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トレゾール鉱山の最深部へ


 目的地であるトレゾール鉱山に行き着いたジュードたちは、取り敢えず神殿に繋がる入口があるらしい地下を目指していた。


 以前水の国で足を踏み入れたボニート鉱山とは違い、この鉱山は日常的に採掘作業が行われているようだ。辺りにはつい最近まで使われていただろう作業道具が散乱している。散らばっているのは恐らく深夜の大地震のせいだ、アレナの街の被害を考えると、今日は採掘作業が中止になることは想像に難くない。


 ゴツゴツとした岩壁には点々と明かりが灯り、心許ないながら辺りを照らしている。地下に通じる道は真ん中を突き進んでいった場所にあった。マナは辺りを警戒するように見遣るものの、神殿に関わりのある場所のせいか、魔物らしき気配はほとんど感じない。



「け、結構暗いのね……ジュード、その例の声、今はもう聞こえないの?」

「……いや、たまに聞こえる。少しずつハッキリしてきてるから、近付いてるんだと思う」



 アレナの街で聞いた――あの奇妙な声は、この鉱山に向かう途中も繰り返し訴えかけてきた。昨夜は疲労による空耳かと思ったが、そうではなかったらしい。今となってはハッキリと「苦しい、助けて」と訴える声も、言葉も聞こえる。鮮明に聞こえるようになったのは、物理的な距離が近付いているためだろう、助けを求める()()が、この先にいるのだ。


 だが、先頭を行くウィルは自分の後ろに続くジュードを時折振り返っては、心配そうに表情を曇らせた。


 それもそのはず、地下に向かって進めば進むだけ、ジュードの顔色が悪くなっていくのだ。明かりが乏しい中でもわかってしまうくらいに。肩の上に伏せるライオットも調子が悪そうだった。このまま進んでもいいのかと躊躇いが生まれる。



「ジュード、具合悪そうだぞ。大丈夫なのか?」

「なんか、こう……頭が痛い、耳鳴りもする……」

「多分、この奥のせいだに……ライオットも胸の辺りがぐるぐるするに……」



 魔物との戦闘がないだけマシではあるのだが、それでも心配は尽きない。ちびも傍らの相棒の様子に「きゅーん」と心配そうに鳴いた。



「この奥のせいって、やっぱり奥には精霊がいるの?」

「うに、精霊の気配がするに。ここまで来ればライオットにもわかるによ」

「あんたもなかなか使えないわね、近付かないとわからないなんて……」

「うにー!? 精霊にも相性ってものがあるんだに! ここの精霊は地の精霊だに、ライオットは光の精霊だからわからなくても仕方ないんだにー!」

「あんまり耳元で騒がないでくれ、響く……」



 マナから返る言葉にライオットは腹這いになっていた身を起こすと、短い手を必死に動かしながら抗議の声を上げる。しかし、隣からジュードの小さい訴えが聞こえてくると、すぐに勢いを失ったように改めて彼の肩の上に――今度は座り込んだ。


 背中に届く声にウィルは苦笑いを滲ませると、片手は傍らの壁に添えたまま慎重に歩を進める。地下に向かっていくにつれて、足場は上よりも遥かに不安定だ。まるで瓦礫の山でも歩いているのでは、と思うほどに。道と言うよりはいっそ岩山に近い。


 そんな道の先頭を歩きながら後方の会話に耳を傾け、いくつか浮かんだ疑問のひとつを口に出した。



「ってことは、地の精霊は同じ地の精霊相手じゃないと遠くまで声が聴こえたりはしないわけか」

「そうだに」

「では、ジュード様は……マスターだから精霊の声が聴こえるのでしょうか?」

「うに、そうだに。マスターは精霊と相性がいいんだに」



 改めて、ウィルは後方から聞こえてくる会話に耳を傾けて情報を整理していくものの、やがて前方に見えてきた光に一度足を止めると小さく吐息を洩らした。地下へ続くこの道は他よりも薄暗い、ようやく少しは明るい場所に出られるのかと思えば、口からは自然と安堵にも似た吐息が洩れる。


 しかし、すぐにその光に違和感を覚えて眉を顰めた。



「おい、あの光……なんか、おかしくないか?」



 そんなウィルの言葉に反応したのは当然ジュードたちだ。足を止めた彼に倣って立ち止まると、ウィルの背中から前方を覗き込む。

 すると、彼らの視界にはなんとも禍々しく感じられる紫色の輝きが映り込んできた。これまでの道の脇にあったぼんやりとした灯りとはまるで違う、見る者を嫌な気分にさせるような、そんな輝き。


 そして、それと共にまるで猛獣の雄叫びらしき咆哮が轟く。



「――グオオオオオオォッ!!」



 その地鳴りのような雄叫びにマナは肩を跳ねさせて身を強張らせると、一歩後退した。獣型であるちびでさえも、四足をしっかりと大地に張り毛を逆立てて警戒している。牙など剥き出しで、完全に臨戦態勢だ。ジュードは片手で頭を押さえると口唇を噛み締めた。



「……あれだ、たぶん。助けてって言ってる」

「この気配はノームだに!」

「ノームって、精霊なの?」

「そうだに、ノームは地の上級精霊だに! けど、いったいどうしちゃったんだに!?」



 ジュードは目の前のウィルの肩を掴むと「早く」と先へ進むよう促しを向ける。雰囲気的にも決して穏やかとは言えないが、ここで逃げ出すわけにもいかない。


 あの地震に本当に精霊が関わっているのなら、恐らく普通の者では解決できないことなのだから。



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