リーブルの提案
翌日、朝の九時を回ったところでジュードたちは国王リーブルに会うために王城に足を運んだ。話は昨夜のうちにエイルが通しておいてくれたらしく、待たされることもなくそのまま謁見の間へと通された。二階に上がってすぐの大扉を押し開けた先には玉座に腰掛ける国王がいる。しかし、その前に待ち構えていただろうオリヴィアに飛びつかれた。
「ジュード様ぁ! お久しぶりです! お会いしたかったですわぁ!」
「うわッ!? オ、オリヴィアさん……!」
その光景に当然カミラやマナはムッと表情を顰め、ウィルは困ったように苦笑いをひとつ。彼女は相変わらずのようだ。事情を知らないシルヴァは不思議そうに目を丸くさせていたが。
「聞きましたわよ、ジュード様はヴェリアの王子様だったのですわね! こうして我が国の危機に颯爽と駆けつけてくださって、まさにわたくしの王子様ですわぁ! ヴェリアの王子様なら身分だとかも気にせずに済みますでしょう?」
「い、いや、あの……」
「オリヴィア、その辺で。ジュード君たちは私と大切な話があるんだよ」
いつかの時と同じくこちらが口を挟むような隙もなく矢継ぎ早に向けられる言葉に、ジュードは完全に困り果てて数歩後退した。それを見て、リーブルは苦笑いを浮かべながら静かに助け舟を出す。さしものオリヴィアと言えど、父の言葉にはそれほど駄々を捏ねずに大人しくジュードの身から離れはしたものの、可愛らしいその顔はやや不満げだった。
脇によけたオリヴィアの傍らを通り玉座の前まで足を進めると、シルヴァが一歩前に歩み出て頭を下げる。
「お初にお目にかかります、私は火の国エンプレスの騎士シルヴァと申します。本日は……」
「ああ、エイルから話は聞いているよ。大変な旅路だったろう、よく来てくれた」
現在の火の国と水の国の関係を思えば、この場で激しく叱責されたり嫌味やら皮肉を言われても仕方ないところではあるのだが、リーブルはそうしたことを一切口にしなかった。朗らかに笑いながらシルヴァにそう一声かけた後、彼女の後方に見えるジュードたちの姿に眦を和らげる。その中にリンファの姿を見つけて、より一層嬉しそうに笑みを深めた。
「ジュード君たちも久しぶりだね、元気そうで何よりだ。それで、各国で協力して魔族の撃破にあたるという話だが……」
「はい、前線基地の方はリーブル様やここにいるジュード君たちのお陰で状況は落ち着きました。しかし、魔族をどうにかせねば安息は訪れません。……このような願いばかりで、申し訳なく思うのですが……」
思えば、前線基地の時も魔物と戦うための兵を求めたのだ。今回もそれとほとんど変わらないどころか、もっと悪い。国全体を巻き込んで更に恐ろしい魔族と共に戦おうと誘っているのだから。現に、この場に居合わせる周りの兵士たちは誰もが不満顔だ。火の国の者に対する明らかな嫌悪感が見て取れる。
リーブルはそんな兵士たちを言葉もなく一瞥した後、文字通り申し訳なさそうに顔を伏せるシルヴァに頭を振った。
「シルヴァ殿がそのように責任を感じる必要はないよ、魔族が現れたのは向こうの都合だ。しかし、ふむ……ジュード君」
「あ、はい」
「きみの傍に伝説の勇者様がいらっしゃるとか、勇者様と手合わせをするという不思議な報告をエイルから受けたのだが、それは本当かね? もしそれが事実なら、この城の訓練場を使ってもらって構わないから、その手合わせの様子をぜひ我々に見せてほしいのだが……」
不意に向けられた言葉にジュードは瞬きを打ち、その隣でウィルとマナは言葉もなくジロリとエイルを見遣る。駄々っ子だった部分はすっかり鳴りを潜めたが、余計なことまでペラペラと喋ってしまう部分は相変わらずだ。
リーブルのその思わぬ言葉に、さしものルルーナやリンファもなぜそんな要求をしてくるのか、彼の真意を測りかねているようだった。ウィルとシルヴァは神妙な面持ちで黙り込むものの、自分たちの一存で決められるようなことでもない。その視線は程なくしてジュードに向けられた。
すると、いつものようにジュードの傍にふわりとジェントが姿を現す。それを見て周囲の兵士たちからはどよめきが上がったが、当のジェント本人は気にも留めずにジュードの傍らに降り立ち、リーブルに一礼してから仲間内に向き直った。
「ジェントさん、これ……引き受けてもいいやつですか?」
『ああ、受けた方がいい。これは恐らく国王なりの、同盟の話を円滑に進めるための要求だ』
「うに、そうだに。この国の兵士たちは火の国と一緒に戦うなんて嫌だと思ってるみたいだに。けど、マスターたちの力を見せつけてやれば勝機を見出して考え方が変わるのもきっといるはずだによ」
「そっか……リーブル様はそれを期待してるんだね」
ジュードたちの話が纏まったらしい様子を見て、リーブルはホッとしたように表情を和らげた。以前の前線基地の件もそうだったが、狂暴な魔物の問題も今回の魔族の件も、リーブルは遠い他国の話だとは考えていない。世界規模で考えなければならない危機的な状況だ。
けれど、水の国の民に強く残る火の国への怨恨を思えば、いくら王が協力を訴えたところで焼け石に水。むしろ強い反発が返る可能性の方が高い。そうなってしまえば同盟どころの話ではなく、この水の国の中で分裂が起きてしまう恐れもあった。
ジュードたちと、伝説の勇者。それらの力を目の当たりにして、これなら協力すれば勝てるのではないかと兵士たちに思わせることができれば、同盟の話もきっとスムーズに事が運ぶ。リーブルはそう考えたのだ。
「お待ちください、陛下!」
しかし、そんな時。不意に謁見の間の出入口近くに立っていた兵士たちから声が上がった。大柄な男、対照的に小柄で小さな男、そしてスラリとした痩せ型の男三人が腕を組んでふんぞり返っていたのである。それを見て、ジュードたちの近くに控えていたエイルは面倒くさそうに目を細めた。
「伝説の勇者様だなんて、どうせ陛下を騙すための偽物に決まってますよ! 仲間内でならいくらでも茶番が利きますから、どうせなら俺たちと手合わせして勇者様ってことを証明してほしいですねぇ!」
その思わぬ横やりに、何かと面倒なことになりそうな予感がした。




