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謁見が終わったら


 翌日の正午過ぎになって、ようやく一行は地の王都グルゼフへと到着した。入国からこの王都に至るまでにかかった時間を考えると、地の国は本当に広いのだと痛感させられた。


 マナとルルーナは馬車を降りるなり、凝り固まった身体をほぐすように一度大きく身を伸ばす。



「ああ~やっと着いた~」

「結構かかったけど、今日はゆっくり休めるわよ。私の屋敷は広いからね」

「なんだ、泊めてくれるのか?」

「そりゃ……屋敷があるのにアンタたちは宿に泊まりなさいなんて言わないわよ、私だってそこまで鬼じゃないわ」



 揶揄するような口調でウィルがルルーナの背中に声をかけると、幾分か言い難そうにはするものの、それでもハッキリとした口調でそう返答が返った。


 まだジュードたちのことを明確に『仲間』と称すには抵抗があるようだが、それは他よりも高い彼女のプライドが邪魔をしているだけであって、ルルーナ自身の中では既に『仲間』なのだろう。そうでなければ屋敷に迎えてくれるはずがないのだ。


 ルルーナは久方振りに見る王都グルゼフ出入り口の門を見上げて、そっとひとつ吐息を洩らす。彼女の胸には様々な想いが去来していた。


 母の願いをこれで叶えられるという達成感はもちろんなのだが、果たしてそれでいいのかという不安。その母が願っていることはなんなのかという疑念など、本当に様々なこと。

 そして、これで母の願いがわかるのだという安心感も共に感じている。



「(お母様がジュードを求める理由が、これでやっとわかる……何か善からぬことじゃなければいいけど、お母様に限ってそんなこと……)」



 むくりと顔を出す不安の芽を頭から追い払うべく、ルルーナは小さく頭を振った。母であるネレイナは彼女の中で特別な存在なのだ。そんな母が善からぬ目的でジュードを求めるわけがない。胸に浮かぶ不安に半ば強引に蓋をして、馬車を振り返った。



「ほら、早く行くわよ。服とかも見て回らなきゃいけないんだからね。王族の方々との謁見にいつもの服じゃ、この国では失礼になるもの」

「ジュードたちはともかく、あたしたちにはルルーナの貸してくれればいいのに」

「マナじゃ胸はぶかぶかで腰はキツくて入らないでしょ、そんな可哀想なことを私にしろっていうの?」

「あんたねぇ! いいわ、わかったわ、その喧嘩買ってあげる!」



 ようやく安心して休める場所に着いた――その事実は仲間たちにも安堵を齎したらしい。常の如く軽口を交わすマナとルルーナを眺めて、ジュードやウィル、シルヴァは愉快そうに声を立てて笑う。そんな彼らの姿を見て、シヴァやイスキアもまた表情を和らげた。さすがに普段から表情の変化に乏しいリンファはそうもいかなかったが。


 この王都グルゼフは、リンファにとってひどく複雑な場所だ。

 彼女は地の国の生まれではあるが、この国は故郷でもあり、家族を亡くした痛ましい場所でもある。このグルゼフでは、今でも闘技奴隷たちが毎日のように命懸けの戦いを強いられているのだろう。


 もし、ネレイナの姿を目にしたら、果たして自分は冷静でいられるのだろうか。



「……リンファ、大丈夫か?」



 そこへ、談笑の輪からそっと離れてきたウィルが小さく声をかけてきた。彼は仲間の中で唯一リンファの事情を知っている身だ、今日この場に至るまで、恐らく彼もあれこれと考えていたのだろう。リンファは大丈夫かと。けれど、当のリンファは微々たる変化ながらその顔に薄い笑みを滲ませてゆるりと頭を振った。



「大丈夫です、女王陛下にご迷惑をおかけすることはしません」



 まだ十五歳の年若い少女が自分の感情をぐっと押し殺してそう微笑む様は、ウィルにとってひどく痛々しいものだった。



 * * *



 王都グルゼフの出入口にある厩舎に馬車を預けて、まずはルルーナの――ノーリアン家の屋敷に向かうことになった。ジュードはいつものように馬車を預かり、仲間たちの背を見送る。街の中に相棒のちびを連れていけないのは、ジュードにとってつらいことである。


 広々とした厩舎に馬車を入れ、馬を奥で休ませてから長旅で随分とくたびれてきた馬車の扉を開けると、待ってましたとばかりにちびが舌を出して待っている。ちゃんとおすわりをして。ジュードは縁に腰掛けて、そんな相棒をわしわしと両手で掻き撫でた。


 ライオットはいつものようにジュードの肩に乗ったまま、そんなスキンシップの様を微笑ましそうに見つめている。しかし、先ほどからライオットはジュードの様子がいつもと少しばかり違うことが気になっていた。何かを思いつめているように見える。



「……なあ、ライオット」

「どうしたに?」

「初めて会った時、言ってたよな。オレの……親のこと知ってるって」

「うに、言ったにね。……聞いてみるに?」



 そこまで言われれば、今のジュードの頭にあるものが何なのかライオットには何となくわかった。今の彼は、自分の出自について考えているのだ。



「地の国の王さまとの謁見が終わったら……教えてくれないか。今はほら、まだ書状をひとつも渡せてないし、そんな状態でオレの問題まで増やしたら悪いしさ」

「わかったに。謁見が終わってからもやっぱりつらかったら、ちゃんと言うによ。ライオットはマスターが知りたいって思った時にいつでも話すに」

「……ああ、ありがとう。そうと決まれば、まずは謁見を成功させないとな」

「そうだに、シルヴァおねーさんがいるから大丈夫だとは思うけど、マスターは肝心な時にヘマをしそうなタイプだに」



 ライオットから返る辛辣且つ的を射る返答を聞けば、一度こそ眉根が寄るものの「失礼な」とは言えなかった。

 とにかく謁見だ、何を考えているかもわからない地の王族との謁見を無事に終えられれば、多少は精神的に余裕も出てくる。出自について知るのは、それからでも遅くはないはずだ。



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