ミラクルスタッフレベル99
◇■◇
だが、それもいまとなっては懐かしい思い出だといえる。
すでにニャラハン・ベッドソードを残した名も知らぬ仲間3人と、おまけにギルドマスターは死んだ。
ある者は仕掛けられた化け物のトラップに引っかかって。
また、ある者は野獣キングキラー・ウルフに食われて。
ある者は硫酸のたまった落とし穴に落ちて。
また、ある者は恐怖のあまり炎の呪文を放って失敗、炎上死した。過酷な異世界だ。翻訳や校閲なしなら当然の結末なのかもしれない。
ここまでは、奇しくも生き残ることができたニャラハン。
だが、彼は、もはや自分の生命の終りを確信していた。
命の蝋燭に燈った炎がまもなく消えるのを。
いま、ゆとり魔法剣士の自分に魔法を用いた剣技などは一切使用できない。唯一可能なのは闇雲にギルドマスターからもらった剣を振ることくらいだろう。
仕方ない……か。
やれるだけやって終わってやる。
無様な僕はこれでも、精いっぱい生きた。
わが人生に悔いなし。
そうなれば、もはや捨て鉢だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
青年は腰の鞘から、ギルドマスターから貰った鋼の剣を抜くと襲い掛かってくる魔獣たちを、まさしく鬼の形相で闇雲に斬り捨てていった。
そして後ろも見ず走った。
斬った。
走った。
斬った。
走った。
斬った。
とりあえず適当に叫んだ。
泣いた。
もう限界。
田舎に帰りたい。
コタツに入ってみかんを食べたい。
あの生活に戻りたい。
故郷の農村がなつかしい。
「ウ……ああああ」
そうして最深部までたどり着いた時、ついに青年の息は切れ、彼は情けない表情で鼻水をたらしていた。
剣は、大量の魔獣を斬り捨てたせいか刃こぼれしてボロボロになっている。
そう、やはりこれはパチモンだったのだ。
おまけに、高級兜と鎧にはヒビが入っていた。自称・魔法の盾はメッキが剥がれて中の木目が見えている。
「なんで僕は、あんなうさんくさいオッサンを信じちまったんだ。あああああ! ちくしょう! 死にたくねぇよおおお」
もう無理だ……。彼がその場にへたり込んで、無様に泣いていたときだった。
「立て! ハナタレ勇者よ」
突然、透き通った声がした。
青年がはっと目をやると、見たところ10歳ほどの美少女が腰に手をあてて、堂々とした様子で立っていた。
しかも、縞パン一枚で。
ありえない光景に、
「うわあああっ」
ニャラハンはもはや恐怖を通り越して、死を覚悟した悲鳴をあげる。
だが、少女はなんら動じずに続けた。
「よくぞ。難攻不落のこの洞窟で、レアアイテムのボクちゃん氏を見つけられたな。くそカスの雑魚以下のゴミながら、褒めてやろう」
その声には威厳すら感じられるが。
「いや、まず誰だよ。おまえ。罵倒するか褒めるかは、せめてはっきりしろよ」
ニャラハンはすかさず突っ込んでいた。
すると、少女はえっへんと胸(程よい具合に長い髪で隠れているからOK)を張って言った。
「伝説の魔法杖・レベル99のミラクルスタッフだよ」
「いや、嘘つくなよ」
「嘘じゃないから」
「いや、嘘だろ」
「本当だ。ミラクルスタッフはレベル99になったら擬人化するのだ」
「まじかよ」
「ああ」
「って、信じられるか!」
「…………ぐす」
「いや、泣くなよ! こっちが泣きたいわい」
にしても、美しい少女だ。黒曜石のような色の長い髪(つむじに巨大なアホ毛つき)に、やや吊り気味で意志の強さを感じさせる双眸は琥珀色に輝いている。加えて、桃色の唇、純白の肌という容姿の彼女は身震いするほどの魅力を辺りに放っていた。
おまけに何故か縞パン一枚。
この危険極まりない、極限洞窟で。
明らかに普通ではない。
こいつは一体、なんなんだ……。
だが、ここは危険度マックスの洞窟。
考える暇さえ、ニャラハンには与えてくれそうになかった。
