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別れの時まであと少し


 ルルーナの屋敷にお邪魔した一行は、荷物を置いてから夕食の時間まで街の中を自由に見て回ることになった。突然大勢で押しかけたにもかかわらず、屋敷の使用人たちは嫌な顔ひとつせず、にこやかに応対してくれたものである。


 ジュードは人でごった返す王都グルゼフの西側区画で、塀に凭れかかりながら空を見上げていた。夕暮れに近い時刻のため、その空はほんのりと橙色に染まりつつある。今日はルルーナの屋敷で一泊して、支障がなければ明日に謁見となるはずだ。



「(……すごい人だな)」



 各国の王都にはそれぞれ人口が集中するものではあるが、この地の国の王都グルゼフは他の国よりもその数や規模が異なる。グルゼフはガルディオンの何倍の人口になるか――考えるのも億劫なくらいだ。


 これまで風の国ミストラルの田舎で暮らしていたジュードにとって、それだけ人口が集中していると人酔いも出てくる。休みなく辺りを行き交う人々の姿に軽い眩暈を覚えていた。

 現在ジュードがいる場所は、カミラの目的地でもあった地の国の神殿である。厳密に言えば神殿の外だが。


 カミラが姫巫女だとわかれば、恐らくヴェリア大陸に渡る許可は下りるだろう。

 そうなると『ヴェリア大陸に帰る』という彼女の目的は達成される。それはカミラとの別れを意味していた。



「(グルゼフは港街じゃないし、船はどこから乗るんだろう。ただでさえ、この地の国は他国の常識が通じないような場所だから心配だな、無事に大陸まで帰れるかな……)」



 カミラの話では、ヴェリア大陸に住まう者たちは大陸の外の人間を憎んでいるとのこと。勇者の子孫であるヴェリアの第一王子は、憎しみのままに外の世界へ牙を剥く可能性まであるというのだ。彼女はそれが誤解であることを大陸の民に伝えなければならない。


 しかし、そこまでの旅路を考えるとどうにも不安が付きまとう。せめて、ここが風の国や水の国であったならそこまで心配にもならないのだが。姫巫女である彼女に万が一のことがあれば、ヴェリアの民は尚のこと外の世界への憎しみを募らせてしまうかもしれない。



「ジュード、お待たせ」

「あ、おかえり。許可は……もらえたみたいだね?」



 そこへ、カミラが戻ってきた。嬉しそうなその顔を見る限り、どうやら無事に許可はもらえたようだ。心配は尽きないが、故郷に戻れるというその嬉しそうな顔を見るとジュードの表情も自然と和らいだ。初めて会ったばかりの頃は随分と緊張していたし、水の国から戻った頃は魔族の出現に対して気を張り過ぎていた彼女だが、故郷に戻れる目途が立ってようやく安心したのだろう。



「うん、もらえた。よかった、これでやっと帰れるわ。色々とありがとう、ジュード」

「いや、オレは何もしてないよ」



 塀に預けていた身を正すと、ジュードはカミラと並んで屋敷の方へと足を向けた。商店街の方は人の往来が激しいが、上流階級の住居となっている都の北側の方は比較的静かな方だ。代わりに煌びやかな装飾だの門だの、いかにもお金があります、と言わんばかりの建物が多いために居心地は悪いのだが。



「ねえ、ジュード。わたしね、初めてあなたに会った時、とても驚いたのよ」

「え、どうして?」



 右を見ても左を見ても金持ちの披露会でも見ているような気分になりながら歩く中、不意にカミラが静かに口を開いた。ジュードが驚いたように隣を歩く彼女を見遣ると、当のカミラは悪戯でも成功した子供のように「てへ」と笑う。



「わたしがヴェリアの第二王子さまと婚約してたっていうのは、話したよね。その第二王子さまも“ジュード”っていう名前だったのよ。珍しい名前ではないから同じ名前の人がいるのも当たり前なんだけど、驚いたものだわ」

「そ、そうだったんだ……」



 思い返してみれば、確か名乗った時にそんな反応をされたような――気はする。あれはそういう意味だったのかと、今になってその謎が解けた。彼女にしてみれば同名の別人という、酷な現実だったのかもしれないが。



「……王子様、無事だったらよかったんだけど」

「……ううん。ヘルメスさまも他の人たちも、あの人が魔族に喰われるのを見たって言ってたから……仕方ないの、もう生きてはいないわ。それに、わたしは今はヘルメスさまと婚約してるから、そろそろ前に進まなきゃいけないの」

「あ、そうか。カミラさんは姫巫女だから……」



 かつて、世界を救った勇者は姫巫女と結ばれ、ヴェリア王国を築いた。それ以来、姫巫女はヴェリア王家に嫁ぐ決まりになっているはずだ。残った勇者の子孫はヘルメス王子とエクレール王女の二人だけ、必然的に王子の方に嫁ぐことになる。



「ヘルメス王子って、どんな人?」

「とてもお優しくてお綺麗で、お強い方よ。怒ると怖いけど、わたしにはいつもお優しいの」

「そうか、ならよかった」



 いつか彼女の心の傷が癒えて、また誰かを心から愛せるようになったら――そう思ってはいたが、どうやら何も心配することはないらしい。彼女にも故郷にちゃんといるのだ、ありのままを見て愛してくれるだろう人が。それを思うと肩の荷が下りたようにホッとした。



「ねえ、ジュード。この国を出るまで……みんなと一緒にいてもいいかな」

「いいと思うけど、帰るのはいいの?」

「うん、この国はちょっと怖いから、どうせなら水の国から船に乗ろうと思って……」

「そうだね、オレもさっきそれを心配してたんだ。水の国の最南端にある漁港には顔見知りがいるから、そこに寄っていけないかシルヴァさんに話してみるよ」



 ジュードのその言葉に、カミラは花が綻ぶように笑った。

 こんなことではいけないと彼女自身思ってはいるものの、人の心はコントロールができないものである。故郷には婚約者がいるというのに、カミラの心はどうしても――ジュードとの別れを惜しんでいた。



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