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泣き落とし

「主軸翻訳だと!? まさか、嘘だろ」

 それを聞いてキタムラの表情までもが変わった。

 主軸というのは、その魔法文学校で最強クラスの能力を持つ人材にのみ与えられる特殊な称号である。ちなみに、平均して三千人の翻訳科生がいる魔法文学校だと想定した場合。主軸の称号を与えられる翻訳科生は大きく見積もってもその全学生のうち一割にも満たない。実際にはさらにその上の称号も存在しているとは聞くが、それらの生徒に関してはもはやその存在自体が疑問視されつつあり、半ば都市伝説化しているほどである。

 キタムラ自身も主軸翻訳にはこれまで会ったことがなく、自身も単なるヒラ階級の校閲である。

 と、そんな中。

 ふたたび羊皮紙を折りたたむと、服の内側へと戻した主軸翻訳の美少女。

 彼女はするりとした、自然な身のこなしで素早くヤギシマのかたわらにすり寄ってきたではないか。

「実は、以前ここの案内所で色々トラブルを起こしたことがあって、運悪くもいまだ無所属翻訳なのです。よかったら、わたし。リプニー・ワグナーと言う素晴らしい名前なのですけど、メイさんのパーティに翻訳として混ぜていただけませんか? お願いです。頼むなのです。ここらで契約を決めておかないと、奨学金も底をついて、その日暮らしの生活になっちゃうのです」

 この異国風少女、リプニーからの突然のパーティ申請に、さすがのヤギシマも戸惑いを隠せない。


「そ、そんなこと急に言われたって。ボクにだって断る権利が……。それに、まだこれだけある求人を殆ど見てすらいないのに。それ以降なら全然、考えてあげても構わないけれど」


「うんうん。確かに」

 ヤギシマの言葉に、キタムラはすぐ同意して頷いた。

 だが、リプニーは間髪入れずに、

「……えーとじゃあ。論破してあげるなのです。まず、ここにある求人は正直なところ見る価値はないかと思うのです。その理由は話せば長くなるのですが、まず、翻訳のクオリティというところから行きますと、少なくともわたしが一瞥した限りでは主軸翻訳クラスからの求人は出ていませんでした。次に出身校なのですけど、偏見にもなりますが大半が私立の魔法文学校卒です。国公立の出身者のほうが優秀な傾向がありますが、わたしはそれにも当てはまーるなのです。次に年齢についてもいってみます。その年齢についてなのですけど、これに関しては若いほうがいいのです。おまけに大英サンジェルマン帝国出身の秀才美少女ときたら、もう雇うしかないのです。さて、長くなるからこのへんにしておきますね。なんだかすごく嫌味な自慢みたくなっちゃうから、わたし自身がつらくなってきたのです」

 そう迫ってきた。

「見た目は可憐で清楚でめちゃくちゃかわいいのに、意外と自意識過剰でうざいキャラだな。きみ」

 リプニーの押し売り文句を聞いたキタムラは思わず本音をつぶやく。

「な、なんかトラブルになるのもわかる気がするよ。こりゃ残念系キャラだよ。この子は見た目と中身のギャップがありすぎる」

 ヤギシマも納得していた。

 2人の発言にリプニーは、苦笑して栗毛な頭をカリカリとかくと。

「まぁ、欠点は自覚しているのです」

「へぇ、じゃあ言ってみてくれ。念のために」

 キタムラからの皮肉な質問に彼女は悠然と答えた。

「……わたしが完璧すぎるから。そこなのですよね。まわりからの恨みを買いやすくてつらいのです。神様はいぢわるなのです。出る杭は打たれるのです。わたしって、本当に優秀だから……ううう、つらいです。わたしだって美少女に生まれたくて美少女になったわけではありません。ご理解ください」

