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前哨戦


「少し優しくしてやりゃあつけ上がりやがって! 俺たちをナメたこと、後悔させてやる!」

「ドゥラーク、イディオ! いつも通りやるぞ!」



 それから程なく、前哨戦はドゥラークたちのタイミングで開始された。それと同時に周りのギャラリーからは歓声が上がる。ジュードとしては加勢したいところだが、今回ばかりはそうもいかない。ただ見ているしかできない状況が何とも歯痒い。


 猛然と突撃してくるドゥラークとイディオを見据えて、ジェントは薄らと笑いながらトントン、と親指で自らの胸部を叩き示した。



『この身に一撃でも叩き込めたら非礼を詫びよう』

「ナメやがってぇ!!」



 ドゥラークの脇をすり抜け、小柄なイディオが先んじて攻撃に出る。その両手に小刀が握られているところを見ると、彼は素早い切り返しと手数で攻める戦闘スタイルのようだ。床をダンッと強く踏み締めて更に速度を増し、一気に間合いを詰めて間近まで迫る。この距離なら防ぎようもない――そう確信したイディオは容赦なく二刀の刃を振るった。



「っ!? な、なに!?」



 けれど、イディオの二刀の刃は虚空を切った。確かに射程圏内に捉えたはずなのに、直撃ギリギリの距離であっさりと躱されてしまった。ジェントはほんの軽く一歩分ほど後退しただけ、その整い過ぎた顔には焦りの色さえ見えない。胸の前でゆったりと腕を組んで見下ろしてくる様は、イディオの神経を逆撫でした。



「く、くそっ! くそぉッ!」

『感情に突き動かされないことだ、せっかくいい腕を持っていても実力を発揮できないのでは何にもならないぞ』

「うわわッ!? ぐへぇっ!」



 すかさず追撃に出たものの、ジェントは振られる刃の間合いを完全に見切っている。矢継ぎ早に振られる刃の直撃ギリギリの間合いを見切り、ひょいひょいと軽い足取りで躱していく。頭に完全に血が上ったイディオが渾身の力を込めて体当たりするように刃を振るったが、その一撃すらも直撃することはなかった。脇によけたジェントがイディオの足に片足を軽く引っ掛けると、小柄なその身は顔面から床に激突する。


 しかし、その一瞬の隙を突いて今度はドゥラークが突進した。大柄な身のわりに動きは速く、素早くジェントの背後を取るとがっしりと筋肉のついた両腕でその身を抱き込んでしまった。



「へっへっへ! 余裕ぶっこいてやがるから悪いんだぜ!」

『動きを封じるのはいい手だが、足癖の悪い相手に近寄るなら気を抜かない方がいい』

「ああ? ――うげぇッ!?」



 ドゥラークが勝ちを確信してその顔にニタリと笑みを浮かべたのも束の間、つま先に思いきり踵を叩き落とされて目の前に星が散ったような錯覚に陥った。激痛のあまり全身から力が抜け、せっかく捕まえた身がするりと腕から抜けていく。


 それを見計らい、今度は後方で魔法の詠唱をしていたナールが腕を振り上げた。それと共に彼の手にある細身の剣が光り輝く。



「油断したな! グランバブル!」



 ナールが声を上げると、ジェントの身を大きな水球が包み込んだ。『グランバブル』は水属性の攻撃魔法で対象を水球の中に閉じ込めて窒息させる恐ろしい上級魔法のひとつだ。これならどうだ、とドゥラークもイディオもニヤリと口角を引き上げて笑い、ジュードたちは息を呑む。


 しかし、それも一瞬のこと。ジェントの身を閉じ込めた水球は瞬く間に形を保っていられなくなり、程なくして水風船が割れたようにバシャリと弾けてしまった。



「な、な……なん、でぇ……!?」

『いい魔法だ、かなりの使い手のようだな。これなら魔族相手にも通じるだろう。……だが生憎、俺は魔法を受け付けない体質でな』



 周囲から上がる歓声に邪魔をされながらも、ウィルはその言葉を聞き逃さなかった。ジュードの肩に乗るライオットを見遣るなり、そのもっちりとした身を横から鷲掴みにする。



「魔法を受け付けない体質って……おい、勇者様ってまさかヘレティックなのか!?」

「むぎょッ! い、いきなり何するに!」

「ヘレティックって……あの温泉旅館で会った変態伯爵が言ってたやつ?」

「あら、あなたたちヘレティックのこと知ってるの?」



 地の国のトリスタンとメネット兄妹が営む温泉旅館。あの旅館とメネットを狙っていたルーヴェンス伯爵が一目見たいと執心していたのが、ヘレティックという生き物だったはずだ。ウィルとマナのその言葉に、イスキアは彼らの方に向き直ると不思議そうに小首を捻った。



「は、はい、とんでもない美しさを持つ生き物で、魔を寄せ付けないって本で読んで……俺も一度でいいから見てみたいと思ってたんです。それで……?」

「そうだったの。ヘレティックは魔大戦時代にいた……種族って呼んでもいいのかしら、今はもういないけどね。ウィルちゃんが思ってる通り、ジェントもそうよ」

「そ、そのヘレティックだからあんなに綺麗なのね……あたし勇者様を初めて見た時、女の人かと思って驚いたわ。……でも、当時の姫巫女様と結ばれたってことは男の人なのよね?」



 マナが納得したように呟くと、イスキアとシヴァは互いに言葉もなく顔を見合わせた。その顔に少しばかり困ったような色が滲んでいることに、ジュードと精霊を除く面々は疑問符を浮かべる。ジュード自身は、以前夢の中で性別に関することは聞いている。その理由や原因までは「説明が面倒くさい」と言われたせいでわからないが。



「ジェントさん、自分には性別の概念がなくなったって言ってたんですけど……」

「そこまで聞いているのなら話は早い、あいつは生まれた時は男だったが……人が持ち得てはならぬ力を得るために人間であることを捨てた身だ。その時に性別というものがなくなった、自由に男にもなれるし女にもなれる」

「簡単に説明するなら、力と引き換えにアタシたち精霊に近い生き物になったのよ。精霊にも性別はないからね」



 シヴァとイスキアのその説明に、ジュードを含めて誰もが絶句した。そう一言で淡々と説明されても到底想像できるものではなかった。しばらくの沈黙の後、カミラが恐る恐るといった様子でぽつりと呟く。



「ひ、人が持ち得てはならない力って……どういう……そ、そんな力、本当にあるんですか……?」

「ええ、……この後、ちゃんと見せてあげるわ」



 ちょうど、ギャラリーたちからひと際大きな歓声が上がった。見れば、ドゥラークたちは先ほどよりも疲労困憊といった状態で、既に立ち上がるだけの力さえないようだった。四肢を投げ出し、荒い呼吸を繰り返しながら天を仰ぐ形で倒れ込んでいる。どうやら勝敗は決したようだ。


 次はジュードたちが訓練するわけだが、水の国の兵士たちの心を動かせるような戦いができるのかどうか、言葉にはならなかったが誰もが不安を抱いていた。


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