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大精霊と四神柱


 イスキアと神器の助けによりアグレアスを撃退したジュードたちは、そのまま彼の助けを借りて鉱山を後にしていた。


 来た時に使った馬車に乗り込み、リンファが手綱を取る。身に刻まれた傷は、ライオットとイスキアの治癒魔法によって完全にではないが癒され、身動き程度ならば既に問題はない。


 今は取り敢えず少しでも早く街に帰り着き、身を休めることが第一だ。ジュードはアグレアスが消えていくのを見届けて、それきり意識を飛ばしてしまっている。ウィルもジュードも既に限界だった。



「でも、イスキアさんはどうしてここに?」

「ちょっとね、ノームの気配がおかしいな~って思ったのよ。それで様子を見に行ったらあの状態だったってワケ。ビックリしたわよ、いきなり神器が奥まで飛んでいくんだもの、慌てて追いかけたわ」

「ライオットはわからなかったのに、イスキアさんにはわかるのね」

「……何か含みがある気がするに」



 マナは馬車に乗り込んだことで多少なりとも安堵を覚えたらしく、一息吐いてから頭に浮かんだ疑問をそのままイスキアへと向けていた。それなりに長い時間鉱山の中にいたためか、知らず入っていた肩の力が自然と抜けていく。


 馬車の壁に凭れて眠るジュードと、そんな彼に寄り添うちび、そしてその傍らに寝かされたウィルを一瞥してからマナはイスキアの隣に座すライオットに目を向けた。



「別にそんなんじゃないわよ、ただ大精霊ってやっぱりすごいんだろうな、って」

「それは……そうだに、大精霊は今はこうしてふたつに分離してるけど、本来はひとつの形なんだによ」

「ぶ、分離? イスキアさんがもう一人いるってこと?」



 ライオットのその突然の話に、マナは思わず――目の前のオネェがもう一人いる光景を想像した。その頭の中は次々に「?」で満たされていく。そんな彼女の様子を見て、イスキアは大層愉快そうに笑い声を上げた。



「やだ、マナちゃんったら。アタシたち大精霊にはそれぞれ相棒がいるのよ、本来はその相棒と一体化してるんだけど、あの状態でいると疲れるからこうして大精霊として分離してるの」

「……よくわからないんだけど、一体化してる時は大精霊じゃないってことですか?」

「マナももしかしたら聞いたことあるかもしれないにね、大精霊がそれぞれ相棒と一体化すると、神を支える四つの柱――四神柱(ししんちゅう)になるんだに。四神柱はこの世界を形成する存在なんだによ」



 四神柱の話は――ジュードに負けず劣らず勉強があまり好きではないマナとて知っている話だ。もっとも、彼ら四神柱も精霊と同じような認識で、実在するようなものだとは思っていなかった部分もあるのだが。


 炎や暖かさは火の神柱フィニクスの、空気や酸素があるのは風の神柱シルフィードの、生き物にとって欠かせない水が存在するのは水の神柱オンディーヌの、そして全てを支える大地があるのは地の神柱ガイアスの恩恵であるとされている。

 四神柱は、この世界そのものを形成する者たちなのだ。



「イ、イスキアさんは風の大精霊だから……えっと、風の神柱シルフィードの片割れ……ってこと!?」

「そうよ、大当たり。アタシの相棒はトールっていうの」

「そうだ、そうだわ。残りの神器をライオットに聞いた時にそのトールって名前聞いた。じゃあ、シヴァさんも……」



 何ともスケールの大きな話に、マナの頭は完全に混乱していた。だが、いつも情報を纏めてくれるウィルが眠っている今、これらの情報を整理できるのはマナしかいないのだ。両手で軽く頭を抱えながら気を落ち着かせていると、そこで彼女はふと気になることを思い出した。



「……そういえば、地の大精霊は事情があって眠りについてるってライオットに聞いたんですけど……その事情って?」

「うに、さっきのノームを見てわからなかったに?」

「……え?」



 わからなかったか、と言われても、マナは疑問符を浮かべるばかり。察しのいいウィルなら気付けるのだろうが、悲しいかな、彼女の頭はジュードとそう変わらないのだ。すると、それまでジュードやウィルの様子を心配そうに見守っていたノームが、短い足をよちよちと動かして傍まで歩いてきた。



「もし大精霊が……タイタニアが起きてたら、相棒と一緒にさっきのノームみたいに負の感情に侵食されておかしくなってたかもしれないナマァ」

「そう。地の大精霊タイタニアとその相棒のアプロディアは、この世界の大地全てを司る地の神柱よ。もし彼女たちが負の感情に汚染されてしまったら、大地は全て崩壊し、生き物は海に投げ出されてしまうわ。……だから、そんな事態を避けるために負の侵食も届かない地中の奥深くで眠っているのよ」

「ひえぇ……そ、そうだったんだ……」



 地上の生物は、大地がなければ生きてはいけない。海に投げ出されてしまったら、待っているのはただただ死のみ。そんな事情があったなんて、とマナは深々とため息を吐き出した。



「ノーム、ガンバンテインは今どうなってるの?」

「ガ、ガンバン、テイン……?」

「ガンバンテインは地の神器ナマァ。もしかしたら自分たちが眠ってる間に必要になるかもしれないって、ノームが預かってるナマァ」

「さすがはタイタニアだにね、よく考えてくれてるに。使い手はまだだけど、これで神器は三つ手に入ったことになるにね」



 魔族に対抗し得る、神が造り出した神器――その威力は確かに凄まじいものだ、先ほど顕現したばかりの神槍ゲイボルグの破壊力はいっそ恐ろしいほどだった。けれど、マナは悔しそうに下唇を噛み締めると、昏々(こんこん)と眠るジュードとウィルを見遣る。



「(……神器があるからって安心できないわ。あたしはさっきの戦いの時、神器を持ってるのに何もできなかった、ウィルにあんな無茶させた。このままじゃダメだわ、もっと強くならなきゃ……)」



 本来なら、神器を持ってる自分が何とかしなければならなかったのに。そう思えば思うだけ、マナの心は罪悪感と自身への不甲斐なさで満たされた。



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