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再会の魔法剣士


 ◇◇◆


 政府の要塞都市はあたかも城下町といった様相を呈しており、そこでは確かに多くの人々がいたって普通の生活を営んでいるようだった。

 要塞の怪しげな外観とは対照的に、行きかう人々の表情は明るく、おまけに通常の街と同じように商店や書店、喫茶、ギルドなどが店舗を構えているあたり、むしろ平和なのかもしれない。

 一方で、呑気に買い物をする都市住民たちに交じって時折、魔法使いや政府の関係者と思われる人々が通りの奥に、そそくさとした様子で消えて行った。どうやらそこが要塞本体へと繋がる通路の役割を担っているのだろう。

「さて。あとほんの少しで昇級クエスト完了。ボクも脱ゆとりってわけか」

 機械仕掛けの要塞をふと、見上げながらヤギシマは感慨深げに言った。

「そうだな」

 キタムラは柔らかな口調でこれに応えた。

 だが、この時ばかりは、青年の声に少しだけいつもと違うトーンも含まれていた。

 そう、ヤギシマが3級魔法使いに昇格すれば当然ながら、このパーティは解散となる。

 それはそれで運命で。

 避けられない宿命でもあった。

 もはや、ゆとり魔法使いではなくなったヤギシマに対しては、キタムラやリプニーが校閲や翻訳として補助をする理由などなくなる。

 それどころか、3級以上で校閲や翻訳がサポートをするということは極めて異端かつ上級魔法使いにとっては恥とも呼べる事態であり、同時に純粋な実力上昇の妨げともなり得る行為だ。こればかりは残念だがどうしようもない。

 魔法使いというものはいつか必ず自立せねばならない。

 むしろ、それは魔法文学校を卒業して、翻訳や校閲となった者たちにとってはこの上なく喜ばしいことのはず……。

 なのに、どうして自分の中にはそのような真逆の感情が湧いてきているのだろう……。

 キタムラが葛藤の中で小さく奥歯を噛みしめていた時。

「やあ、久しぶりだな」

 大通りからは、どこかで聞いた覚えのある声が響いていた。

 と、そこにはいつかの魔法剣士らしき青年の姿があるではないか。

「むっ」

 しかし、キタムラたちにはそれが放浪のニャラハン・ベッドソードだということがすぐには認識できなかった。

 というのも、彼の装備一式が以前とは比べものにならないほど高価な代物に変わっていたからだ。

 おまけに一見して上級騎士とわかるような、気高く磨きぬかれたオーラをニャラハンはいつの間にか醸し出していた。

 一方で、あの時まで一緒にいたはずのミラの姿はそこになく。

 どこかおかしな気はした……、が一応の返事はしておく。

「……ニャラハンか? 久しぶりだな」

「きみ、本当にニャラハンなのですか!? 奇遇なのです」

「装備を見るに、ずいぶんと出世したみたいだね。ところでミラはどうしたの?」

 グリモワを除いた3人が、彼との再会にそれぞれ驚きの声を上げる中で。

「……むっ。こいつ」

 魔道兵器の少女が、何やら男の放つ不穏な気配を感じ取って眉根を寄せていた。

「ん、ああ。ミラのことか。あれなら擬人化を解いて錬成の素材として利用させてもらったよ。上等な素材だったな。いまの彼女はこの通りだ。見てやってくれ」

 ニャラハンはすっ、と自分の腰の鞘から一本の剣を引き抜いて自慢げに掲げた。

 霧の下においても琥珀色に映えるそれは、まるでミラの瞳の色をそのまま剣に反映させたかのような妖しげな輝きを放っている。

「彼女は本当に素晴らしい錬成の素材になったよ。おかげでどんな敵でもこの剣ひとつで簡単に討伐することができる。実に心地いいね」

「な、相棒を武器錬成の素材に使ったのかよ!?」

「どうして!?」

「ひどいですよっ!」

 キタムラ、ヤギシマ、リプニーは信じられないといった声をあげたが、ニャラハンは全くこれを意に介することはなく。

 それどころか。

「もともと、僕は装備に関しては金や素材に糸目をつけない。錬成は剣の能力を引き出すうえでは必須の作業。そのために彼女を犠牲にしたというまでさ。というかむしろ、うるさい相棒がいなくなって清々しているのかもしれない。……まぁ、彼女のほうこそ美しい剣になれて本望だろう。ところで」

