神器《じんぎ》
メンフィスと共に謁見の間にやってきたジュードは、難しい顔で黙り込む女王を緊張した面持ちで見つめる。魔族がこの都を襲撃してきた理由は、簡単にでもメンフィスの口から伝えられているはずだ。
アメリアは、この火の国エンプレスの女王。国を守るために何をすべきかは既にわかっているだろう。けれど、これまでよくしてくれた彼女に「出ていけ」と言われるのはつらいものである。
「――ジュード」
「……はい」
そんなことを考えていると、当のアメリアが顔を上げた。彼女なりの考えや言葉が纏まったらしく、その顔には今度は真剣な表情が滲む。つい今し方想像した言葉に備えて、ジュードは脇に下ろした手で固く拳を握った。
「そなたたちの同行者にヴェリアからの来訪者がいると聞いた。これまで同様、魔族に有用な武具は造れぬのだろうか?」
「え? あ……水の国でちょうどその話をしてたんです、パールやムーンストーンなら光属性と相性がいいはずだって、ウィルが……」
「ふむ。メンフィス、そういった鉱石はすぐに調達できそうか?」
「はっ、パールならば港街で調達できましょう。数の問題はあるやもしれませんが……すぐに確認させます」
パールなら、ジュードたちがこの王都ガルディオンに戻ってくる道中でもいくつか購入したものがある。このパールに光の魔法を込めれば、無詠唱で光魔法を放てる上に光属性の武器が完成するはずだ。それは魔族と戦う際に大きな力になってくれる。
しかし、ジュードは腑に落ちない様子でアメリアとメンフィスのやり取りを見守っていた。アメリアはそんな彼の複雑そうな表情に気付くと、目を弓なりに細めて笑う。
「ジュード、もしやそなた……私がそなたを追い出すと思っていたのか?」
「いや、あの……はい。オレがこの国に留まれば、魔族はまたきっと――」
「一国の王としてはそうすべきなのかもしれぬが、魔族が現れたということは既に我が国だけではなく世界的な問題だ。知らぬ顔をすれば自分たちは安泰などとは思わぬ。それに、大恩のあるそなたたちを追い出すなど、私にはできぬのでな。よければこれからも力を貸してほしい」
国と民の安全を思えば、きっと追い出される。ジュードだけでなく、恐らくウィルたちだってそう思っているはずだ。
それなのに、この女王が出した答えは“追放”ではなく“協力”だった。その言葉と答えにどれほどの感銘を受けたか。安堵と驚きと喜びが複雑に混ざり合って、上手く言葉にならなかった。その代わりに深く頭を下げる。
ライオットはそんなジュードの肩に乗ったまま、マスターたる彼と女王とを何度か交互に見つめる。次に、アメリアの視線は見慣れぬその白い生き物に向けられた。
「……それで、その者は精霊とか?」
「そうだに、今の人間たちはちゃんと思いやりにあふれてるにね。ライオットちょっと感動し――うにょにょにょッ!?」
「おま、ッ女王様になんて口の利き方を……!」
「ごごごごめんなさいにいいいぃ!!」
ライオットがジュードの肩の上で満足そうにうんうんと頷いていると、そのジュードに思い切り鷲掴みにされた。半ば青ざめながら小声で咎めるジュードに、涙目で短い手足をバタつかせるライオット。その光景を目の当たりにして、アメリアは愉快そうに高笑いを挙げた。
「ははははッ、構わぬよジュード。精霊は我々に様々な恩恵をもたらす偉大な存在と聞く、むしろこちらが敬わねばならぬな。大変失礼した」
「べ、別にそういうことは気にしなくていいに。ライオットたち精霊と人間は友も同然だに」
「それは……実に光栄なことだ。そなたたち精霊は、魔族が動き出したから姿を見せてくれたと聞いたが、魔族と戦うための智慧を我々に授けてくれると考えてもいいのだろうか?」
ジュードが真っ白なその身を解放すると、ライオットは再び彼の肩の上に戻り今度は短い手をもじもじと身体の前で擦り合わせ始めた。
「それはもちろんだに、……けど魔族はとんでもない強さと力を持ってるから、“神器”っていう特別な武器が必要になると思うに」
「ジンギ?」
「神器は、対魔族用に造られた六つの特別な武器だに。強力な力を秘めてる上に、魔族が持つ様々な能力を封じ込める効果があるによ。……けど、神器は使い手を選ぶから誰でも扱えるわけじゃないんだに」
それは今までに聞いたことのない話だ。ウィルでも知っているかどうか。それほど強力なものが六つもあるのなら魔族なんて――と思う反面、それほどの力が必要なほど魔族は危険なのだとも思ってしまう。ライオットとアメリアのやり取りを聞いて、ジュードは何となく自分の手の平を見つめた。
昨日の襲撃の際に起きたことは、全てこのアメリアの耳に入れてある。ライオットから聞いた――真偽の定かではない話も含めて。ジュード本人にだって信じられないことだが、ライオットの話の通りならシヴァとの間に起きたあの現象も納得できるのだ。
「(交信、か……精霊と一体化して、その力の恩恵を受ける……)」
シヴァと一体化したあの時、自分の身体ではないみたいに異様に軽かった。イヴリースというあの魔族の女だってかなりのものだったはずなのに、こちらが圧倒できてしまうほど。もしも自分にそんなとんでもない力があって、魔族と真っ向から戦えるのであれば――
「(その神器の使い手が現れるまで、この力でみんなを守りたい。オレを追い出さないで、この国にいさせてくれる女王様のためにも……)」
本来なら追放されたっておかしくはないのに、それでもアメリアはそうしなかった。そんな彼女の信頼に応えるためにも、もっと強くなりたい。自分と仲間と、この国を守れるくらいに。そのために何をすればいいのか、具体的な案はすぐには浮かんでこなかったが。