勇者と精霊たち
「じゃあ、大雑把に言うと……あの大地震は人間の感情が一因になってる、ってこと?」
「そうね、ノームは人が生み出す負の影響を受けて狂暴になってたの。大地震が起きたのは、ノームが鉱山の中で大暴れしてたからよ」
「申し訳ないナマァ……」
正午を過ぎ、ジュードたちはそれぞれ仲間の無事を確認してから、寝所として使われている倉庫の一室に集まっていた。この一室を話の場に選んだのは、未だ本調子とは言えないウィルとシルヴァの体調を気遣ってのことだ。傷こそ癒えたものの、彼らの身は依然として血が足りていない状態だった。
と言っても、それ以外には特に問題はない。起き上がって食事をしたり、こうして話をする分にはまったく支障がないというのは、不幸中の幸いだろう。それらを確認して、ジュードたちの顔には自然と安堵が滲んだ。
しかし、その場で出たあの大地震に関する話と説明に、ルルーナは訝るような声を洩らす。
人間の感情が精霊に影響を与え、その結果災害を引き起こしたなど到底信じられるような話ではないからだ。
ウィルとシルヴァは寝床に、ジュードは近くの簡素な木椅子に腰を下ろし、その傍らにはリンファが座っている。マナは窓とは呼べない穴の近くに佇み、カミラは出入り口近くの壁に凭れかかりながら、その隣にいるルルーナを横目に見遣っていた。仲間の視線はルルーナに注がれはしたが、そんな中でリンファが静かに口を開く。
「……ですが、思い当たる節は嫌と言うほどありますね……」
「……まあ、そりゃあ……ね」
闘技奴隷として生きていたとは言え、リンファは元々この地の国グランヴェルの出身だ。彼女とて、この国の内情や在り方はよく理解している。そんなリンファの言葉に、ルルーナは視線を彼女に向けると片手で自らの紅の髪を軽く掻き乱した。その表情には不愉快さがありありと滲み出ている。
「思い当たる節?」
「前にも話したとは思うけど……この国は完全な格差社会で、今も奴隷制度があるのよ。力のある者がない者を蹂躙することのできる国なの。他国と違って人身売買が犯罪ではないし、正当な理由があれば人を殺すことだって正義と見做される。例えば……下の者が貴族にぶつかったから殺した、とかね」
「それのどこが正当な理由なのよ! 異常じゃない!」
「そういう国なのよ、グランヴェルっていうところは。ジュードたちの常識や当たり前は、この国では通用しないわ」
ルルーナの言葉にジュードたちは思わず絶句していた。以前水の国の鉱山で聞いた時もそうだったのだが、地の国の内情は彼らの予想の遥か上を行っている。シルヴァは複雑そうに眉根を寄せてため息交じりに呟いた。
「……我々も、行動には慎重になった方がよさそうだな。今は王族の方々の不興を買わぬよう、目立たない行動を心掛けた方がいいかもしれない」
「そうですね、王族の機嫌を損ねて協力の話が吹き飛んだら女王様に申し訳ないし……」
ジュードたちはあくまでも使者として来ているのだ、その彼らが地の王族の不興を買って同盟の話を台無しにしたとあれば使者失格――シルヴァの顔にたんまりと泥を塗ることになってしまう。シルヴァのその呟きに同意を示したのは、傍らにいるウィルだ。
やや重苦しい空気が流れる中、シルヴァは「ふう」と一息洩らすと、一度仲間たちを見回した。
「それにしても、少ない人数でよく魔族を撃退してくれた。無事に戻ってきてくれて安堵したが、その話を聞いて誇らしくなったよ」
「ほんと、あのアグレアスっていうデカい男だったんでしょ? よく追い払えたわよねぇ、頑張ったじゃない」
そこはやはり大人だ、話題を変えるのはお手の物である。突然向けられた称賛にジュードやマナはもちろんのこと、ウィルやリンファも幾分か照れたように表情を和らげた。
「……本当に、ウィルのお陰だよ。ありがとな、もうあんな無茶はしてほしくないけどさ」
「よ、よせよ、そうやって畏まって礼を言われるのは得意じゃないんだ、知ってるだろ。それに、イスキアさんが来てくれなかったらどうにもならなかったんだし……」
昨夜ジェントに言われたように純粋に感謝を伝えると、ウィルは慌てて頭を左右に振った。しかし、その顔には照れと共に嬉々が滲んでいる。それを見て、ジュードも妙に嬉しくなった。そんなジュードとウィルのやり取りを横目に、マナたちも微笑ましそうに表情を和らげる。
「ふふ、シヴァ殿、イスキア殿。あなた方には火の王都防衛の際にも助力いただいたと聞いた、此度も本当になんと礼を言えばいいのか……」
「やだ、いいのよぉ。アタシたちの方も助けられたしね。ノームのこと、本当にありがとう。あのままだったらこの辺り一帯は地震が続いてきっとメチャクチャになってたわ」
「俺たち精霊にとって人間は友も同然だ、気にしなくていい」
イスキアの言葉に、彼の肩に乗っていたノームがぴょんぴょんと跳びはねてからぺこりと頭を下げる。つぶらな瞳は細められていて、嬉しそうだ。その後に続いたシヴァの言葉を聞いたジュードは、いつものように自分の肩に座るライオットを横目に見遣った。
「人間は友も同然、かぁ……ライオットも前そう言ってたよな」
「そうだに、人間は友達だに。みんなが伝説って口を揃えて言う勇者が、そう在ることを望んだに。だから大昔からずっとずーっと人間は友達だによ」
「勇者様が……?」
かつてあったとされる魔大戦の際、精霊たちが勇者と共に戦ったということは多くの歴史書に記されている。そのため、魔族が現れた今、再び精霊たちが人間側に味方してくれる状況にジュードたちはもちろん、女王アメリアやメンフィスも希望を見出しているのだ。きっと彼らの間には並々ならぬ絆があったのだろう。
「……今だから言うけど、最初はジュードちゃんたちが造ってる魔法武器っていうものをすごく警戒してたのよ。雪山でアタシたちがあなたを拾ったのは、それが理由でもあったの」
どこか懐かしそうに目を細めるイスキアのその言葉に、ジュードとマナは互いに顔を見合わせた。




