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幻覚大樹

 ◆◆□

 

「…………」

 戻ってきた場所はやはり、見覚えがある広場。ついでに目印の付いた大樹。

 それが、あざ笑うかのようにこちらを見据えている。

 果てしなく長い森の中を一周して、プレイヤーキラーの残党を殲滅したあげくに昨夜と変わらぬ地点に戻ってきてしまったようだ。

 これは、まずいな。

 そう思っていると。

「……森の魔物の術にはまったみたいなの」

 このグリモワの言葉に、リプニーは。

「どういうことですか? グリモワ殿」

「……ん、こういうこと」

 ふと、グリモワが真下を指差す。

 それから足もとに目をやると一行の靴にはいつの間にか、植物のつるのようなものがぎっしりと絡みついていた。

「……幻覚大樹。一度でも靴に種子を入れちゃうと、種子から放たれる強烈な催眠エキスであたかも移動しているかのような錯覚を覚えることがある。そして、最終的には体力を吸い取られて、本体のいる場所に招かれて食われるんだ。やっかいなやつだ」

 存在を察知されると、それを見越したように、幻覚大樹の種子は殻からうごめくつるを次々に伸ばしている。

 うねうねと芽を増殖させるそれは、あたかも俊敏な生物のようだ。

 そして、すさまじい早さで絡み、次第に締め付ける力を強めていく。

 いまとなっては、もはや動くことすらできないありさま。

 余力は温存しておきたいところだが、致し方あるまい。

 今度はヤギシマがぼそっとつぶやく。

「……いざ魔法書を使役せん」

 そして、彼女は魔法書を前方にかざす。

 すると、グリモワを除いた3人の面前に、瞬時に巨大スクリーンのような魔法書のページが投影された。

「ボクにも見せ場は必要。……斬撃魔法でいきます」

 ゆとり魔法使いの問いかけに反応して、パラパラと一瞬にしてページが切り替わる。

「翻訳をさせていただきますです」

 リプニーは画面をまじまじと見つめる。そして、「ふむふむ」と納得したように頷くと、手にした翻訳用の羽ペンを振るっていく。

 緻密な筆先が魔法書の不明瞭な言語を、現代風に翻訳して書き出していく。それは一瞬で終わったようにすら見えた。

「素早い校閲を!」

「あいよ」

 キタムラは自分の面前スクリーンに現れた翻訳言語に含まれる誤字脱字と内容の誤りを素早く校閲用の赤ペンで校閲・訂正していく。

 手慣れた技術の応用に、殆ど時間は掛からなかった。

「完成だ! 読み上げ頼むぜ!」

「了解!」

 キタムラの言葉をうけたヤギシマは青年が校閲したばかりの「魔法言語」をモニターごしに早口で読み上げた。


「奇術師のそれのごとく、若き短刀は支えなしに天空を舞い敵を討つであろう。……ヴァイスリッター、テイク2」


 序盤の斬撃魔法のリメイクといったところである。

 ヤギシマが魔法詠唱を終えると、どこからともなく短刀が出現していた。

 それらは瞬時に森に潜む魔物の本体を感知。

 同時に、芸術的な一閃が宙を舞う。


「オオオオオオオオオーン!」


 ——殆ど音という音もなく、幻覚大樹の本体だったとみえる巨木は二つに身体を分かたれて崩れ落ち、その場から消滅。

 そして、一行がその樹に巻いていた赤いテープと、古めかしい人骨一式だけが放出されてその場に残った。

「……へえ。まさか、昨夜の目印を巻いていた大樹が本体だったとはね。はてさて、最初から気が付いてたのかな?」

 グリモワがふ、と微笑して問うた。

 すると、ヤギシマは即座に答えた。

「いえ。ただ、ユツキくんが森で拾ったウィル・ホーカーの小説の一文でピンときたんですよ。ボクが昨晩、目印を付けておいた木は、もしかするとこの森で最も大きな木だったんじゃないかとね。そして、それがまさか擬態した化け物の親玉だったなんて……、いま考えると冷や汗ものですよ」

「……ふ、なかなか面白い連携だな」

 グリモワはそう言うと、キタムラが校閲していた、あの小説の一文を脳裏で微かに思い出す。


『夜空の下、私が森でウォッカを手にして、たき火に当たっていると、背後で唐揚げを食していたフレンチメイドが悲鳴をあげた。そうである。広場にあったうち最も大きな木がバイオリンのような奇声を発したのである』(ウィル・ホーカー著、永遠と刹那の森、より抜粋)



 そして、魔道兵器の擬人化娘は皆より一足先に歩き始める。

「でも、本当はあの木にテープを巻いた時、犠牲になった森の隠者の声が聞こえたんです。……なんてね」

 ヤギシマは微笑を浮かべて小さくつぶやく。

 いつの間にか彼らの足もとのつる、そして辺りを覆っていた不穏な薄闇は消え去り、明るい光が遠くに小さく見え始めていた。

 それは間違いなく、先へと通ずる出口。

 一同が懸命に探し求めたそれである。

 幻覚大樹の犠牲となった『隠者』が、ついに見ることが叶わなかった、未来へと至る輝きがそこにはあった。

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