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死霊使いメルディーヌ襲来


 それは、ほとんど一瞬のことだった。

 道化師(ピエロ)の男が宙にふわふわと浮遊したまま踊るようにぴょんぴょんと跳ねた矢先、王都上空に不気味な雲が現れ始めた。灰色のそれは雪雲というよりは雨雲で、ぽつりぽつりと雨粒を落とし始めたのである。


 雨は雪の重量を重くするものではあるが、雪を溶かしてくれるものでもある。最初こそ都の住民たちは夕暮れ時の雨を喜びはしたものの、それも一瞬のこと。次の瞬間には城下に悲痛な叫び声が木霊した。



「な、な……なに、あれ……!?」



 マナは王城の客間からその様子を眺めていたが、自分の目で見たものがまったく信じられなかった。それは隣にいるウィルやルルーナ、リンファに至っても同じらしく、誰もが絶句したまま瞬きさえ忘れてその光景を眺めるしかできなかった。


 黒い雨雲が落とした雨粒は、人の身に触れるや否や、その身を溶かし始めたのだ。ひとつで焼け、ふたつ目で皮膚が溶けていく。その雨は家屋の外に出ていた民の身を次々に溶かしていき、ほとんど一瞬で地獄のような光景を作り出した。



「アハハァ……いつ聞いてもニンゲンの悲痛な叫び声はキモチイイですねェ♡」



 男は両手を自らの頬に添えると、悩ましげな吐息を洩らしながらうっとりと目を細める。顔の右半分、眉毛のちょうど真ん中の辺りから顎にかけてまっすぐに剣傷が刻まれているのが、その不気味さに拍車をかけていた。地上を見下ろしながらまたひとつ踊るように跳びはねれば、雨雲は更にもくもくと大量に現れる。



「オホホッ、さあさあ、早く逃げないと大変なことになりますよォ~!」



 ザアザアとバケツでもひっくり返したように降り注ぐ雨粒は次々に雪を溶かし始めたが、その下に眠っていた草花さえも溶かし、枯らしていく。その次には地面がジュウジュウと音を立てて溶けていくものだから、辺りで転げ回っていた住民たちは這いずりながら何とかその場を離れようともがき回る。


 しかし、その刹那――王都上空を覆い尽くさんばかりにもくもくと広がっていた雨雲は、真下から飛んできた無数の氷刃により瞬く間に飛散してしまった。



「ムムッ!? おやおやこれは、なんですなんですッ?」



 すると、道化師の男は大仰にその場で跳ねながら額に片手を翳して地上を見下ろした。街の明かりを頼りに自分のほぼ真下を見下ろした男は、視界に捉えた姿にニタリと口角を引き上げて笑みを滲ませる。



「もしやとは思ったが、やはり貴様かメルディーヌ。この地に何の用だ」

「ムフフ、見ぃつけましたよォ。何の用かって? アルシエル様に言われてェ、アナタを始末しにきたんですよォ、シヴァ♡」



 道化師の男――メルディーヌは、自分の真下にシヴァの姿を捉えると静かに地上へと降り立った。雪国だというのに上半身は裸で、肌がむき出しだ。先が尖った靴で雪を踏み締めて遊ぶ様は楽しげではあるものの、その装いと醸し出される雰囲気のせいで傍目には不気味に映る。メルディーヌは暫し雪と戯れてから、改めてシヴァに向き直った。



「長いことフォルネウスと離れたせいでアナタは極限まで弱っているそうですねェ、そんなアナタを殺してしまえば水の神柱(しんちゅう)オンディーヌは失われることになるワケです。神柱一人など別に恐れるものでもありませんが、()()だけは封じておきたいのでねェ……申し訳ありませんが、死んで頂きマスヨ♡」

「……」

「アアァ、それにしてもなんて素敵なバックミュージックでショウ。人間の悲痛な叫びは本当に魂に響く最高のメロディ……そう思いません?」



 辺りでは、依然として先ほどの雨を受けた人間たちが悲痛な叫び声を上げている。メルディーヌはその叫びを聞きながら再び恍惚とした様子で呟いたが、その刹那――不意に胸部に図太い氷柱が突き刺さった。当然、それはシヴァが叩きつけたものだ。メルディーヌの身は容易く吹き飛んだが、その口からは「アハァ♡」という楽しそうな声が洩れる。まったく効いていないというのは、確認しなくともわかった。


 シヴァは分厚い氷の片手剣を形成すると、メルディーヌに体勢を立て直す暇も与えず追撃に出た。近くの壁に激突した身を氷の刃で何度も斬りつける、刃が振られるたびに辺りには鮮血が飛び散るがメルディーヌの口元にはニタリと笑みが刻まれたまま。その頭に突き刺してやろうかとシヴァが氷の剣を掲げたところで、ようやく動いた。


 刃が自分の頭に直撃する寸前で、スッと伸ばした手で容易くその刃を受け止めてしまった。



「こんなに弱ってるだなんて、カワイソウに。アナタのお兄さん超弱くなってましたよォって、帰ったらフォルネウスに伝えておいてあげますネ♡」

「なに……ッ!?」

「アァア、すみませェん、申し訳なァい。弟サンがコッチにいるの、アナタご存知なかったんですねェ、アァ失敬♡」



 メルディーヌは頭から足元まで全身血まみれだが、それでもまったく堪えていない。ほぼ全身に刻まれた裂傷だって決して浅いものではないのに口調もしっかりとしていて、傷などひとつも負っていないかのようにピンピンしている。


 それどころか、フォルネウスの話を出すなりほんのわずかに動揺が見えたシヴァの隙を、メルディーヌは決して見逃さない。自分の胸に突き刺さった氷柱を引き抜くと、お返しとばかりに両手で振り回した。対するシヴァはほんの一瞬こそ反応が遅れはしたものの、辛うじて氷の刃でそれを受け止める。自分の力で出した氷柱だ、シヴァにとって脅威にはならない。ひと睨みすれば、粉々に砕け散った。


 「ワオ!」と大仰に驚いてみせるメルディーヌに構うことなく、片足を軸にその場で半回転――首をへし折るつもりで思いきり回し蹴りを叩き込んだ。


 メルディーヌの身は再び大きく吹き飛び、積んであった家屋横の木箱を派手に倒す。けれど、楽しげな笑い声はやはり止まらなかった。



「アハハァ……アナタ本当にシヴァですかァ? いやはや、衰えましたねェ……」



 その程度で倒せるのならば苦労することは何もない、楽に終わる相手ではないことは痛いほどに理解している。


 死霊使い(ネクロマンサー)メルディーヌ――この男は、かつて伝説の勇者を最も苦しめた男なのだから。



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