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三角関係と女の闘い


「この男はアイザック・メンフィス、火の国の騎士団長だ。まあ……父さんの悪友とでも言うべきか」

「騎士団長……どうりで強いはずだよ」

「ははは、今のワシにはもう全盛期の頃の力は出せんよ。今は若いモンを鍛えるのがワシの役目だ」

「そうだろうよ、そのうちぎっくり腰にでもなって若い騎士連中に介護されるのがオチだ」



 マナとルルーナを宥めてから居間に身を落ち着けた面々は、遅めの昼食をとることにした。その最中にグラムからメンフィスについての紹介があったのだが、騎士団長と聞けばメンフィスの強さにも納得がいく。


 メンフィスはグラムと向かい合う形で座り、グラスに注がれた酒を一気に喉に通した。唸るように満足そうな声を洩らしてから、逆手の甲で口元を拭う。


 ――かと思いきや、テーブルを挟んで酒を呷るグラムを恨めしそうに睨み「へっ」と小さく笑ってみせる。そして、わざとらしくジュードを横目に見遣りながら改めて口を開いた。



「騎士になりたかったらいつでも言いなさい、ジュード。ワシがいくらでも剣を教えてやるからな」

「ジュードはワシの跡継ぎだぞ、変な誘いを向けるな」

「何を言うか、バカモンが。このくらいの年頃の男はな、裏方で地道にやるより剣を使って暴れ回る方がのびのび育つモンだ」

「心配せんでもウチの子らはのびのび育っておるわ」



 グラムとメンフィスは、互いに酒を飲み交わしながら軽口を叩き合う。言葉こそ文句に近いが、どちらも表情には笑みが浮かんでいて、嬉しそうだ。

 マナは暫しそんな二人を見守っていたが、端的に聞いた今後の予定を頭の中で簡単に纏めながら控えめに言葉を向けた。



「あの……じゃあ、あたしたちガルディオンにお引っ越しするんですか?」

「ああ、そうだよ。女王陛下の頼みでな、ガルディオンに住んで武器を造ってくれとのことだ」



 メンフィスはマナに目を合わせると、何度か頷いてみせながら返答を向ける。

 口調こそしっかりしているが、浅黒い顔には多少なりとも赤みが差していた。どうやら既に酔い始めているようだ。ウィルは考えるように顎の辺りに片手を添え、納得を示して頷く。



「確かに、ここで造って運ぶよりはガルディオンで造る方が遥かに効率がいいからな」



 ガルディオンで造れば、完成と共に前線基地へ届けることが可能なのだ。運ぶ時間が短くなることで、何人の兵の命が救われることか。マナも納得するように頷くと、早々に玄関先へと足を向けたが――メンフィスの赤い顔を見ると思わず苦笑いが滲む。



「じゃあ、早速用意しなきゃ。……って言っても、出発は明日になりそうね」

「まあ……結構飛ばしてきたから馬も疲れてるだろうし、ちょうどいいさ」

「そっか。なら、明日すぐ出れるように仕事道具を纏めちゃいましょ。……なんか、邪魔したら悪そうだしね。おじさまもメンフィスさんも嬉しそう」



 マナの言葉にジュードやウィルも、グラムとメンフィスを見遣る。確かに口を開けば悪態や軽口ばかりではあるが、マナが言うように互いに嬉しそうなのだ。また何かしら言い合いを始めるグラムとメンフィスを後目に、ジュードたちは静かに自宅を後にした。




 家の隣にある作業場へと向かいながらマナとウィルはジュードを振り返り、その隣を歩くカミラに目を向けた。



「あ、カミラさんっていうんだ。目的地が同じだったから一緒に行動してて……ちょっと用があるから一緒に戻ってきたんだよ」

「へー、……あ、俺はウィル。こっちがマナで、そっちはルルーナ。よろしくな」



 ジュードに紹介されて、カミラは慌てて頭を下げた。マナとルルーナはジッと彼女を見つめる。その一方で、当たり障りない返答を向けたウィルの内心は穏やかではなかった。


 ジュード、ウィル、マナ。

 三人は所謂「幼馴染み」というもので、十歳になる前からこの家で共に暮らしてきた。幼馴染み兼兄妹のようなもので、誰一人血の繋がりはないが家族なのだ。けれど、その関係はなんとも複雑なもの。


 ジュードはまったく気づいていないが、マナはそのジュードに小さい頃から淡い恋心を抱いているし、ウィルはそのことを知っている。


 しかし、ウィルはそんなマナに対して同じような想いを抱いているし、男同士の内緒話として随分前にジュードにだけは話したこともある。つまり、この幼馴染み三人で三角関係が出来上がっているのだ。


 その上、更に厄介なのが――ルルーナという予想外の存在。

 彼女はジュードに助けられたことで、本気なのか、それともマナを煽るためなのかは不明だが、ジュードに対して随分と興味と好意を持ってしまったようなのである。


 当然、自宅を離れていたジュードがそれに気づいているはずもないのだが、ウィルは今日までマナとルルーナの言い合いを一番近くで見てきた身だ。ほんの数日のことだというのに、彼の神経はこれでもかというほどに摩耗していた。


 そして、今度はそこにカミラという争いの種がぶち込まれてしまったものだから、ウィルは胃がキリキリと痛むのを感じる。



「……よろしくお願いします」

「はじめまして、カミラさん。遠いところをよく来てくれたわね、歓迎するわ」

「ここまでついてこなきゃいけない用事って、どんな用事なのかしら」



 今度は女性陣三人の間にバチバチと火花が散っているようにウィルには見えた。色恋に関してはいっそ罪なほどに鈍いジュードは頻りに疑問符を浮かべていたが。



「あのさ、ルルーナ。地の国に入国する方法って、何かないかな?」

「あら、どうして?」

「ええっと……ちょっと、行かなきゃならない事情があってさ」

「ふぅん……」



 カミラの素性や事情を正直に話せばいいのだろうが、ルルーナがいつ国に帰ってしまうかもわからない。彼女が帰国した際に、魔族が現れたことを話されてしまったら――きっと地の国グランヴェル全土に瞬く間に広まり、いずれは国を飛び出して世界中にその噂が広がってしまう。ただでさえ、地の国はこの世界で一番人口が多い国なのだから。


 すると、ルルーナはジュードの頭から足の先までを視線で辿る。

 そうして何事か企むように口角を引き上げるのと、ジュードと彼女との間にカミラが割って入るのはほぼ同時。


 視界に突然カミラが入り込んできたことに対しルルーナは不愉快そうに目を細め、対するカミラは真正面から彼女を見返す。



「……やっぱりいいわ、ジュード。わたし、他の方法を探すから。この人にお願いしなくてもきっと違う方法があるはずだもの」

「あら、アンタのためなの? それならゴメンだわ、どうぞ頑張って別の方法を探してちょうだい」



 一人の男のことで睨み合う女の、なんと恐ろしいことか。

 先ほどまでその中に加わっていたマナも両者の不穏な空気に数歩後退する。



「……ねえ、あたしもルルーナと言い合ってる時ってあんな感じ?」

「……まあね」



 傍らにいるウィルにそう一声かけると、彼は苦笑い混じりに肯定を返す。

 そうして、カミラとルルーナ――両者が互いに「ふん」と顔を背けて明後日の方に歩いていくのを、ジュードたちは困ったように見つめていた。



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