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アレナの街


 ジュードたちは夕暮れに染まる空の下、ようやく地の国グランヴェル初の街へ辿り着いていた。


 トリスタンとメネット兄妹が営む旅館を発って二日半。地図で見るよりもずっと距離があった。本来なら途中でパルウムという村に立ち寄る予定だったのだが、そうもいかなくなり、ここまでほとんど休憩もなく馬車に揺られっぱなしだった。


 馬車を降りたマナは、凝り固まった身をほぐすように一度大きく伸びをする。高い位置で結い上げられた橙色の髪のてっぺんには、鳥を模した髪飾りがひとつ。これが火の神器レーヴァテインの普段の姿だ。持ち運びに困らぬようにと、日頃身に着けるものに姿を変えるよう造られている。



「はあぁ~……疲れたぁ……まさか、途中にある村がなくなってるなんて思わなかったもんね……」

「オレたちが持ってるこの地図、鎖国前に作られたものだからなぁ……」



 必要な道具類などがあれば調達しようと思っていたパルウムの村は、家屋などの村の形だけを残して完全にもぬけの殻になっていた。何か事件に巻き込まれたのかとジュードたちは思ったが、ルルーナ曰く「よくあること」なのだと言う。


 地の国グランヴェルには貴族制度があり、貴族がいるからこそ格差が生まれ、貧民と呼ばれる者たちが出てくる。村や街がなくなるのには様々な理由があるそうだが、そのいずれも理由は金や税なのだという。パルウムの村も、金に関する何らかの事情があって廃村となったのだろう。移り変わりが多いのなら、この十年で変わっていてもおかしくはない。



「けど、ちゃんと街に着けてよかったな」

「そうですね、王都まで残り半分ほどと言ったところでしょうか。ここで食料などの調達を済ませれば問題なく辿り着けると思います」

「そ、それでも、まだ半分はあるんだね……」



 疲れ果てている仲間たちを後目に、ウィルは額に片手を翳すと街を軽く見回す。その隣にはリンファが並んだが、普段あまり表情が出ることのない彼女の顔にも確かな疲労の色が見て取れた。カミラはリンファの言葉を聞くと、薄く苦笑いを浮かべながら小さく頭を振る。



 アレナの街の東側出入り口には商店街が建ち並び、西側出入り口にはいくつもの酒場や宿が並ぶ。街の大きさ的に、一軒や二軒の宿や酒場では足りないのだろう。夕暮れ時の時間帯も手伝い、人の往来が激しい。辺りはごった返していた。


 建物はいずれも洋風のものなのだが、これまでジュードたちが見てきた他国の建造物とは造りが異なる。いずれも宮殿のような外観だ。ごく普通の一軒屋らしき家屋も屋根は丸みを帯びるドーム型を取り入れており、右を見ても左を見ても豪華な雰囲気が漂っていた。

 まるで別世界に来てしまったような、そんな錯覚さえ与えてくる。



「まずは宿を取ろうか、その後に色々と見て回ろう」

「あ、オレはあとから行きます。ちびは連れていけないし……馬車もオレが厩舎に入れておきますよ」

「そうか……では、すまないがお願いするよ」



 ジュードは御者台から降りたシルヴァに向き直ると、一言そう告げた。いくら広い街の中とは言え、馬や馬車を連れては邪魔になってしまうし、魔物であるちびが街中を堂々と歩いていたら大騒ぎになるのは必至だ。シルヴァはジュードの言葉に小さく頷くと、その手綱を彼に託した。



 * * *



 街中へと消えていく仲間の姿を見送り、ジュードは馬と馬車を厩舎に預けると閉じていた馬車の扉を開けた。中には嬉しそうに舌を出すちびがいる。馬は疲れた身を少しでも癒そうと、干し草をムシャムシャと食べ始めた。ジュードは馬車の縁に腰掛けると、厩舎の小窓から街を眺める。


 鮮やかな橙色に染まる街並みは何度見ても珍しい建物ばかりで、遠くへ来たのだということを嫌でも教えてくれた。いつもと変わらずジュードの肩に乗るライオットは、そんな彼の横顔をなんとなく心配そうに見つめる。



「オレたちばっかりちゃんとしたとこで寝て、ごめんな、ちび」

「わう?」

「いつか、人間と魔物が仲良くできたらいいにね」

「……そうだな」



 自分の隣に腹這いになって伏せるちびの頭をわしわし撫でつけると、その目は気持ちよさそうに、そして嬉しそうに細められる。こうしていると魔物になどまったく見えない、ただの大きな犬だ。



 この約二日間、ジュードの頭にあったのは――自分の魂にかけられた呪いのこと。

 ジュードがグラムに拾われた時には、既に魔法に対する拒絶反応を起こす状態になっていた。つまり、失っている記憶の中に呪いに関する情報がきっとあるはずなのだ。いつどこで、いったい誰に呪われたのか。



「……なあ、ライオット。オレが誰に呪いをかけられたのかは、ライオットも知らないのか?」

「うに……それはライオットにもわからないことだに。イスキアも何も言ってなかったから、たぶん大精霊たちも知らないによ」

「そっか……フラムベルクさんやフレイヤさんも何も言ってなかったしなぁ……」



 ライオットは、ジュードの親のことを知っていると言っていた。この珍妙な顔の精霊に親のことを聞けばもしかしたら、とは思ったのだが、ライオットも呪いをかけた犯人のことを知らないのなら、聞いたところでそこに情報があるかどうか。聞かないよりも聞いた方がいいのだろうが、今のジュードにはどうしてもそこに踏み込めない壁のようなものがあった。



「(いつまでも見て見ぬフリはできない。けど……どうしたらいいんだ)」



 グラムやちびをはじめ、ウィルやマナと兄妹のように育ってきたため普段は深く気にすることはなかったが、自分の出生のことを思えば真っ先に“親に捨てられた”という事実が刃物のように胸に突き刺さった。


 左腕の袖を捲れば、そこにはいつもと変わらず金色の腕輪がある。捨ててしまえるくらい愛されていなかったのなら、どうしてこんなものを持たせたのかと苛立ちさえ湧いてくるほど。


 向き合わなければいけない。そうは思うのに、どうしてもライオットにそれを聞くことができなかった。



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