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ヘルメスとエクレール



「ぎゃひいいぃッ!」



 大きめの波に揺れる船の中は、散々な状況に見舞われていた。甲板に打ち付ける海水に、辺りを縦横無尽に転がる樽や箱。中に入っていたものなど、そのほとんどが甲板の上にぶちまけられていて、それを踏んで転倒する者など様々だ。上空からは絶えず魔族の襲撃が繰り返され、多くの船のあちらこちらから火の手が上がっていた。


 甲板の上を転がるように逃げ惑っていた一人の老人は、船首部分で魔族と交戦する青年の傍へと大慌てで駆け寄っていく。



「ヘ、ヘヘヘルメス様ああぁ! もう無理です! もう駄目です! ど、どどどうしたらよろしいですかあぁ~!?」

「爺、狼狽えるな、恐ろしいのなら船室に避難していろ」

「そ、そんなぁ……! それでもし逃げ遅れてしまったらどうすれば……あわわわ……!」



 次々に襲いくるグレムリンの群れを片手に持つ剣でいなしていきながら、ヘルメス様と呼ばれた青年はそちらに目を向けることもなく指示を向ける。この状態で泣き言になど構っていられない。剣を薙ぐように振り抜くと、淡い光を抱く刀身がグレムリンたちを胴体から真っ二つに叩き斬った。


 けれど、払っても払っても空を飛び交う群れは減ることを知らない。ヘルメスは忌々しそうに舌を打つと、高々を剣を掲げた。狙うは――辺り一帯の空を埋め尽くすグレムリンの群れ。



「――降り注げ! ディバインレーゲン!」



 刹那、上空からは無数の光線が雨の如く降り注いだ。それらはグレムリンたちを容赦なく貫き、次々に撃ち落としていく。『ディバインレーゲン』は光属性の最上級クラスの攻撃魔法である。広範囲に光の雨を降らせて攻撃する――主にこうした群れを殲滅するのに適した魔法だ。


 魔族が最も苦手とする光属性は彼らの驚異的な再生能力をも凌駕するほどの破壊力で、瞬く間にその身を浄化でもしたかのように消滅させた。その光景を目の当たりにした先ほどの老人は、両手を腰に添えて鼻高々とばかりに笑い声なぞ上げ始める。



「ふは……ふわはははは! さすがはヘルメス様、お見事です! それ見たことか忌々しい魔族どもめ! さあさあヘルメス様、この調子でドンドンと――」



 しかし、群れが消え去ったのも一瞬のこと。次の瞬間にはまた空から無数の黒い群れが現れ始めた。そうなると老人の高笑いも鳴りを潜め、途端に青ざめながらヘルメスの後ろへと隠れる。



「エクレールの船を急がせろ、先に港に向かうよう伝えるのだ! 残りの船はその後に続け!」

「そ、そんなヘルメス様! ヘルメス様は指揮官でありながら次期国王様なのですぞ! ヘルメス様にもしものことがあれば大いなる損失っ、民は王がいなければ生きていけませぬ! ですからどうか、どうかこの船を先に――!」

「民がいてこその王だ! 死を恐れる者は止めはせぬ、他の船へ渡れ!」



 ヘルメスが近くにいた騎士にそう告げると、騎士たちは即座に頷いて他の船へと指示を伝えに走った。老人はヘルメスの言葉にあわあわと彼と他の船とを交互に眺めた後――脇を通り抜ける船へと向かい、そのまま飛び乗る。その船の甲板では、一人の少女がへりにしがみつきながら声を上げた。



「お兄様、ヘルメスお兄様!」

「エクレール、先に行け! ヴェリアとヘイムダルの民は任せる、……できるだけ街の者たちを刺激しないよう、頼んだ」



 その声にエクレールは下唇を噛み締めると、何度も頷いた。エクレールが乗る船に慌てて飛び乗った老人は彼女の傍に駆け寄り、早く早くと今度は彼女を急かし始める。



「さ、さあエクレール様、お早く! お早く行きましょう!」

「おだまり! 主君を見捨てて逃げ出す大臣だなんて……ああ、情けない……ッ」

「そ、そんな! この爺は戦えないのですぞ! ささ、お早く!」



 当然、彼女の視界にヘルメスを見捨てて逃げてきた老人が――大臣が映り込まないはずはなく。傍に寄ってきてはそう急かす大臣に、エクレールはひとつ怒号を飛ばした。



 * * *



 ジュードとカミラは船着き場の方まで降りたものの、もどかしい想いでいた。目の前でヴェリアの船が襲われているのに何もできずに見ているしかないというのは、地獄のようなものだ。


 イスキアが最前列の船に間に合ったようだが、その後ろには何隻もの船が続く。果たして全て無事にこの港まで辿り着けるのか――それが何よりも心配だった。見れば隣にいるカミラなんて顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。


 そんな中、ジュードは不意に背筋が凍えるような不可解な感覚に陥った。


 何かがこちらを見ている――視線をハッキリと感じる。それも鋭利な刃物のような視線を。視線だけを動かして辺りを見ても、特にそれらしい姿は見当たらない。水夫だとか船を見に来た住民ばかりだ。


 すると、その矢先にちびが傍らで「ガウッ!」と吠えた。反射的にそちらを見遣れば、当のちびは――空を仰いでいる。それを見るや否や、ジュードはちびとカミラをそれぞれ片腕に抱えるようにして大きく真横に跳んだ。



「きゃああぁッ!?」



 直後、空から何かが降り注いできた。辺りには住民たちが上げただろう悲鳴が響き渡り、ぶわりと雪煙が舞い上がる。つい今し方までジュードたちが立っていた場所には――長い白銀の髪を持つ、一人の男が跪いていた。その手に携える槍を地面に叩きつけている様子から、この男が真上から降り注いできたのだろう。静かに顔を上げ、ジュードを睨み据える視線は、間違いない。ひしひしと感じていたあの鋭利な視線だった。



「……ほう、避けたか。ただの子供というわけではなさそうだ」

「なんだ、あんたは……!? いきなり何をするんだ!」



 顔を上げた男は、恐ろしく整った顔立ちをしてはいるものの、どこか既知感を与えてくる風貌をしていた。


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