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聖剣の所有者


「ひいいぃッ!」



 ジュードとリンファが飛びかかると、国王ファイゲとその妻デメトリアの口からは引き攣ったような悲鳴が洩れた。ネレイナが二人を魔法で迎撃しようとしたが、先ほどまで彼女が操っていたツタを使い、今度はルルーナがそれを巧みに操る。地の神器ガンバンテインは植物を操る力があるのか、いっそ面白いほどに操れた。


 ジュードとリンファに向けて突き出された手を捕らえて捻り上げると、ネレイナの口からは呻くような苦悶が洩れる。



「――っ! ルルーナ、おまえ……ッ!」

「もうあなたを母だなんて思わないわ、聖剣は返してもらうわよ!」



 シルヴァはウィルとマナを連れて謁見の間出入口まで引き返すと、ちょうど外から飛び込んできた兵士たちを問答無用に蹴散らしていく。ジュードとリンファが聖剣を取り戻した後は、ここから都の出入り口まで走らなければならない。退路を確保しておいて損はない、むしろ必要なことだ。



「あ、あなた、早く! 何でもいいから願いを懸けるのよ!」

「そ、そんなことを言われても、ワシには叶えたい願いなぞ星の数ほどあるわッ! そんな一瞬で決められるか!」



 ファイゲとデメトリアは玉座の奥の更に奥まで背中を擦りつけるようにして後退するが、それほど広さはない。もう後退できないところまで行っても、なお諦め悪く退がろうとしながらそんな口論をしている。


 その隙を突いてリンファが短刀の切っ先を向けると、ファイゲとデメトリアは揃って両手を肩くらいの高さまで引き上げた。その拍子にファイゲが抱き締めていた聖剣がガシャン、と音を立てて床に落ちる。



「ジュ、ジュード王子ッ、話せば、話せばわかる! 落ち着いてワシと話をしよう、悪いようにはしない、何なら王子を担いで大将にしてもいいぞ!」

「そ、そうよ! ヘルメス王子ではなく、あなたがこの時代の勇者になるっていうのはどうかしら!?」



 早口でまくし立てるように向けられる提案に、ジュードの心はわずかにも動かない。そもそも、彼はそういったことには一切興味がないのだ。ジュードはファイゲの手から落ちた聖剣を拾い上げると、大切そうに片腕で抱き締めながら奥歯を噛み締める。



「陛下と王妃様の言う通りよ、ジュード君。あなたがこの国に協力してくれれば、魔族なんて敵ではないわ! 金も地位も女だって、何もかも思いのままよ!」



 正直、彼の頭はほとんど混乱している。いきなり自分の出自を知らされて、目の前の連中は当たり前のように「王子」などと呼んでくる。ジュードは昔のことなど何ひとつ覚えていないのに。知らない、うるさい、ふざけるなと腹の底から叫んでしまいたいくらいだ。


 それでも咄嗟に動けたのは、伝説の勇者が扱っていたこの聖剣をファイゲやネレイナに渡してはならないという、執念に近い想いのせい。



「……どうでもいい、そんなの興味ないよ。オレは名声だとか誉れだとか、そんなのは何もいらない。ただ自分の大事な人たちを守りたいだけなんだ」



 ジュードが戦う理由は、本当にただそれだけ。

 家族や友人という名の仲間たち、風の国を出てから知り合った人たち、そうした自分にとっての大事な人たちを魔物や魔族の脅威から守りたいだけでしかない。どれだけ伝説の勇者に憧れていても、自分がそうなりたいと思ったことはないのだ。



「何を言うの!? 自分の力と才能を無駄にするつもり!? あなたが協力を拒むのなら、その呪いは解いてあげないわよ!」



 ――うるさい。

 ただでさえ混乱しているのに、ぎゃあぎゃあ騒がれるのはもう冗談ではなかった。じわじわと込み上げてくる憤りをやり過ごす(すべ)が見つからず、感情のまま叫んでしまいそうだった。それと同時に胸の内側から何かとてつもないものが膨れ上がってくるような錯覚に陥る。それが爆発しようとした時――


 ジュードの腕にある聖剣からぶわりと白い光があふれ出した。それは謁見の間全体を優しく照らし、幻想的な光景さえ創り出す。



『……――ジュード』

「……え?」



 不意に聞こえてきた呼び声に、ジュードはつい今し方までのどこか狂暴性を孕む憤りが飛散していくのを感じた。反射的に顔を上げると、幻想的な光景の中、視界に覚えのある紅が映り込む。


 長い紅の髪、ほぼ同色の羽織り、思わず見惚れてしまいそうな整い過ぎた相貌。ふわりと宙に浮かんで見下ろしてくるのは――



「ジェ、……ント、さん……?」

『……ああ。聖剣の新しい所有者が……きみでよかった』

「えっ……しょ、所有者……聖剣の!?」



 不意に目の前に現れた――ジェントのその言葉に、ジュードは思わず片腕に抱いていた聖剣を見下ろした。どうして彼が突然現れたのかも気になることではあるのだが、その言葉はどうにも聞き捨てならない。


 傍らのリンファやファイゲ、デメトリアとネレイナは突然現れたジェントの姿にあんぐりと口を開けたまま、瞬きさえ忘れたように見入っている。それは退路を確保していたシルヴァたちに至っても同じことで、襲撃してきた兵士たちと共にこちらを見て固まっていた。カミラはハッとなって頻りに疑問符を浮かべ、サラマンダーやルルーナの腕に抱かれるライオットとノームは絶句している始末。



「ジェ、ジェントさん、なんで……いや、どこから……?」

『話は後だ、取り敢えずここを出よう。……これ、大事に持っててくれ。俺はこれに宿ってるんだからな』



 状況に頭がまったく追いついてこないらしいジュードを見て、ジェントはいつものように薄く笑うと聖剣を握るその手に自分の手を重ねる。それは宮殿の時とは違い直接ジュードの身に触れることはなかったが、《《これ》》が聖剣を指すものだとは深く考えなくてもわかった。――理由だとか事情は見当もつかないが。


 その言葉にジュードはいち早く意識を引き戻すと、傍らのリンファの腕を取った。そのまま踵を返して謁見の間出入口へと駆け出す。



「カミラさん、ルルーナ! 走れ!」

「お……お待ちッ! お待ちなさい! 逃がさないわよ!」



 ジュードの声に反応してルルーナとカミラも先に退路を確保していたシルヴァたちの元に駆け出したが、ジュードとリンファの前にはツタから解放されたネレイナが立ち塞がった。しかし、リンファはジュードの手からするりと抜け出ると立ちはだかるネレイナに真正面から突撃する。


 猛然と迫るリンファを見据えてネレイナは魔法を放とうとしたが、それよりも先にリンファの殴りつけるように繰り出された一撃がネレイナの杖を叩き割った。先端のガーネットに集束した魔力は瞬く間に飛散し、続いて脇をすり抜けながらもう一太刀、今度はネレイナの足首を斬り裂く。



「きゃああぁッ! お、まえ……ヤンフェの……!」

「……覚えておいでとは、光栄です」



 リンファにしてみれば、このまま殺してしまいたいほどの相手だが、この機を逃せば完全に退路は断たれてしまう。現にファイゲは「捕まえろ!」と気が狂ったように叫び、サラマンダーにのされた兵士たちを急き立てている。悔しいが、ここは退くしかない。


 シルヴァたちに続いてカミラとルルーナが外に飛び出していくのを見て、ジュードとリンファ、殿(しんがり)を務めるサラマンダーもまた謁見の間を飛び出した。


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