大剣使い
「見つけたぞォ。魔法食い」
その男は兜の隙間から血に飢えたような低い声を響かせる。
そして、再び大剣を振り上げる。
「な、なんなのこいつ!」
ヤギシマが悲鳴に似た声を上げる。
「……この世界にその存在が4人確認されていることから『四天王』とよばれている放浪のプレイヤーキラー。そのうちのひとり、旅人を専門に襲う『大剣使い』だ。どうやら、グリを狙っているあたり反政府勢力に雇われたとみえる。どのみち、ここでは勝てない。それに、こいつ。動きこそ鈍いけど一撃必殺の殺人剣を持つことで有名。逃げたほうがいい。まぁ、逃げられたらの話なんだけどな」
グリモワは落ち着いた口調で言った。
だが、今はそんな段じゃない。
「魔法食い以外は死ねェ」
そんな言葉と同時に、男は大剣を振り下ろす。
瞬間。
「うぬ——翻訳完了なのです!」
「速攻!」
——リプニーとキタムラの精神を集中させた超高速作業。
「校閲完了。赤字は出した! 後は頼む!」
2人の見せた火事場での恐るべき集中力。
翻訳と校閲のスピード上昇。
その素早いパスを確かに受け取ったゆとり魔法使いヤギシマは澄み切った声で魔法を詠唱した。
「午前零時の魔道砲。破滅の訪れを告げん。……グリッツェン!」
——ドガ、ガガ、ガガアアーン!
魔道書から放たれたすさまじい閃光は大剣使いの甲冑をモロに貫通した後、消えた。
「ウオオオォ」
男はすさまじい勢いでテントの真向かいに吹き飛ばされた。
ガシャリ、と甲冑ごと崩れ落ちる音。
そして、再び訪れた闇。
「魔道砲がモロに貫通した。倒した」
ヤギシマがそんなセリフを吐いたのもつかの間。
「……オオオォン」
大剣使いは何事もなかったかのように立ち上がった。
「ありゃ」
これを見て、ヤギシマの顔は青ざめる。
どうやら、3人の魔法は完成を急ぎすぎたがあまり、翻訳や校閲に粗が混じり、威力が減少してしまったらしい。
おかげで、大剣使いに致命傷どころか大したダメージすらも与えられなかったのである。
「ふ、今度はこちらの番だなァ」
お返しとばかりに、大剣使いが自慢の武器を大地に向けて振りぬく。
これはまずい。
遠隔から放たれた鋭い斬撃が波動となってパーティに降り注ぐ。
——ザシュン。
「くっ!」
「ああああっ。ああああああああああああああああ!」
翻訳の少女は悲痛な叫び声をあげる。
ヤギシマとキタムラは咄嗟に回避したが、リプニーは遠隔から襲いくる斬撃波をうまく避け損ねていた。
ポタポタとリプニーの右肩から鮮血がしたたり落ちる。
そして、膝からがくりとその場に崩れた。
「大丈夫か!?」
「リプニー、血がっ!」
キタムラとヤギシマの2人は慌てて、血まみれの彼女に駆け寄る。
「や……っちゃいました」
リプニーはうるうるとした目でそんな2人を見つめて声を震わせた。
「おい、メイ、回復魔法を早くしてくれ! このままじゃこいつ」
キタムラは叫んだ。
そして、ヤギシマが首を横に振る前に気づいた。
それは無意味だということに。
そう、いまの状態ではとうてい回復魔法の使用などできない。翻訳がいなければ、ゆとりは魔法を使用できないのだ。
こうなれば、もはや頼みの綱は。
ヤギシマとキタムラの視線の先には、グリモワがいる……。
そう、能力は未知だが、可能性のある彼女にいまは頼むしかなかった。
しかし、彼女は。
「……グリは関係ないもん。知らん」
ぷいっと、そっぽを向いていた。
「お願い! 助けて!」
ヤギシマはすがるような気持ちで説得する。
「頼む! グリモワ! このままじゃ、大事な仲間が死んでしまう! 協力してくれ!」
キタムラも同様だった。
が、グリモワは相変わらず。
「……恩返しはもうしたもん。真実は打ち明けたし。それで十分なの」
「そんな。ひどい」
ヤギシマの目にはいつの間にか大粒の涙がたまっていた。
一方、リプニーはというと。
「……う、ううう。もうわたしはダメなのです。ここに置いて早く逃げ……てください」
うつろな表情で弱弱しくそんなことを言い始めた。キタムラは持参していた包帯で彼女の傷口をしばってやったがダメージが大きく出血は相変わらず続いているようだった。
ガシャ、ガシャ。
森の奥からゆっくりとした、それでいて重厚な足音が近づいてくる。
プレイヤーの命を狩る死神は、大剣を引きづりながら一歩、また一歩と距離を詰めてくる。




