表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/229

女王との謁見


 開け放たれた扉の先――謁見の間は格別広い造りとなっており、高い天井からは陽光が射し込む。赤い絨毯の下は大理石で整えられ、柱には美しい女神の彫刻が施されていた。


 絨毯が連なる最奥には、玉座に腰掛ける女性の姿。彼女が、火の国エンプレスの現女王アメリアだ。


 真紅の長い髪を高い位置で結い上げ、目は多少なりとも吊り目。見る者に気が強い印象を与えてくる。白い頬にほんのり色づく程度に乗った紅は女性らしさを引き立たせ、唇に引かれた薄紫の口紅がやや神秘さを醸し出していた。


 ジュードは玉座の前にある何段かの階段前で足を止め、案内をしてくれたクリフが脇に退くのを確認してからその場に片膝をついて頭を下げる。アメリアは玉座から立ち上がると、優しそうな微笑みさえ湛えてジュードの目の前まで歩み寄った。



「よく来てくれた、わざわざ呼び立ててしまってすまないな。グラム殿に聞いてもう知っていると思うが、私がこの国の女王アメリアだ」

「父さんに聞いて……? 若い頃にとてもよくして頂いたとは聞いていますが……」



 女王と言うと、当たり前だが他の国で言う「王さま」だ。所謂「王族」というもの。その女王に世話になったと聞きはしたが、父グラムはこの美しい女王とそんなに親交があったのかとジュードは思わず面を上げた。

 しかし、無礼になるかと慌てて頭を下げると、アメリアからは愉快そうな高笑いが返る。



「はははっ、そう固くならず楽にしてくれ。グラム殿の息子なら、私にとって友も同然だ」

「あ、あの、父さんは女王さまとお知り合いなんですか?」

「なんだ、グラム殿は何も話しておらぬのか? グラム殿は我が国にとって英雄であり恩人だ、彼がいなければこの国は十年前に滅んでいただろう」

「わははは! あいつめ、照れくさくて話しておらんと見えるな!」

「え、英雄……? 父さんが?」



 やや不服そうに呟くアメリアに続く形で高笑いを上げたのは、玉座の傍に立つ浅黒い肌の男だった。厳つい風貌をくしゃりと笑みに崩して笑う様は、厳格そうな雰囲気を随分と和らげる。頻りに疑問符を浮かべるジュードの疑問に答えてくれたのは、壁際に立つクリフだった。



「ここにおられるメンフィスさまと坊主の父親のグラムさんは、約十年前に王都に攻め込んできた魔物の群れを退けたのさ。お二人で親玉を叩いてな、それで敵を撤退に追い込むことができたんだ。俺もだけど、この国の男は大体がそれに憧れて兵士や騎士を目指すんだぜ」

「し、知らなかった……」

「前線基地の戦況が思わしくなくてな、それでグラムのやつに強力な武具を造ってもらおうと思ったんだが……ふむ、あの男はどうしている?」



 先ほどまでの高笑いもどこへやら、メンフィスと紹介された浅黒い肌の男は瞬時に真顔に戻ると、ジュードに疑問を投げかけた。そもそも、アメリアが呼んだのはグラムであって、その息子ではないのだから当然の疑問だ。



「父さんは先日、魔物に襲われて怪我をして……今は療養中です。なので、今回は来れませんでした。その代わり、今の状況がどうなっているのか詳しく聞いてくるようにと」

「なんと……そうだったのか、療養中にそれは申し訳ないことをした。それで、グラム殿の怪我の具合は大丈夫なのか?」

「はい、ゆっくり療養すればまた剣を造れるようになるそうです」



 ジュードの返答に一度こそ女王もメンフィスも息を呑んだが、続いた言葉には文字通り安堵に胸を撫で下ろす。どうやら、アメリアもメンフィスもグラムのことを随分と気にかけているようだ。父が自分の知らないところで大切に想われている事実に、ジュードはなんとなく嬉しくなった。



「しかし、ジュード。そなたも不思議な技術を持っているそうだな。昨夜クリフから報告があったぞ」

「はい、陛下。この国に出没する魔物は、そのほとんどが氷や水属性を苦手としています。武器そのものに魔物たちの苦手な属性を付与し、尚且つ誰でも無詠唱で魔法を放てるようになれば……前線基地の者たちの戦いも随分と楽になるはずです」



