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続・結局どっちなの


 その日の夜、ジュードは約束した通りに白の宮殿を訪れ、いつものように――否、いつも以上に手合わせに打ち込んでいた。



『――恐らく、かつて伝説の勇者を最も苦しめた男だろう。それが死人(しびと)を意のままに操る死霊使い(ネクロマンサー)、名をメルディーヌという。あれの力と恐ろしさは魔王サタンに匹敵するほどだ』



 昼間、シヴァに聞いたその言葉が何度も頭の中に思い起こされる。

 かつて魔族に支配されていた世を、魔王を打ち倒すことで救った伝説の勇者を最も苦しめた男。そんな恐ろしい敵がこの世に現れているというのだから、一秒でも早く今よりもっと力をつけたかった。


 もしかしたら、神器を持ってるウィルやマナでもどうにもできないかもしれない。何せ、あの伝説の勇者を苦しめた男なのだから。それを考えると気持ちばかりが急いてしまう。早く早く、もっともっと強くならないと、自分は神器だって持ってないんだから、と。



『はあッ!』



 対峙するジェント目掛けて猛然と飛び出し、勢いそのままに剣を叩きつける。けれど、その一撃は彼の身に直撃することなく虚空を切った。ほぼ一瞬で目の前から消えた姿を研ぎ澄まされた感覚で追うが、わずかに――向こうの方が速い。後方に回り込んだジェントは、鞘に収めたままの剣で咎めるようにジュードの足を打った。



『いだッ!』

『力み過ぎた、いつもより動きが固いぞ』

『す、すみません……』



 だが、力をつけたいと思えば思うだけ、どんどん身体に余計な力ばかりが入ってしまう。指摘されるまでもなく、今日はいつもよりずっと動きが鈍いことはジュード自身、薄々気付いていた。強くなりたいと躍起になって剣を振るえば、その分だけ空回りしているような気さえする。


 思うようにいかない現実にジュードは「はあ」と小さくため息を洩らして、片手で自らの後頭部を掻いた。それに、ジュードにはどうしても気になることがもうひとつ。



『……あの、ジェントさんって結局どっちなんですか?』

『なんだ、まだ気にしてるのか』

『そりゃ、そうですよ……』



 ジュードはどちらかと言えば、女には甘い方である。それに、現在進行形で淡い感情を抱きつつある相手なのだ、力み過ぎ以外に動きが鈍るのも無理はないことだった。すると、ジェントはふと薄く口元に笑みを滲ませながらゆるりと小首を捻る。



『どちらだと思う?』

『またそんな意地の悪い聞き方……き、綺麗ですし、見た感じは女の人に見えますけど……でも口調は普通に男の人だし……』

『なら、男でいいんじゃないか』

『な、なんですかその投げやりな答え! オレにとってはかなり重要なことなんですよ!』



 意地の悪い問いかけにジュードは真面目に考えて返答したものの、それに対して返る投げやりな言葉を聞けば思わず声を荒げてしまった。もう随分とヤバい部分まで踏み込んでしまっている気はするのだが、今ならまだハッキリと「男だ」と言われればそっと引き下がれそうではある。


 だが、そんなジュードの心情も露知らず。ジェントは面倒くさそうに己の横髪を掻き乱すと、次の瞬間には悪戯でも企むように目を細めて笑った。



『きみは女には甘いようだからな……どれ、じゃあ俺に一撃でも浴びせられたら大人しく答えようか、おいで』



 そこは――やはりジュードも男である。そんなことを言われて負けん気を刺激されないわけがない。不快とはまた別の、憤りに近い感情が沸々と込み上げてくるのを感じながら、ジュードは再び身構えた。


 こうしてジェントに鍛えられて随分と腕が上がったと思ってはいるが、恐らくジェントにとってジュードは未だ軽くいなせてしまうような相手なのだ。本気とて出しているのかどうか。それを考えれば悔しい、それはもう言葉では言い表せないほどに。


 次の瞬間、ジュードは再び床を蹴って飛び出した。躍起になっているせいか、それとも余計な気負いが外れたせいか、先ほどよりも随分と身体が軽い気がする。それでも、渾身の力を込めて叩き込んだ一撃は容易にジェントの剣に受け止められてしまうのだが。一撃防がれた程度で腹を立てていては、この人には決して勝てない。これまでの手合わせで、それは痛いほどに理解している。


 即座に切り返し、更にもう一撃叩き込むと同時に、逆手に持つ短剣を殴りつけるようにして叩き込む。対するジェントは、それらの攻撃を時に防ぎ、また時には軽い足取りで避け、更に隙あらば逆にカウンターを叩き返す。



『(……根が素直なせいか、教えたことはすぐに吸収してくる。遊んでばかりもいられないが、本当に先が楽しみな子だな)』



 決して口にすることはないが、ジェントは内心でそんなことを思いながらがむしゃらに打ち込んでくるジュードを見据えて薄らと笑う。しかし、その内心は複雑だった。



『(……だからこそ不安になる。今後も、こうして傍にいられる相手が……きみであってくれればいい、そう願わずにはいられないんだ)』



 もし、その願いの通りにならなければ――こうして手合わせをすることも、この宮殿で会うことも叶わなくなる。下手をすると、ジュードたちと敵対関係になることもあるかもしれない。そんなのは冗談ではなかった。


 ざわめくような胸騒ぎを感じながら、叩き込まれる一撃を真っ向から受け止めた。嫌な予感を振り払うように。



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