 ニャラハンは口元に冷やかな微笑を浮かべて剣を鞘に納めると、グリモワのほうに目をやった。

「その娘は、もしや『魔法食い』ではなかろうね?」

「……えっ!? どうしてそれを」

 刹那に3人の背筋を走りぬけた戦慄。

 キタムラは男から現在進行形で、ぞっとするような殺気を感じている。

 旅の初期にニャラハンを臨時パーティに加えた時にも実は似たような印象(現在に比べればそれは比較的抑えられていたのかもしれない)をキタムラは彼から感じていた。

 だが、あの時にはあえて口に出すことをしなかった。

 それが、いまになってなおさら。

 まさかこいつ。

 いやでも、そんなはずは。

「……やはりな。そいつ。反政府軍に雇われているプレイヤーキラー。最後の最後にやっかいなのが現れた。いくら高貴な振る舞いで隠そうとしてもグリにはお見通しなの」

 グリモワは呆れたように苦笑する。

「でも、プレイヤーキラーならどうしてここに!?」

 このヤギシマからの質問にグリモワは。

「……簡単だ。おそらく冒険者のふりをして、ポアンの喫茶でクエスト受注でもしてきたんだろう。本来ならプレイヤーキラーを異世界クエスト係員が見抜けないなんてことはありえないんだけれどね。やはり係員もただの人間。時にイレギュラーな存在がうまく冒険者に偽装して紛れ込むこともある。しかしな……。こればかりは、プレイヤーキラーをちゃんと見抜いて対処できなかったあのドジっ娘めがねの責任だよ」

 このように即答した。

「……臨時パーティだったとはいえ、ニャラハンがプレイヤーキラーだなんて信じられん。しかも校閲として最後の仕事はポアンのミスのフォローかよ。生きて戻れたらあの娘にはおわびの魔道式サイフォンコーヒーを作らせて説教してやりたいくらいだ。だがなぁ、どうせなら嘘だと言ってくれよ。ニャラハン」

 事態を全て理解したキタムラはふっと溜息をつくと、そんな苦言を吐くに至る。

「そんな! あのニャラハンが反政府軍のプレイヤーキラーだなんて……。ボクは未だに信じられない。どうして!?」

 ヤギシマの悲痛な叫び。

 それを聞いた青年はあえて取り繕う。

「いやだなぁ。僕はプレイヤーキラーなどではない。きみたち、信じてくれたまえよ。人聞きが悪いぜ」

 しかし、それは所詮無駄な足掻きだった。

「ふむ、じゃあ世界魔法政府が発行している冒険契約書でも見せてもらおうか。原本でなくとも写しくらいは誰しもが持っている品だろう? 反政府側のプレイヤーキラーでもない限りはな」

 次にグリモワが言い放った問いかけ。

 それは冷静沈着なグリモワらしく、彼の盲点をつく類のものだった。

 さすがに言い逃れは難しいだろう。

「……く。あれはギルドに忘れたんだよ」

「……ほうむ、ギルドか? ポアンの喫茶店でクエストを受注したにもかかわらずかね?」

 狼狽する男に、グリモワは淡々とした様子で追い打ちをかける。

 かなり手慣れたものだ。

「そ、それは。だが、冒険契約書の写しは間違いなく持っているぞ。僕は」

「……ほう、それじゃあ、信じてあげるよ。でも、ひっかかってボロが出ちゃったな。第一ね。そんな契約書なんて存在していない。写しも同様なの。なのにどうして存在もしていないはずの写しをきみだけは持っているんだろね? ニャラハンくん」

