが、それよりも先にそれらの水球が凍りつき始める。ジュードの短剣に未だ鎮座する、シヴァが魔力を込めた鉱石の力だ。


 程なくして、苦しげに呻いていた住民たちは氷の塊の中へと閉じ込められてしまった。



「ふん、これでいいだろう。諦めたくないというのならこの氷が解ける前に元に戻す方法でも探すのだな」

「あ……、……ご、ごめん。オレ、てっきり……」



 問答無用に切り捨てるつもりなのかと思ったが、どうやら違ったらしい。氷の中に閉じ込められた者たちは、まるで時間が止まったかのようだった。これなら一時的とはいえ、苦痛を感じずに済むだろう。


 それらを見ていたマナやルルーナは、目を丸くさせて瞬きを打つ。ガーゴイルに襲われてその身には大小様々な傷があちこちに刻まれているが、取り敢えずは元気のようだ。



「ビ、ビックリした……あの人ずっと怖い顔してるから敵なのか味方なのか心配だったけど、一応は味方……なのよね」

「あの人が水の大精霊フォルネウスさんナマァ、少しわかりにくいけど心優しい精霊さんナマァ」

「水の大精霊だって? じゃあ……」



 行方不明になっていた水の大精霊が戻れば、水の国の異常気象は落ち着くはず――そこまで考えて、誰もが口を噤んだ。


 フォルネウスが戻っても、シヴァがいないのだ。結局、この国を覆う異常気象の問題は何ひとつ解決していない。



 * * *



「皆、本当にありがとう。きみたちがいなければどうなっていたか」



 事の次第をリーブルに報告したジュードたちだったが、その表情は微妙なものだ。ゴルゴーンを倒すことはできたが、犠牲が大きすぎる。メルディーヌはあのような生き物を自由に生み出せるだろうことを思えば、到底勝ったとは言えず「負け」とも言えた。それでも、リーブルはジュードたちのことを一切責めなかった。


 次にその視線はジュードの隣に立つヘルメスに向けられる。



「ヘルメス王子、よく来てくれた。先の戦闘で城も一部被害を受けましたが、我が国にはヴェリアの民を受け入れるだけの用意があります。王子もどうぞゆっくり心身をお休めください」

「ありがとうございます、明日には民を連れて妹が合流するはずです。私よりも妹や民のことを……お願い致します」



 そのやり取りを聞いて、マナはコソッとジュードの背中に声をかけた。



「ねえ、ジュード。カミラさんは?」

「ああ、プラージュにいるよ。エクレールさんにとっては知らない場所だし不安だろうから、一緒に残ってもらったんだ」



 ジュードの返答に、ウィルもルルーナも納得したように頷いた。確かに、右も左もわからない中に知り合いがいるのは心強いものだ。プラージュの街はカミラにとっても知らない場所ではあるのだが。



「しかし、問題はこの異常気象だな……シヴァ殿がいなければ、状況は……」

「……お前たち、兄上は死んだのではない」



 シルヴァが呟くと、それまで無表情のまま黙り込んでいたフォルネウスが静かに口を開いた。その言葉にジュードたちはもちろん、玉座に腰掛けるリーブルや傍に控えるエイルの視線も彼に向けられる。



「我々精霊たちは竜の神によって生み出され、竜の神と共に死ぬ。神が生きている限り精霊に“死”というものは訪れない。今の兄上は力を使い果たし、姿を保てなくなっているだけだ」

「ほ、ほんと? じゃあ生き返るの!?」

「うにぃ……けど、今までの記憶を持ったまま生き返るかは微妙なとこなんだに」

「姿かたちはこれまで通りでも、今までのことを何も覚えてない状態で生き返るってことか? それじゃあ……」



 四千年前のことも、それ以前のことも――もちろんジュードたちと共に過ごしたことも。今までの記憶を全てなくして甦ったシヴァは、果たして同じと言えるのかどうか。まったく新しい存在と言ってもおかしくない。



「そうだ、故に私は暫しこの地で眠りにつく。眠ることで私の力を今の兄上と同等まで抑えれば、弱々しくはあるが均衡は取れる。今の異常気象も多少は落ち着くだろう」



 多少とはいえ、この異常気象が落ち着く――その言葉はずっと豪雪に悩まされてきたリーブルをはじめとする水の民には何より嬉しい話だった。王都の民が被った被害を考えれば手放しでは喜べないが、先が見えないよりはずっといい。けれど、フォルネウスは依然として複雑な面持ちのままリーブルを見据える。



「だが、水の王よ。私は今の人間たちを好ましく思っていない。私が再び目覚めた時には対話を求める。……そうしろと、この小僧に言われた」

「えっ」



 その言葉にジュードは思わず間の抜けた声を洩らしてしまったが、じろりとフォルネウスに睨まれれば余計な口を挟む気にはなれなかった。ちら、と視線のみでリーブルを見遣ると、彼は目を丸くさせた後に声を立てて笑う。



「はっはっは、そうかそうか。わかった、精霊殿の気が済むまでいくらでも話そう。またこうして会える日を待っているよ、その時にはぜひ日頃の礼をさせてほしい」



 リーブルの返答にフォルネウスが何を思ったかは不明だが、その身を纏う空気は――決して重いものではなかった。リーブルは穏やかな心優しい王だ、彼の人となりを知ればきっとフォルネウスも考えを改めてくれる。


 確信はないが、今はそう信じるくらいしかできることがなかった。


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