「ボクもう殴りたいです」

 ヤギシマは無意識にこぶしを握りしめていた。

「あ、抑えて、抑えて。また乱闘パターンよ。このままだと」

 が、すぐさまキタムラが制止。

 自信家で鈍感そうなリプニーには一応、悟られないまま事なきを得る。

「で、どうするんだ、メイちゃん? さすがにこいつは地雷キャラみたいだから他の求人にあたるか、やっぱり?」

 さりげないキタムラの問いかけにヤギシマは頷いた。

「さすがに、ここまで風変りな子の面倒をボクは見きれませんよ」

「じゃあ、ノーってことでいいか? わざわざ地雷を踏んで爆死する必要もないし賢明な判断だぜ」

「オーケーです。やんわりと断りをお願いします。……ただし、ユツキくんのほうから」

「え、俺かよ。俺が断るのもなんか変だろ。それに恨まれたら面倒くさそうだしな」

「お願いします! 命令」

「わ、わかったよぉ」

 リプニーが周りの雑音に一瞬だけ気を取られてヤギシマとの距離が空いた時。

 小声でそんな打ち合わせが双方間、素早く行われた。

 そして結局。


「なぁ、悪いけどさ、リプニー・ワグナー。きみを俺たちのパーティには加えられそうにもないんだよな。あいにく自分たちだけで手一杯でさ」


 少し居心地の悪そうな表情でキタムラは、再び2人のそばに近づくリプニーにその旨を告げた。

 彼女は一瞬たじろいだ後、とても悲しそうな表情になって。

「え、え。なんでですか。わたし完璧なのに? そんなはずは……理解不能」

「いや、その。使いにくいというか、なんというか。その。適材には思えないんだ」

「え、え、え。どこ、どこがなのです? やっぱり可愛すぎるから、嫉妬ですか?」

「うーむ。いや、見た目への嫉妬とかじゃない。みたところの性格……かな」

「う、嘘。そんなのウソです。そんなのウソです。だってわたしたち初対面だし。それにわたし、性格も含めて完璧……なのに……そんな、ひどい。ひどい。ひどいですよぉぅ」

 少女は突如として、一筋の涙をつーっと流した。いや、さすがに想定外だ。

 彼女の涙は最初の一筋をきっかけとして、次々に溢れてくる。

 しまいには、その場で力が抜けたようにぺたんと膝からへたりこんでしまった。

 彼女なりにショックをうけ憔悴しているようだ。やがて、へたりこんでいた少女の背中がゆらゆら揺れ始める。

 何だか嫌な予感。

「こ、こんなはずじゃあ、なかったです。う、う、うあああああああああああ」

 次に少女が放ったのは、まるで施設そのものを揺るがすような、やたらキンキンとした耳触りの悪い泣き声、というか悲鳴だった。

「う、うあああああああああああああああああああああああああん」

 部屋全体に共鳴したそれは、案内所に集まっていた人々の鼓膜をいまにも破らんばかりに駆け抜ける。

「ま、待て。落ち着け!」

「落ち着いて。ね、ね、悪かったよボクが!」

 この緊急事態にキタムラたちが慌てるのも無理はない。

「うわああああああああああああああああああああああああああん」

 リプニーが解き放った恐ろしいまでの絶叫に、周りの利用者たちからも、ざわざわという困惑の声が聞こえてきていた。というか、たぶん怒っている人もいる。

 たとえば。

「一体何事だ、貴様らうるさいぞ! 恥ずかしくないのか!」

 とか。

「静かにしろ、不届きもの。耳がおかしくなる。う、ああ」

 とか。

「子供を泣かすんじゃねえっ! こんなところでっ!」

 とか。

「意外と女の子たちはかわいいな。そう考えれば、いい声だ」

 とか。まぁ、これはどうでもよいが。

 こういったお叱りの言葉と軽蔑、そして一部の好奇なまなざしが周りの人々から注がれてくるのはたまらない。

 気がつけば、3人を取り囲むかたちで周囲にギャラリーまで形成されはじめている始末だ。

 このままでは到底ここにはいられないだろう。

 最悪、つまみ出される可能性すらある。

 そんな時。

 ヤギシマはとうとう覚悟をきめた。

「仕方ないなぁ。頼むから泣き止んでよ。きみ、契約書にはすぐに署名できそう?」

 折れた彼女はしぶしぶといった様子で相変わらず、ぐずり続けているリプニーの肩に手をかけた。

 途端に、あれだけ大きかった絶叫は、「ひっく。うう……」という小さなすすり泣きに変わり、リプニーはまだあどけない童顔を上げた。

「ふぅむ」

 ヤギシマの機転で、最悪の状況だけはなんとか回避されたらしい。

「ほう、メイさんも意外と優しいな。けど、それをいいことにあんまり調子にはのりすぎるなよ?」

 だが、キタムラのほうからも一応、リプニーにクギを刺しておく。いくら優秀で美少女で異国人でも、この自信家がパーティ加入となればやっかいな存在になるはずだ。

「その、それはつまり?」

 リプニーの一見、純粋無垢な泉色の瞳にはまだ涙が溜まって潤んでいる。

 さすがのヤギシマも、美少女の泣きつきには弱ったらしい。

 彼女は「仕方ないな」と苦笑しつつも、優しい口調で切り出す。

「ボクのパーティに入るには契約書に2人分のサインが必要でしょ? つまりはそういうこと。もし、本気でボクのために翻訳をがんばってくれるっていうのだったら、きみの性格には目をつむるよ。まぁ、とりあえずは、きみに任せてみてもいいかなって感じで考え始めている。だから他の求人は見ないつもり。そのかわり、これ以上、泣くのはダメだからね!」

 ヤギシマのみせた寛容な対応で、リプニーの表情はぱっと明るくなった。

「あ、ありがとうございますなのです。メイさんのために一生懸命がんばりますなのですよ、わたし!」

「ほぅ。じゃあ、ボクの気が変わらないうちにさっさと、契約書を取りに行くよ? ついでに署名のほうも済ませよう」

「あ、いえ。わたしが行く必要はありませんですよ」

「え?」

「だって、すでにメイさん用の契約書には署名しておいたのです。はじめからメイさんのパーティならば絶対加入できると踏んで声をかけたのですからー」

 リプニーはそう言って、にこにこと笑うとあらかじめサイン記入の済んだ契約書をヤギシマに見せた。

「気が早すぎるから! きみ」

「相当な自信家……だ」

「だね……。ほんと大丈夫かな、ボクのゆとりパーティは……」

「……やばいかもな」

「うぐっ」

 リプニーのこの自信過剰ぶりに、キタムラとヤギシマはそろって嘆息するしかなかった。


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