「う……、貴様。僕をはめたな」

 あきらめが悪いニャラハンはなんとか足掻きを続けようとしたが、契約書についての真相をつかれてはさすがにぐうの音も出ない。

 そう、グリモワの言うとおり本来、冒険契約書などという代物は世界魔法政府側にも存在しておらず、これは反政府側の人間でもない限りは知っている常識だ。

「……やれやれ仕方ないな」

 彼はしばらくうつむいていたが、やがて。

「……もはやこれ以上の欺きは不要のようだな。本当ならもう少し、距離を詰めてあんたらを討ち、魔道兵器を奪いたいところだったんだけど。残念だ。それにしてもよく見抜いたもんだ。確かにグリモワ、貴様の言うように僕は反政府側に雇われたプレイヤーキラーだよ。だけれど今まであんたらを襲ってきたような雇われ身の連中なんぞと一緒にしてもらっては困る。僕は反政府勢力の主張に共感しているから、プレイヤーキラーになったまでだ。そこに至るまでには、崇高な思想、そして苦悩がある。あんたらにはあんたらの考えがあるように、僕には僕でそこに至るまでの美学があったのだよ。分かるかね?」

「……ほう、よかったら聴かせてくれよ。その美学とやらを」

 グリモワにしては珍しく意味ありげな口調でプレイヤーキラーに尋ねる。

 と、これに乗る形でニャラハンは悠々と言葉を紡いだ。

「魔道兵器グリモワ。貴様の存在はやがて世界魔法政府が新たに始めようとしている第3次世界魔法大戦の引き金をひく役割を果たすだろう。貴様と、やがて量産されるだろう貴様の仲間たちの特殊能力で多くの者は死ぬ。僕の中ではそんなことは決して許されない。世界に平和があるのはその裏で、努力している人間たちがいるからだ。いまの僕が所属している反政府勢力の人間たちはまさしくそれだよ。世界が戦争になって得をするのは、いまの腐敗した政府連中とやつらの周りで甘い蜜を吸う馬鹿どもだけだ。そんなやつらは絶対に許さん。そしてそれに協賛する連中も僕は排除してやるつもりだよ。自分の考えに従ってな」

 グリモワは腕を組んで、へぇーと頷く。

 どうやら魔道兵器(擬人化)にニャラハンの思想はあまり響いていない様子。

 それどころか、真逆の作用であろう。

 今度はグリモワが無感動な瞳でニャラハンに言い放つ。

「……まさか、おまえは反政府勢力が台頭すれば、戦争がなくなるとでも思っているのかね。それだとしたら非常に馬鹿でやっかいなやつだよ。反政府のやつらが台頭したところで、また名称が違うだけの似通った政府が創られて、この世界をこれまた似たような形で、これについてまぁやつらは全くの別物だと言い張るだろうが、統治をするだけだ。有史以来、戦争なんてなくなることはない。それくらいは史書を読むまでもなく分かること。平和なんぞ一部の連中が唱えているまやかしの呪文みたいなものだ。……二度目の否定で悪いけれど戦争がなくなることはないよ。それどころか今の反政府連中が実権を握った後に創るかもしれないインチキなハリボテ政府では、信者たちの熱狂や勢いを重視するがあまり現政府の政策すらろくに越えられないまま崩壊を迎えるのではないかと予想する。悪いけれど、反政府の連中に政治のノウハウがあるとはとうてい思えない。いや、むしろ戦争に至るまでのスパンが逆に縮まるだけだとグリは思うんだがな。まぁ、考えるのも、ばっかみたいな話だね。ふぁああ、眠たいよ。バカヤロン」

 グリモワは言い終えると同時に、口に手をあてて大きく欠伸をした。

 反政府側の崇拝者と真面目に話し合うのが、非常に馬鹿馬鹿しいといった感じが如実に態度に出ていた。これはこれで非常に危険な状況だ。

 もろに挑発行為である。

 で、予想通り。

「もはや話す意味はなさそうだ」

 ニャラハンは一度は鞘に納めていた剣を再び抜いていた。

「お互いに理解しあうのは相当、難しそうだな。きみたちはきみたちの思想のままで構わないよ。……どうせ、ここですぐゲームオーバーになるのだからな」

 彼は腐りきったものを見るような胡乱な目でグリモワを睨み付けた。

 そして、上空に向けて琥珀色の剣を掲げた。

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