最終魔法
沈黙。
それから。
「「や、や、やった! 止まったあああああっ!」」
キタムラとリプニーがこれ以上ないほどの歓喜の叫びを上げていた。
「「「「おめでとう〜っ」」」
それと同時に、この恐るべき事態を固唾をのんで見守っていたらしい要塞本体の人々からも拍手喝采がはじけるかのごとく飛んできた。
おまけに、要塞に仕込まれていたらしい大量のラッパからは祝福の音色が降り注いでいる。
それは、世界魔法政府も認めざる得ないヤギシマメイの『昇格劇』といえるものだった。
ただし、事態はまだ完全な意味では終わりではない。
そう、この時の一行はニャラハン・ベッドソードの存在を忘れていた。
「フォロー……ありがとうな。けれど、僕も手柄なしには帰れないのさ。キミたちへのせめてもの礼として痛みなく一瞬で終わらせてあげよう」
彼は気が付けば、例の魔法剣で再び斬りかからんとばかりに背後から、キタムラに接近して構えていた。
「ユツキくん! 後ろ!」
ヤギシマがキタムラにそれを伝えると同時、彼は間一髪でニャラハン・ベッドソードの非道な一撃をかわした。
「…………」
やや、沈黙があって。キタムラは苦い顔で言葉をつむぐ。
「……ほんと、おまえって野郎は……つくづく腐ってやがる。おまえはまだつまらねえ破壊思想を捨てきれないのかよ。それによっておまえは自分で自分の首をしめていることがわかんないのかよ!」
すると、ニャラハンはにやりと微笑し、
「いや、僕はもうそんな思想なんてものは知らん。いまの僕はただただ、おまえらをつぶしたい。それだけで動いているのだよ」
「やっぱり、狂ってるぜ、おまえ……、ついでに腐っているな」
「ありがとう」
ニャラハンが再び剣を天にかざした。
おそらく全神経を集中させた冷酷な攻撃呪文を作り出そうとしているのだろう。
もはや、手加減など望めようはずもない。
加えて、体力の消耗が著しいうえに、グリモワの存在を欠いた一行には強力な攻撃呪文に耐えられるほどの余力はない。
圧倒的ピンチ。
絶体絶命の状況には何ら変わりないのである。
キタムラは素早く戦闘態勢に入った。
ハンドブックのページが風を切るようにめくられる音がした。
そして、リプニーは手早く翻訳準備をはじめていた。
どちらが早いか、それだけで全て決まってしまう。
荒野では、早撃ちで勝負が決するように……。
現実は時に残酷だ。
否。
現実は時に非情なまでに公平だ。
「……いざ魔法書を使役せん」
ヤギシマはそう言うと最後の力で魔法書を前方にかざした。
すると、グリモワを除く3人の面前に、瞬時に巨大スクリーンのような魔法書のページが投影された。
「最終魔法」
ゆとり魔法使いの問いかけに反応して、パラパラと一瞬にしてページが切り替わる。
「翻訳をさせていただきますです」
リプニーは画面をまじまじと見つめる。そして、「ふむ」と納得したように頷くと、手にした翻訳用の羽ペンを振るっていく。
「もしかしたら、わたしの翻訳もこれで最後かもしれませんね。……ありがとう。みんなに出会えてよかったよ」
緻密な筆先が魔法書の不明瞭な言語を、現代風に翻訳して書き出していく。それは一瞬で終わったようにすら見えた。
「いつになく素早い校閲を頼みますです……」
そう言い終えた時、リプニーのハンドブックの上に冷たい滴が落ちた。
「あいよ」
キタムラは自分の面前スクリーンに現れた翻訳言語に含まれる誤字脱字と内容の誤りを素早く校閲用の赤ペンで校閲・訂正していく。
手慣れた技術の応用に、殆ど時間は掛からなかった。
「完璧だ! 読み上げ頼んだぜっ。俺はもうここで死んでも悔いはない。最後は、この身ごとメイに任せるだけだ」
「了解です! そしてありがとう。信頼する仲間たち!」
キタムラの言葉をうけたヤギシマは青年が校閲したばかりの「魔法言語」をモニターごしに早口で読み上げた。
「……今、言霊に託す。今は亡き汝の魂を解放せよ。詩を紡ごう。ゼーレ・ベフライウング!」
ヤギシマが魔法詠唱を終えた際には、どこからともなく不気味な雷雲が出現していた。
それらは瞬時にキタムラたちの存在を感知。雷雲が膨らんでいく。
そして、芸術的な雷光がババババババババ、バチとはじけ、一行に襲いかかる。
ニャラハンの渾身の攻撃呪文のほうもまた、スピードを増しているようだ。
間に合わないのか。
それとも。
「ドンナー・シュラーク! 終わりだ。……死ね!」
————ザシュクッ!
これと同時に剣は青年を貫いた。
そう、ニャラハンが呪文を叫んだ刹那、独りでに彼の手から飛び出した『剣』は上空を舞い、持ち主の青年を鮮やかに貫いたのだ。
「……な、ど、どうして。ミラ……おまえぇ……、ぐふぁ」
一行に届く寸前のところで雷光は嘘のように消えうせた。
いま剣の先端は高級装備に覆われたニャラハンの身体をいとも容易く貫通して地に刺さっている。
「ニャラハン……っ!」
急所的中。
3人、そしてミラの改心を込めた一撃が命中したのをキタムラが見届ける時、すでに青年は虫の息だった。
「代償が必要だったってことか……よ。この、僕としたことが……嘘だろ」
レベル99のミラクルスタッフはその威力こそ凄まじいものの、いずれは相応の代償というものが必要となる。彼の場合はあまりにも容量を超えた力を使いすぎたために……命によって対価を支払う必要があったというわけだ。
これを代償なしに扱えるのはごく一部の限られた異能者だけである。
そして、対価支払までの期限をヤギシマたちの時間魔法は究極的に早め、今ここに最強クラスの一閃をもたらしていた。
「でも、嘘……だろう? まさにこのタイミング……で。そんな、そん……な」
この言葉を最後にニャラハン・ベッドソードは息絶えた。
命という最大の対価を支払うはめになり、もはや光のなくなった彼の瞳にはただ驚愕のみが浮かんでいた。
「……そいつらしいといえば、そいつらしい最期だな。いい意味で見事だよ。剣は後でちゃんと抜いてやるの」
いつの間にやら、その場にむっくりと起き上ったグリモワがどこか切ない顔でいま亡き敵に賛辞を贈る。
彼女の放った象徴的な言葉は、やがて都市に吹き付ける冷たい風に乗り、平地に流れていった。
「ボクちゃん氏は見誤ったよ。ニャラハン・ベッドソード。残念ながら、おまえは勇者とは程遠かったみたいだな。ただ、楽しかったよ……、相棒」
どこからともなく、ミラのそんな悲しげな声が聞こえたような気がする。
そしてそれはキタムラだけに聞こえたのではなく、ヤギシマ、リプニー、グリモワも確かに耳にしていた。
やがて、立ち上がって服の埃を払うと、4人は要塞へと続く大通りに向けてついに歩み出す。
「……ついに、だね」
誰ともなしにそんな言葉が漏れた。
「行くんだ。栄光の先へ」
もはや間近に迫った、ヤギシマの『昇格』クエストの完了。
そして彼女の脱ゆとりという悲願達成に向けて。




