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本日の教訓:女は怖い


「ふうぅ……こんな山奥に(きょ)を構えておるのか、まったくあの男め」



 ジス神父への挨拶もそこそこに、村の入り口に馬車を停めたメンフィスはジュードの案内で山道を歩きながら、ひとつ文句を零す。辺りには青々とした木々が並び立ち、訪れる者を歓迎でもするように風に吹かれて木の葉を揺らす。


 山道と言っても急な斜面はなく、登山とは程遠い。けれど、なだらかな道であってもメンフィスには聊か不服だったらしい。強面の顔を歪めながらぶつぶつと不平を洩らす様は、傍から見れば非常に声をかけにくい。



「す、すみません、メンフィスさん。こんな山奥まで来てもらって……」

「いや、構わんよ。ジュードが謝ることは何もない。ワシが文句があるのはあくまでもグラムのやつだ」

「は、はあ……」



 火の国を出るまでに何度か魔物の襲撃はあったが、特に苦戦を強いられるようなこともなかった。


 クリフと共に戦った紅獣(ルベルフェラ)の群れも、メンフィスにかかれば赤子の手を捻るようなもの。一斉に襲い来る群れを大剣によるひと太刀で吹き飛ばしてしまう様はまさに圧倒的で、ジュードの出番などほとんどなかった。メンフィスという男は非常に頼もしいのだが、如何せん顔が怖いせいでやや近寄り難い。



 程なくして、ジュードは見えてきた我が家に自然と表情を和らげる。カミラはそんな彼の隣に並ぶと、そっと胸を撫で下ろしてひとつ息を洩らした。なだらかな道でも、女性の足では少々大変だったようだ。



「あの家がそう?」

「うん、あれがオレの住んでる家……なん、だけど」



 やっと帰ってこれた我が家、なのだが。見慣れた家の傍に、これまた見慣れた男の姿がふたつ。なんてことはない、父のグラムと兄貴分のウィルだ。

 しかし、両者とも特に何かをするでもなく自宅の方を見つめて佇んでいるものだから、ジュードは不思議そうに小首を捻った。



「父さん、ウィル。どうしたの、何かあった?」

「お、ジュード、おかえり。怪我は……特になさそうだな」

「なんだなんだ、飯がマズくなりそうな顔も見えるじゃないか。なんでコイツを連れてきたんだ、ジュード」

「やかましい、こんな山奥に家なんぞ建ておってこのバカモンが」



 ジュードの声にほぼ同時に振り返ったグラムとウィルは、そのどちらも極端な反応を見せる。

 ウィルは弟分の帰宅と無事に表情を明るくさせたが、グラムは息子の無事を確認して間もなく――その肩越しにメンフィスの姿を捉えて顔をしかめる。


 その様子がつい今し方の不平を洩らすメンフィスにそっくりで、ジュードもカミラも思わずふき出しそうになった。言葉こそ刺々しいが、グラムもメンフィスもなんとなく嬉しそうだ。



「それより、外に出てどうしたの?」

「あー……いや、なんと言うかな……」

「ジュード、お前……疲れてるだろうけど今入るのだけはやめとけ、下手したら死ぬぞ」

「え、ええぇ?」



 ジュードとしては、なぜ二人で外に出ているのかを知りたかったのだが、どうにも話が見えてこない。グラムとウィルを何度か交互に眺めた後、自宅の方へと足先を向けた。このままでは埒が明かない、それにそう言われると入ってみたくなるのが人の性というもの。


 ジュードは玄関まで歩み寄ると、やや警戒しながら玄関戸を開けた。

 ――と、同時。


 ヒュン、と何かが頬を掠めて玄関のすぐ横の壁にぶち当たる。ちらりと視線のみを動かして見てみれば、見覚えのある持ち手部分が見えた。これは間違いない、当番で料理をする時にいつも使っているものだ。


 つまり――包丁。


 頭がそれを認識するなり、サッと顔面から血の気が引いていく。



「今日という今日は許さないわ! あれがいいだのこれがいいだのこれは嫌だのワガママばっかり言うくせに、いざ作ったら文句ばっかり言って! そんなに言うならさっさと国に帰りなさいよ!」

「あら、自分の料理下手を私のせいにしないでほしいわねぇ、マナ? 私はアンタの料理の腕が少しでも上がるようにアドバイスしてあげてるだけじゃない、感謝はされても文句を言われる筋合いはないわ。そういう文句は豚のエサ以上のもの作れるようになってから言いなさいよ」



 室内を見てみれば、居間にある食堂テーブルを挟む形でマナとルルーナが睨み合っている。ちょうど傍までやってきたウィルに説明を求めるように視線を投げながら、ジュードは力なく呟いた。



「……マナってルルーナが来た時、喜んでなかったっけ……」

「それがなぁ、水と油みたいでさぁ。ルルーナって貴族のご令嬢だろ? 庶民の作る料理が口に合わないのか、それとも単純に嫌味なのか……お前が発ってからずっとこんな感じだよ」



 ルルーナがこの家に来た時に喜んでいたマナはどこへやら。

 今はその可愛らしい顔を鬼のような形相に変え、今にも飛びつかんばかりの敵意をむき出しに、対峙する彼女を睨み据えている。ルルーナはルルーナで、そんなマナを真正面から見据えながら豊満な胸の前でゆったりと腕を組み、ふんぞり返っていた。

 目には見えないが、両者の間には火花が散っているようにさえ見える。



「ぶ、豚のエサですって!? ――もうあったまきた!」

「頭にくるのは図星だからじゃないの? おじさまたちもアンタの作るひどい料理を食べさせられてかわいそうねぇ、私の屋敷に招待してあげたいわ」

「ルルーナ……あんたああぁ……ッ!」



 その時、怒りが頂点に達したらしいマナの全身からぶわりと赤いオーラが溢れ出すのが見えた。それは彼女の身に宿る魔力だ。魔力はそうそう肉眼で捉えることはできないものなのだが、濃度の高いものはこうしてオーラのように見えることがある。


 つまり、彼女の中にある濃度の高い魔力が感情のままに放出される寸前というわけで。



「こら、やめろマナ! 家が燃える!!」



 ジュードは咄嗟に声を上げたのだが、それに対するマナとルルーナからの反応はと言えば――



「「うるさいわね!!」」



 という、一喝だけだった。

 犬猿の仲のくせに、こういう部分でだけはしっかりと息が合っている。獣のような迫力と共にそんな怒声を向けられてしまえば、さしものジュードも固まるしかなかった。


 こういう時の女性は怖い、それはもう例えようもないほどに。それを理解しているウィルは、何も言わずにジュードの肩を掴むと今は構うなとばかりに後退した。しかし、そこへ今度は別の女性から追い打ちがかかる。



「……ジュードのおうちって、かわいい女の子がふたりもいるんだ。ふぅん……」



 いつの間にか傍までやってきていたカミラがおどろおどろしくそう呟くものだから、目を白黒させるジュードの後ろでウィルは自らの顔面を片手で覆う。


 マナとルルーナだけでも充分過ぎるくらいに手を焼いているのに、もっと面倒なことになりそうな予感がした。



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