というのも。
「グルルルルィウウユ!」
トラ、いや恐ろしい魔物が現われたのだ。
いつの間にやら、少女と青年の前には、その恐ろしい魔物『キングキラー・ニャンコ』がキバを向いて唸り声をあげていた。
腹を空かせているのは間違いない。
恐らく二人ともここで死ぬ運命にあるのだろう。アーメン。
おまけにここの魔物は全て食欲旺盛で骨でも残れば幸運なほうだ。人骨がいたるところに散乱しているが、これらに関しては、実は強運なほうなのである。あああああ、アーメン。
「く、くそ。これまでか」
思わず、青ざめるニャラハン。
一方、縞パン娘は。
「キングキラー・ニャンコのレベル31か。この程度ならボクちゃん氏のファイヤーボール、一発でおわるな。よゆー、よゆー」
「ヘッ……」
「いや、だから一発で蹴散らせるっつったのさ、この雑魚を」
「いや、なに言ってんのキミ。恐怖で頭おかしくなったのか? っていうか、元から頭がおかしいのか! 一人称もなんか変だし。真面目にやれ、動くな、しゃべるな! 下手に魔物を刺激すると死ぬぞ!」
少女のあまりに常軌を逸した発言に、ニャラハンは動揺を隠せない。
すると少女は突然、手のひらを魔物に向けた。
そしてなんの抑揚もない声で言った。
「ファイア。ミディアムレアなのです」
次の瞬間、凄まじい爆炎がロリっ娘の手のひらから発射された。
バアアアアアーンという炎上音。
「えええええええええええええええ、嘘だ」
ニャラハンの目が丸くなり、口が大きく開かれる頃には、魔物はこんがりと焼けていた。
「ほらねっ? 逝ったでしょ? どう、ボクちゃん氏のこと信じる気になったー?」
「…………」
言葉を無くしたまま青年はこく、こくと頷いた。
「勇者よ。おまえの名をとりあえず聞いておこう?」
「ニャラハン・ベッドソードだ。年齢は18歳。新米の冒険者とでもいっておこうか。はは」
「ふむ。ではボクちゃん氏からも、もう一度だけ自己紹介してやる。伝説の魔法杖・ミラクルスタッフレベル99だ。年齢は大樹だった時も含めると507歳だ。ミラと呼んでくれ」
「にわかに信じがたいぞ、おい」
「信じるか信じないかは未来の勇者次第だな。さて。とりあえずは、脱出しようではないか。ここから」
「脱出……もいいけど、先に服を着ろよキミ。目のやりどころに困るぞ!」
ニャラハンは登山用のリュックからローブ(俗にいう着る毛布)をあわてて取り出すと、少女に手渡した。
「お、ありがとう。紳士」
少女は素直にローブを受け取ると、それを装備した。
意外と大きめのサイズだったが、なんとか着られたようだ。
「よし、で、脱出についてだが」
少女が再び途切れていた話題を切り出した。
「とりあえず、ボクちゃん氏は異常なほどの方向音痴だ。それに、ここには四天王どもによって魔法結界が張られていて一人では歩けない仕組みになっていてな。だから、出口までは、おまえがボクちゃん氏をおぶってくれると助かる。名も知らぬ勇者」
「分かった。どのみち死んでた運命だ。こうなったら、胡散臭いキミの提案に賭けてやる」
「うむ。じゃあ、頼む。厄介だろうが」
ニャラハンの背に少女は回ると、肩に手をやって細い身体をすり寄せた。
「さぁ、おんぶしてくれ未来の勇者」
「あっうわぁっ」
青年は顔を赤く染める。
というのも、少女の身体は柔らかく、なんだか、いい匂いがしたのだ。
で、とりあえず、背負ってみる。
ミラは意外と軽かった。
「なんだ? いまの声、おまえ変態勇者なのか?」
「いや、到って生真面目な新米冒険者だ」
「そうか。じゃあ行け、勇者よ。レッツゴー」
「わーったよ。ただ、魔物が出たらどうするんだ?」
「大丈夫。ボクちゃん氏が殴るから」
「頼むぞ。ミラとやら」
「御託はいいから、はやく行けよ若ハゲ。遅いぞ」
……と言うわけで、ニャラハンはこの少女を背負って走るのだった。
まだ見ぬ洞窟の出口に向けて。