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ハシビロコウ

「ええええええ。いつの間に! っていうかこいつは」

「……あっ、この特徴的な顔は!」

「えーと。この鳥は有名なやつですよね。名前は、確か」

 怪鳥と視線を合わせた後に、3人はそいつの名をつぶやいていた。


「ハシビロコウ」


 そう、絶滅危惧種にも指定されている巨大なクチバシが特徴の大型鳥類。ゆったりとした動きが珍しく、動かない鳥としてもよく知られている『ソレ』が何故かそこにいた。

 しかも巨岩の上にいることから、少し分かりづらいが通常のハシビロコウと比べればかなり巨大な種だ。なにやら狂暴化した亜種のようにも見えるが正体は不明だった。


「クエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 突如として、怪鳥ハシビロコウ(以下、ハシビロ)は巨岩の上で絶叫した。

 そして、それとはミスマッチな非常にゆっくりとした動きで、左右に巨大な羽をのばした。もしや、こちらまで羽ばたいてくるつもりなのだろうか。

 しかし、予想は完全に外れた。


「クオエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」


 ズババババババアアアーーン、という風を切るような音に乗せて、鋭い閃光が走ったように見えた刹那。

「うっ。ぐああうっ!」

 キタムラの横にいたヤギシマの腹部に何らかの物体が命中し、彼女はその場から軽く吹っ飛んでいった。

「メイぃっ!」

「メイさぁあああああんっ!」

 キタムラとリプニーの叫びが、洞窟全体にこだまする。

「ちくしょう」

 キタムラは小さく吐き捨てると、リプニーとともに負傷したヤギシマのもとに駆けつけようとする。


 ————ズババババーン!


「うぉあ」

「わおあああです!」

 そんな彼らの足もとにめがけて、再びハシビロは何かを発射した。

 リプニーはうまく回避したものの、完璧なかたちで避けきれなかったキタムラはバランスを崩した。

「あぐ」

 彼の懐から、校閲用ハンドブックがこぼれ落ちる。

 ハシビロはどうやらヤシの実のような堅い実を投石機のように高速で吐き出しているらしかった。

 そして、この攻撃は割と威力があるらしく、高速で吐き出されたヤシが石壁にヒビを入れるところをキタムラは確かに見た。

「く、このままじゃまずいぞ」

 ただ、ハシビロは先ほどの場所から全く動いていない。

 機動性は低いようだ。

「クゥェエ」

 ハシビロが小さく喉を鳴らす。

 どうやら、魔物の弾丸連続放出は弾数に限りがあるらしく、その先制はいったん止まっている。

 いまが最初で最後のチャンスかもしれない。

「大丈夫か! メイ」

 その隙に、キタムラは大事な校閲ハンドブックを拾いあげ、リプニーとともにヤギシマのもとに駆け寄る。

「……一応は、魔法書を服に入れてたおかげで死なずに持ちこたえたけど、かなりダメージが大きい。早く回復しないと。いたた」

 複雑な笑みを浮かべてヤギシマは、自分の身を守った魔法書を懐から取り出す。

「そうだな。もう、つべこべ言ってる暇はないぜ。たぶん」

「ですね。このままじゃ、全滅してしまいます。さいわいにも敵は充電中。メイさん、使用する魔法の選択をお願いしますなのですよ!」

「……りょーかい」

 ダメージで激痛の走る腹部を押さえて、なんとか立ち上がったヤギシマは魔法書を広げると細い指先でパラパラと該当ページをめくり、自分たちの前に魔法のモニターを映し出した。

 そして。

「回復魔法」

「御意に。じゃあ、さっそく翻訳をさせていただきます!」

 リプニーは魔法書が拡大映写されたモニター画面をまじまじと見つめる。そして、「ふーむ」と納得したように頷くと、手にした翻訳用の羽ペンを振るっていく。

 緻密な筆先が魔法書の不明瞭な言語を、現代風に翻訳して書き出していく。それは、またもや一瞬で終わったように見えた。

「じゃあ、校閲お願いしますです!」

「ああ」

 キタムラは自分の面前スクリーンに現れた翻訳言語に含まれる誤字脱字と内容の誤りを素早く校閲用の赤ペンで校閲・訂正していく。


「『おおかみと八ひきのこやぎ』を書いたのはフェリクス・ホフアンです。彼はもともと絵本作家ではなく、赤飯画とステンドグラスでスイスを代表する著名な芸術家でどちらかといえば壁画を得意としていたそうですよ? グーテン・モルゲン!」(今日の回復魔法・校閲前)

 

「なんだこれ。まぁ、いいか。えーと。『おおかみと八ひきのこやぎ』っていうのはまず変だよな。確か七匹だったような……。あとは、とりあえず赤飯画は石版画に直す必要ありか。こちらのほうが俺としてはしっくりくる。ついでに『フェリクス・ホフアン』だ。人名では『ホフマン』のほうが正しい気がするぜ。メイ、一応は校閲済んだものをモニターに反映したから詠唱してみてくれないか」

「了解!」

「えーと。『おおかみと七ひきのこやぎ』を書いたのはフェリクス・ホフマンです。彼はもともと絵本作家ではなく、石版画とステンドグラスでスイスを代表する著名な芸術家でどちらかといえば壁画を得意としていたそうですよ? グーテン・モルゲン! ……いけるかな? えいっ!」

