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結局どっちなの


 次々にあふれる涙がようやく止まった頃、ジュードはこれまでのことを全てジェントに打ち明けた。


 自分の特異体質――だと思っていたこと、魔物や動物の声が聞こえるのが自分の身体に流れる血が理由であること、義父(グラム)に拾われるまでの記憶が何ひとつないこと。


 ジュードは何かと面倒な性格の持ち主で、弱音をあまり吐けない男である。

 それなのに、ジェントの前だと不思議なほどにスラスラと色々な言葉が出てきた。自分よりもずっと強い相手だからか、それとも彼が纏う不思議な雰囲気のせいか。この人なら自分を否定しない、おかしな目で見ることをしないという安心感がそうさせたのかもしれない。


 案の定、ジェントは話の腰を折るようなことはしなかった。ただ隣に座ったまま、ジュードの語る話にジッと耳を傾けていた。



『ウィルもマナも、小さい頃に魔物に家族を殺されたから、きっとオレがちびと仲良くしてるの最初は嫌だっただろうなって。ウィルとは当時メチャクチャな喧嘩にもなったし……』

『……』

『魔物の声が聞こえることも、ずっと誰にも言えなかったんです。ただでさえこの体質……だと思ってたものがあるのに、なんかオレだけみんなとは違う生き物のような気がして。水の国では何も覚えてないのに、オレが吸血鬼を倒したり魔族を退けたって言われるし……』



 水の国で起きたことは全て交信(アクセス)によるものだったのだろうが、当時はひどく不気味なものだった。まるで自分の知らない自分がいるようで。言いようのない恐怖を覚えたのは、未だ記憶に真新しい。


 これまで、誰にも言えずに胸のうちに抱え込んでいたものを吐き出してから、今更ながらバツが悪くなったらしく、片手で己の後頭部をガシガシと軽く掻き乱した。こんな愚痴をこぼすなんて、いくら何でも甘えすぎかもしれない――そう思うと今度は涙の代わりに冷や汗が出てくる。


 しかし、ジュードが何かを言うよりも先に、改めてジェントの手がその頭をポンと撫でた。


 そうして何を思ったのか、次の瞬間には不意にジェントが身に纏う赤の羽織りを脱ぎ始めた。その下に着込む和の上衣の前さえ寛げる様は、ひどく目に毒だ。ただでさえ女性と見紛うほどの見目の良さを持っているのに、見てはいけないものを見ているようで――



『……え?』



 見てはいけないと思っているのに、そう思えば思うほど目を逸らすのは難しくて。ついうっかり見てしまった胸元に予想とは異なるものが見えた。男には本来ないはずの――胸元の膨らみが。


 直視するには憚られる箇所ながら、そこから目が離せなかった。暫し瞬きも忘れて見入った後、慌てて顔を上げてジェントを見遣ると、当のジェント本人はジュードのその反応が大層愉快だったらしく、軽く天を仰いで笑い始める。後ろにひっくり返ってしまいそうなほど。



『ちょ、ッえ……!? ジェントさんって、女の人なんですか!?』

『――』

『あ、あれ……?』



 思わぬ状況にただでさえ頭の回転が悪いジュードの思考は、パニック寸前だった。しかし、次にジェントが自らの胸元に手を添えると、そこにあったはずの膨らみは瞬く間に消え去り、ぺたりと男性の胸になってしまった。


 まるで手品でも見ているような気分に陥りながら、再びその胸元と彼とを交互に見遣る。その様は、性別を入れ替えたようにしか見えなかった。とてもではないが普通じゃない。


 なんで、どうして、どういうこと。

 言葉にしてそう問いかけたかったものの、上手く言葉にさえならない。すると、ジェントは困ったように笑いながらゆるりと力なく頭を横に振った。



『……もしかして、ジェントさんにも理由がわからない……とか?』



 その様子は、お手上げとでも言いたげだった。もしやと思って問いかけると、その首が縦に振られる。

 だが、早々にジュードを軽く指し示してきたかと思いきや、すぐにその指で自分を指す。目を細めて薄らと笑う様を見ると、わざわざ文字にされずとも何を言いたいのかは理解できた気がした。


 “みんなと違う生き物かもしれないと思うのは自分もそうだ、だから気に病むな”と。


 恐らく、ジュードを元気づけるためにその秘密を明かしてくれたのだろう。そう思うと何とも形容し難い感覚に陥った。


 ――その時、ふと吹き抜けの天井から光が射し込んできた。現実世界のジュードの身体の意識が浮上しようとしているのだ。それを理解して、ジュードは慌ててジェントに改めて問いかけた。これは、これだけは確認しておきたい。



『あ、あのジェントさんは……その、どっちなんですか!?』



 男なのか、女なのか、それとも本人にも自分の性別がどちらであるかわからないのか。入り乱れる思考のままそう問いかけたが、当のジェントはふっと悪戯でも企むように笑うだけ。立てた人差し指を「静かに」とでも言うように口唇前に添えて笑う様は、ひどく妖美だった。



 * * *



「――!」



 咄嗟に伸ばした手は、薄暗い寝室の中で虚空を切る。焦点の定まらない視界には高い天井がぼやけて映った。近くの窓からは耳に心地いい鳥のさえずりが聞こえてくる。


 眩暈はまだ多少なりとも残っているようだったが、天地がひっくり返りそうな強烈なものではなかった。


 暫しそのままの状態で固まった後、ゆっくりと寝台の上に身を起こす。枕元ではライオットが眠っていて、白い腹が呼吸に合わせて上下に揺れる。隣の寝台ではウィルが小さな寝息を立てていた。


 ジュードが起きたことに気付いたちびは、嬉しそうに舌を出して前足を寝台の上に乗せてくる。そんな相棒の頭を挨拶がてら撫でてやりながら、ジュードは軽く俯いた。



「(……結局、どっちなんだよ。ジェントさん……)」



 明確な答えは得られなかった。ジュードにしてみればわりと重要なことだったのに。

 だってそうだろう、昨夜ウィルに「他に好きな人でもできたのか?」と聞かれた時、ふと頭に浮かんだのは他の誰でもないジェントのことだったのだから。


 恐ろしいほどに強くて、全然敵わなくて、憧れに近い師匠のような人。

 憧憬(しょうけい)が行き過ぎているだけだ、いくら何でもそういった感情を抱くのはおかしいだろう。昨夜そう否定したばかりなのに、こんなデカすぎる謎を残されてしまったら――


 昨夜とは違う熱が込み上げてくるのを、ジュードは唇を噛み締めることでやり過ごした。それくらいしかできなかった。



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