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目覚める神器


「ちび、あいつの注意を惹きつけてくれ!」

「ガウッ!」



 ジュードの傍に付き添い指示を待っていたちびは、そう言葉がかかるなり猛然と飛び出した。ゴルゴーンはちびの何倍あることか――そんな巨体を前にしても、ちびは決して怯まない。牙をむき出しに真横から襲いかかる。


 それを見て、攻め手を模索していたシルヴァたちも一斉に攻撃に移った。ゴルゴーンは様々な方向から向けられる攻撃に惑ったように野太いうめき声を洩らしながら、巨体を大きく撓らせて体当たりに出る。イスキアが風の塊を真正面からぶつけることでその勢いを大幅に緩めれば、威力は大きく落ちた。シルヴァとウィルは得物をゴルゴーンの身に叩きつけることで、次の動きを極力押し留める。



「グギイイイィッ!!」



 ヘルメスは中衛で短い詠唱を終えた後、前衛の足元に魔法陣を展開させ――彼らの身を癒す治癒魔法を施した。その様子を横目に見遣って、ジュードは素早くゴルゴーンの真後ろに回り込む。利き手に聖剣、逆手に短剣を構え、紅蓮の炎を纏う二刀の刃を思いきりその身に叩きつけた。



「ンギャオオオォッ!」

「ぐぐ……ッ、う、るさ……!」



 それと同時に、ゴルゴーンの表面にあるいくつもの口からはけたたましい悲鳴が上がった。いくら聖剣でも、大木の幹よりも倍近くは太いゴルゴーンの身を真っ二つにすることは叶わず、それをいいことにジュードは思いきり引っ張り寄せた。すると、地面に接していた部分が浮き上がり、地中に張っていた根がずるずると抜け出てくる。火の刻印を解放した影響か、まったく重いとも感じなかった。



「きっとあれが核だに! あれを壊すに!」



 ずるりと抜け出てきた根の先、そこには赤黒く光る不気味な塊があった。それはヘビの頭部のような形をしていて、意思を持っているようだ。表に引きずり出されたことに慌てふためきながら、自らのやや後ろ部分を自力で切り離し、天高く飛び上がった。



「あいつ、ちょこまかと鬱陶しいったら!」

「追うぞ、メルディーヌが造った生き物だ、このまま逃げ帰るわけがない」



 空に逃げられては、イスキアやフォルネウスといった大精霊以外はほとんど手が出せない。魔法を使うにもここは王都、外せば建物や王城に直撃してしまう。イスキアとフォルネウスはほぼ同時に空に飛び上がり、身構えた。ゴルゴーンの核は非常に小さい、直径四センチほどだ。それを捉えるのはなかなか難しい。


 上空に逃げたゴルゴーンの核が赤黒い光を発すると、その周囲と地上に黒いモヤが現れ――瞬く間にガーゴイルの群れを呼び出した。これは王都ガルディオンの屋敷で見た光景だ、死霊文字の恐ろしさを始めて知った時に。だが、その数はあの時の比較にならない。優に百は超える。



「う、嘘でしょ……」

「これは……なんだ!? グレムリンではないようだが……」

「ガーゴイルだ、両手の鋭利な爪は殺傷力が高い。これほどの群れは大陸でも見たことがないが……」



 こちらを取り囲むようにして現れたガーゴイルの群れを前に、シルヴァとウィルは武器を構えて身構える。リンファは咄嗟に後方へと戻り、マナとルルーナの護衛についた。ヘルメスは突如現れた群れを前に剣を構えると、視線のみを動かして出方を窺う。



『ガーゴイルとはまた厄介な……イスキアかフォルネウスが核を破壊してくれれば消えるだろうが……』

「風の刻印って、イスキアさんみたいに飛べるようにならないんですか?」

『飛ぶ方法がないわけではないが、無理だ。今の聖剣の状態ではきみの身体が壊れる。……あいつらならやってくれるさ』



 今はとにかく、大精霊のどちらかがゴルゴーンの核を破壊するのを信じるしかない。一斉に襲いかかってくるガーゴイルを見据えて、ジュードは奥歯を噛み締めた。


 ジュードとちびは互いに背中を守る形で応戦、前衛中衛はひと塊になることで何とかなりそうだ。ウィルが敵を惹きつけ、シルヴァとヘルメスが叩き伏せる。風の防壁に守られたウィルの身は、ガーゴイルの攻撃さえほとんど寄せつけない。



「きゃああぁ!」



 だが、問題は後衛。術者二人を守りながらいなすのは、いくらリンファにも無理がある。ガーゴイルたちもそれがわかっていてか、集中的に後衛のリンファたちを狙ってきた。動きが速く、完全に距離を詰められてしまい、満足に詠唱するだけの余裕さえ与えられない。完全に囲まれたことにマナもルルーナも半分パニックに陥っていた。



「ううッ!」



 何とか二人を守ろうと奮戦するリンファだったが、あまりにも数が多すぎる。真横から振り下ろされた爪の攻撃に彼女の身は薙ぎ払われ、一拍ほど遅れて胸部から脇腹にかけて焼けるような激痛が走った。冷たい雪の上に投げ出されたリンファにトドメを刺そうと、数匹のガーゴイルが追撃に出るが、それは真正面から飛んできた氷の矢によって阻まれる。



「お、おやめなさい! それ以上は許しませんわよ!」

「……!? オリヴィア様!?」



 それは、オリヴィアだった。倒れ込んだリンファを庇うようにガーゴイルの前に立ち塞がる彼女は――全身ぶるぶると震えていた。寒さのせいではないことは容易にわかる。


 ガーゴイルたちはそんなオリヴィアを前にニタリと舌を出して笑うと、無情にもその身を薙ぎ払おうと腕を振り上げる。リンファは負傷の痛みも忘れて咄嗟に身を起こした。



「やめ……やめてええええぇ!!」



 リンファが叫んだ直後――上空でゴルゴーンの核を狙っていたフォルネウスの耳飾りが力強い輝きを放ち、王都全体を眩い閃光が照らした。その光は猛然とリンファの元まで飛翔し、オリヴィアを狙っていたガーゴイルたちを問答無用に切り捨てる。まるで意思を持っているかのように、次々にガーゴイルの群れを斬り刻んだ。


 フォルネウスはそれを見下ろし、確認でもするかのように己の耳元に片手を触れさせたが、ついさっきまであった耳飾りは確かになくなっている。



「アゾット……それがお前の意志か……」

「そうみたいねぇ、水の神器まであの子たちを選ぶんだもの、大精霊のアンタもちゃんと考えなさい――よ!」



 眩い閃光を受けてゴルゴーンの核の動きが鈍ったのを、イスキアは見逃さなかった。素早く風弾を叩きつけると、チョロチョロと逃げ回っていた核をようやく一刀両断――直撃を受けた赤黒い核は、程なくして黒い砂のようになって消えていった。


 地上に現れたガーゴイルたちは、ゴルゴーンの核が破壊されたことで苦悶の声を洩らしながら次々に消えていく。最後の最後まで足掻き、襲ってくる個体もいたが、リンファとオリヴィアを守るように飛翔する二つの光が問答無用にそれらの個体を斬り裂いた。



「あ、あれが……水の神器? なんかメチャクチャ恐ろしい動きしてたけど……」

「そうだに、水の神器アゾットは二振りの短剣だけど、あの光の玉には色々な使い方があるんだに、便利な武器だによ」



 数拍ほどすれば、地上に出現したガーゴイルの群れは、綺麗に消えてしまった。問題は山積みだが――取り敢えず、魔族の脅威は去ったようだ。



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