機械仕掛けの巨大要塞
◆■◇
「要塞前に到着いたしましたよ」
魔道式馬車の御者は静かにそう告げた。
「ありがとう。いい眠りだった」
「やっと、着いたのですね」
荷物をおろし、御者に安い運賃を渡すと魔道式馬車は鞭の音で再び走り出し、やがて遠ざかって完全にみえなくなった。
下車した後に、4人は再び牧歌的な光景を歩きだす。
だが、周囲が牧歌的に見えたのも途中までだった。
突如として、歩みを進める一行の周囲に不気味な黒い霧が漂いはじめたのだ。
そして。
「ん、なんだこの霧」
「……あれが件の要塞だよ」
最初、そこには何も見えなかった。
しかし、少しずつ目を凝らしていくと確かにドーム型の巨大な建造物が姿を見せているではないか。
「あ、あれがポアンが言ってた政府要塞ってやつか!?」
「す、すごい」
「ですねー。政府も趣味が悪いものを造っていやがるのです。なんだか行くのが少し怖いような気もしますよ」
ソレを目にして、3人はごくりと息をのむ。
「……ふふ。東のエデンにまもなく到着なり」
グリモワは相変わらずマイペースに言い放った。
建造物としては異様で、かつ独特の雰囲気を持った機械仕掛けの巨大要塞。
霧に包まれた要塞には政府軍の旗が大量にひらめき、その外壁にはこれまた巨大な歯車が幾重にも絡んでギリシャリ、ギリシャリと渋い音を立てている。
この機械仕掛けの巨大要塞は、二重構造の鉄門に隔てられて、そこに至るまでの田園風景を押しつぶすかのような威圧感を放ちながら蜃気楼の中に鎮座している。
だが、それこそまるで呪われたオランダ人号の幽霊船のようにいつの間に4人の視界に現れたのかすら定かではない。
むしろ、ヤギシマたち一行はそれの発する違和感にのまれすぎたがあまり、自分たちがどこかおぼろげな共通の白昼夢を見ているような錯覚すら覚えていた。
さて、グリモワの話によると門の内側には要塞を中心とした都市がこれまた存在しており、そこには普通に生活している人々もいるのだとか。
……動く城を題材にした小説は街の書店などでもよく見かけるのだが、時に真実は小説より奇なのだといえる。
「けれど、あんな巨大な建物。さっきまでは絶対にあそこにはなかったような。あれれ、でも気のせいなのかな。ほんとにいつの間に出てきたんだ、あれ……」
機械仕掛けの巨大要塞に目をやったヤギシマはそう言って、狐につままれたような表情で首を傾げる。
するとグリモワは、彼女の傍らで青い髪を揺らしながら得意気に説明し始めた。
「……ふふ。確かにこれなら、絶対に一般人はたどり着けないはずだよ。だって見つけられないんだもん。普通なら……ね」
「え。……どういう意味?」
グリモワを除く3人の頭には、まさしく疑問符が浮かんでいる状態だ。
だが、魔道兵器(擬人化)は意に介さない様子で飄々と言葉を紡ぎ続ける。
「……えーとね。実はミストっていう特殊な『幻影魔法装置』が要塞全体を覆う歯車に組み込まれているんだよ。これのおかげで、政府公認の異世界クエスト係員の案内を受けた者たちにしかここは発見できない仕組みになっている。つまり、悪意を持ってやってきた一般的なプレイヤーキラーや反政府組織メンバーは永久にたどり着けない仕組みってわけ。どうだ、すごいだろ?」
「なるほどね」
「……む。グリがせっかく説明してやったのに反応が薄いぞ、メイ。さては、ちゃんと理解していないな、おまえ! 勉強しなおせ!」
「さてさて」
グリモワに図星を突かれた『ゆとり』なヤギシマは、そんな魔道兵器からの怒声を生返事でふわりとかわすと再びそれに向かって歩き出した。
一方で、キタムラとリプニーはふぅむと溜息をつきながら、いつもと変わらぬ平和なやりとりを眺めている。
しかし一行は、ここにきて安堵と同時に少しばかりの不安も感じ始めていた。
「ではいざ行かん」
「……うむ」
「なんか変な緊張感があるよな」
まもなくメンバーは要塞の入り口へとたどり着き、ギ、ギ、ギギギィィッ、と自動で開いた巨大な鉄門をくぐって内部へと入っていく。