 魔法の詠唱を終えた時点で、水色の淡い光の環がヤギシマの全身を包み込んだ。

 蓄積されていたダメージが、まるで嘘のように一気に抜けていく。

「ふぅああああ。復活だ!」

 回復魔法は成功したらしい。

「よかった!」

「ですね!」

 各々がほっと一息を着いたのも、つかの間。


「クエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」


 再びハシビロが奇声を上げて両翼を広げ始めている。攻撃の合図だ。

「くるぞ!」

「メイさん。早く魔法の選択をぉっ!」

 キタムラとリプニーから切迫した声が飛ぶ。

「ちょ、待って、ああ、はい了解!」

 ヤギシマは素早く書のページをめくり、ふさわしい魔法を見つけ出す。

「あ、じゃあ。これいこう! 反射魔法リフレクション

 モニターに魔法言語が新たに映し出される。

 当然、解読できるのはリプニー一人だ。

「御意に。じゃあ、さっそく翻訳をさせていただきますですー」

 リプニーは魔法書が拡大映写されたモニター画面をまじまじと見つめる。そして、「よしっ!」と納得したように頷くと、手にした翻訳用の羽ペンを振るっていく。

 緻密な筆先が魔法書の不明瞭な言語を解読し、すぐに現代風に翻訳して書き出していく。この一連の作業はやはり一瞬で終わる。

 さすがは主軸翻訳だ。

「じゃあ、校閲お願いしますなのです」

「ああ」

 キタムラは自分の面前スクリーンに現れた翻訳言語に含まれる誤字脱字と内容の誤りを素早く校閲用の赤ペンで校閲・訂正していく。


「損得感情だけで、僕は貴方を犯人は使いしたと位置ずけることができますね。アインザムカイト!」(今日の反射魔法・校閲前)

 

「えーと。損得勘定のかんじょうは『感情』ではなくて『勘定』かな。間違えやすいけど。ついでに言うと、俺の持っている校閲ハンドブックでは『貴方』は文章統一のルールで、複数存在する使用できない言葉のひとつに当てはまっているから、ひらがなに直しておく。あと、位置づけるは『ずける』を『づける』に校閲。最後に、文脈上、あまりにも不自然な『犯人は使い』。これをどう考えてもしっくりくる『犯人扱い』に訂正して完了だっ! 校閲は済んだぜ。訂正したものをモニターに反映したから詠唱してみてくれ!」

「了解!」

「えーと。損得勘定だけで、僕はあなたを犯人扱いしたと位置づけることができますね。アインザムカイト!」

 ヤギシマの口から、素早く魔法言語の文字列(校閲済)が唱えられる。


(…………)


 しかし、何も起きる様子はない。

「あ、あれ!?」

 この事態に、ヤギシマは動揺した。

「ば、馬鹿な。自信はあるんだけど」

 キタムラも狼狽した声を出す。

「ま、まずいのですよ! 本当に全滅しちゃうのですよおおおお」

 リプニーの感極まった叫びが続く。

 相手の攻撃が迫る。

 魔法言語の解読を誤れば、もはや打つ手はない。


 ————ズババババババババアアアアアアアアアアアアアン!


 すさまじい勢いを伴って堅い果実が発射された。

 それらは次の瞬間には、パーティメンバーめがけて降り注いでいた。

「わわっ!」

 

 ————ダ、ダダ、ダダダ、ダダダダァアアアアアアアン!

 

 が、見えない壁に跳ね返されて、それらは術者へと舞い戻っていく。

「クエエエエエエ」

 ————バババババァアアアン!

 巨岩の上にいたハシビロは、自身が放ったヤシの実の降雨弾を一気に浴びるはめになった。

「グエエエエエェ」

 しかし、まだ絶命とまではいかない。

「クエェエエグ」

 ハシビロは巨岩からいきなり飛び降りると両翼を伸ばし、再び至近距離から狙撃の体勢に入った。

「く、今度は至近距離で撃ってきやがるつもりか!」

 キタムラは険しい表情で、即座に身構える。

 だが、そんな緊張の対峙も一瞬だった。


 ————ザシュン!

 

 鈍い刃の音がして。

「グエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

 ハシビロが突如として断末魔のような叫びをあげる。


 ———ザシュ、ザシュ、ザシュンッ!


 驚いたようにバサバサと巨大な翼をばたつかせているハシビロ。

「なっ!」

 そして、その状態のままドシャリ、とその場に崩れ落ちた。

 大量の羽毛が舞い散って。

 倒れた魔物。

 その向こうには、魔法剣士の装備一式に身を包んだ青年が立っていた。

 そして、彼の背からはローブを着たアホ毛の少女がひょっこりと顔をのぞかせていた。

「きみたち。見たところ、冒険者のようだが大丈夫か?」

「ボクちゃん氏の能力でこいつの魔法剣の威力を倍にして助けてやったのだよ。だから、感謝するならこいつじゃなくてボクちゃん氏にお願いね」

「…………」

 だが、この状況にヤギシマたちは言葉も出ずに目を丸くしていた。

 一体、彼らは何者なのだ、と。



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