 アメリアの言葉に対し、ジュードの代わりに答えてくれたのはクリフだった。

 次に女王の視線が向けられると、ジュードは腰裏に装着する愛用の短剣を鞘ごと差し出す。アメリアはその短剣を受け取るなり、ゆるりと首を捻ってみせた。



「ふむ……普通のナイフにしか見えぬが?」



 不思議そうに小首を捻る様を見上げ、そこでようやくジュードは立ち上がった。こちらへ返すべく差し出された短剣を受け取り、辺りへと視線を巡らせる。


 ――謁見の間のどこを見ても兵士がいる。誰もいない場所に向けて実際に効果を見せる、というのは少々難しそうだ。仕方ない、と思ったジュードはクリフに一声かけた。



「クリフさん、危ないから動かないでね」

「へ?」



 アメリアから離れると、ジュードは左手に持った短剣の切っ先をクリフへと向ける。距離があるためか、もしくは意図が読めないためか、彼は目を白黒させるばかり。


 だが、他の兵士では下手に動いて怪我をする恐れがある。クリフならば、多少のことでは動じないだろう。彼は部下を逃がすために自らを盾にしようと立ちはだかる漢気を持っているのだから。


 短剣に鎮座する蒼い石はジュードの精神に呼応するように輝き、切っ先の周囲――宙空へ氷の刃を生成する。え、え、とクリフは戸惑いながら身を退きそうにはなるが、動かないよう言われているためにそれもできない。


 ジュードが短剣を持つ手を真横に振ると、三本ほどの氷の刃はクリフ目掛けて勢いよく飛翔した。だが、それは彼の身に直撃することなく真横を通り過ぎ、壁に直撃して粉々に砕ける。


 その後、数拍の間を置いて周りの兵士たちからは歓声に近い声が上がった。アメリアも嬉々として、やや興奮気味に声を上げる始末。クリフだけは、氷の刃が直撃した壁をやや青い顔で振り返り「ばっきゃろう! 危ねえだろ!」と騒いでいたが。



「素晴らしい! 魔法武器とはこういうものか!」

「はい、これは護身用に持っているだけですので、質のいい鉱物と武器があれば……」

「更に強力なものが造れると言うのだな? 質のよい武器はこの都の鍛冶屋たちに私の方から依頼しよう、きみにはそれらの武器に魔法の力を与える仕事を頼みたい」



 父グラムが言っていたように、どうやらこのアメリアも都の鍛冶屋たちと協力することを考えたようだ。グラムが武器を造れないのなら、やはりそれが一番の手段と言える。ジュードたちは魔法武器を生み出す技法こそ持っていても、鍛冶屋としての腕はまだまだ半人前以下。そんな子供たちが造った武器では、せっかくの技法も宝の持ち腐れにしかならない。



「ジュード、多くの兵を守り生かすための武器を造ってくれ、住む場所もすぐにガルディオンに用意させよう」

「え? あ、いや……」



 その言葉に一度こそジュードは頷きかけたが、続いた言葉には失礼とは理解しながらも思わず口を挟んでしまった。急を要するとはいえ、あまりにも急すぎる話だ。魔法武器はジュード一人で造れるわけではない。ジュードとウィルとマナ、三人の力を合わせて造り上げたものなのだから。



「あの、女王さま。オレ……いや、自分は一度ミストラルに戻ります」

「なに?」

「仲間の協力が必要なんです、全て自分一人では……」



 すぐに作業に入ってもらいたいと、アメリアが考えているのはジュードにもわかる。

 しかし、魔法の効果を持たせる鉱石を生み出すには様々な属性魔法を扱うマナの協力が必要不可欠であるし、その鉱石の力を引き出すにはウィルの知識が欠かせない。



「陛下、ワシからもお願い致します。ジュードにも用意は必要でしょう、馬車を出しますので許可を頂けませんか」



 考え込むように黙るアメリアに、次に声をかけたのは傍らに控えるメンフィスだった。すると、アメリアはちらりと視線のみで彼を見遣り――そうして程なく、その相貌をふっと笑みに和らげて頷いた。



「……わかった、今はまだ使えそうな武器もいくつあるか数は不明だし……確かにそうだな。ではジュード、戻り次第作業に入ってくれ。それまでには住む場所と武器を用意しておこう」

「は、はい、ありがとうございます」



 メンフィスのお陰で取り敢えず自宅に帰る許可が出たことに安堵しつつ、ジュードは一度謁見の間の大扉を振り返る。


 現在、カミラはこの火の王都ガルディオンにある火の神殿に許可証をもらいに行っている。彼女はもう客間に戻ってきただろうか、これからどうするんだろうか。

 昨日の話のこともある、彼女の今後が心配だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