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グリモワ、第3次世界魔法大戦について語る夜

◇◆◆


「まだ、かよ」

「……ですね。おかしいな」

 4人はそれからしばらく走り続けた。

 だが、未だに出口にたどり着く気配はない。

 おまけに途中からは自分たちが一体どれほどの距離を走ったのかすらも、はっきりと思い出せなくなっていた。

 にもかかわらず、それをあざ笑うかのように森は先へ先へと道を延ばし続ける。

 まるで一度迷い込んだら、永遠に出られない迷宮のように。

 一行は次第に走るスピードを落とし、やがてゆっくりと歩き出す。

 そして。

「…………俺はもう限界だ」

「わたしも疲れたのです」

 ついに、冒険メンバーたちは限界をむかえた。

「まぁ、半ばまでは来れた……はず。希望的観測だけど」

 ヤギシマも背に腹は代えられないと覚悟を決める。

「そろそろ休憩するとしようか」

「「異議なし」」

 これには他も同意だった。

 樹林が少し開けたスペースを見つけると彼女は合図を出してメンバーたちと休息をとることにした。

 日が傾くにつれて、木々の隙間から微かに漏れていた光はなくなり、だんだんと宵闇が迫ってくる。

 さすがにこれ以上の探索は不可能だろう。

 この森を通るのが要塞への最短ルートとはいっても、ここもたった一日で通過できるほど甘くはなかったようだ。

 それに、グリモワによれば別ルートを選んだ場合にはいまよりもさらに険しい難所を通る必要があったとのこと。

 ここは甘んじるべきだろう。

 仕方なく一行は荷物を下ろすと、簡易料理魔法でまきに火を起こして、キャンプを張り野宿の支度をする。

 ほどなく、これを済ませた4人は。

「いただきます」

「腹が減っては、戦もできないのですよ」

「そうだな」

「……グリのご飯。もっと大盛りがいい」

「やれやれ。じゃあ、俺が特盛でついでやるよ。お嬢さま」

 あれこれと歓談を挟みつつ、ゆらめく炎を囲んで質素な食事をとった。

 辺りを囲むようにして生い茂った樹木がじっとその様子を見つめる中、ふとした拍子にキタムラは自分の隣、茶碗を片手に白飯を頬張る少女。……そう、魔法食いのグリモワ。

 彼女に、彼自身がクエスト当初から疑問に思っていることを訊いた。

「ところで、グリモワ。おまえは辺境の職人が造った魔道兵器だったよな? 確か」

「……そうだ。何かグリに聞きたいことがありそうだな、おまえ? どうせなら、この場で言ってみろ」

「じゃあ、遠慮なく聞くよ。俺たちはおまえを世界魔法政府が運営している要塞に運んでほしいっていう依頼を受けて護衛している。だが、俺にはどこかしら引っかかるものがあってだな。それは今の時点ではうまく言い表せないのだが、単なる昇格試験のそれとしてはあまりにも巨大な闇がその裏で動いているような不自然さを感じているんだよ……。まぁ、上の政府連中のことまで疑い出したらきりはないのかもしれないが」

「……ほう、面白い陰謀論だな。で、具体的には何が気になるんだよ。キタムラ?」

 グリモワの真っ直ぐな視線を感じてキタムラは素直にそれを口にした。

「さて、政府はおまえを使っていったい何をしようと企んでいるんだろうな。まぁ、俺にはさほど関係のない話なのかもしれんが、護衛役を仰せつかっている以上はまったくの無関係というわけでもないだろう。知ってまずいことがなければぜひ教えてくれないかね。……おまえが知っている本当の事情というやつをさ」

 キタムラの発言を聞いたグリモワは、今までは見せなかったとても寂しそうな表情で一瞬だけ夜空を見つめる。

 やがて彼女は固く結んでいた唇を開いた。

「……ふ、第3次世界魔法大戦の準備のためさ」

 魔法食いの言い放ったセリフに、その場にいた3人の表情が凍りつく。

「なんだと!?」

「そ、そんな」

 それも無理はないだろう。

 世界魔法大戦(第1次、第2次)。

 これはその名称の通り、この世界に住む者たちの多くが教科書を通じて(もはや当時を知る存命者がいないため)忌まわしき教訓にしている過去最大規模の戦火をもたらした大戦のことである。

 この世界において、『魔法歴』が採用される以前まで行われていた科学と魔法の対立はやがて、世界全体(この場合は異世界も含まれる)を巻き込んだ大戦へと姿を変えていったのだが、この際に科学側を支持していた数多の異世界がその戦火によって滅ぼされ、いまの魔法政府の基盤が築かれた。

 それは皆が知るところだ。

 だが、この大戦については、もはや歴史教科書の中だけで伝承されていく過去の産物だというのが、現在世界に生きる魔法使いたちの共通認識となっているのもまた事実だった。

 そんな史実の中の悪夢ともいえる出来事がいま再び、第3次と名を変えて、現実になろうとしているというのか……?

 自分の耳を疑う3人を翻弄するかのように、グリモワは続ける。

「……それは本当だ。もっといえば、グリの生みの親である『リッフェルト辺境地』の魔道職人『リリ・グレシャム』に、わざわざグリをオーダーメイドで作らせたのも政府が、水面下で睨み合いが続いている反政府勢力とその支持に回った異世界地域連合との後の大戦に備えるためなのだよ。ちなみに職人グレシャムも、それを知ったうえでグリに魔力を吹き込んだのだから同罪だ。だから、当然のごとく、グリを政府のもとまで運搬することは困難だとの見込みがついている。これまでも、グリを運搬する際に反政府勢力からの襲撃を受けて多くの犠牲者が政府側から出ているからな。ここまで聞いたらもう、分かっていると思うがポアンが言っていた、代金うんぬんを政府側が節約するためっていうくだりは真っ赤な嘘だよ。だから、今回は連中からしても完全にノーマークの昇格クエストという形式をとったわけなのだ。で、同じくノーマークのおまえたちに真実を隠してグリを護衛させているっていうのが現在の状況。もしも、おまえたちが運搬に成功したら、政府としてはかなりの儲けものだろうな。なんたって、これはゆとり魔法使いの昇格試験クエストという名目だから、メイを4級から3級にワンランク昇格させるだけですべての片は付くし、後腐れもないからな。……だから、おまえたちがグリをあらかじめ擬人化させたのは良かったんじゃないのか? というのも、ポアンのところにいた時も、グリは元々の形状からはずいぶんと加工されてこそいたが、さすがに擬人化ほどのカモフラージュ効果は期待できないし、反政府の連中からしても話を喫茶で盗み聞きでもしていない限りは分からない。だいいち、ポアンのいる『旅の喫茶・ショーク』までグリが流れ着いて加工されているなんてことは、一見しては分からないように巧みに偽装されてきた。だから、よほどのことがない限りは分かりっこないのだがね。付け加えると、周囲と同化していたほうが逆に相手側からすると気が付きにくいものだ。味方が騙されているならば、なおさら敵も欺かれる。もっとも、グリはおまえたちに恩義を感じてないわけではない。だからこそ、こうやって、いま真実を話してるつもりなの。どちらにしろ、時がくればそれを打ち明ける必要性はあったし、政府がとったこの運搬方法も、トリッキーでこそあるもののグリとしては本当に正しいのかどうか疑いの余地がないわけではない。さて、ひとまずはそんなところだ。喉乾いたから、そろそろお茶飲ませろーっ」

 それからグリモワは、置いてあった紙コップの麦茶をくぴっと一気に飲み干して、ぷはーっと大きな息をついた。

「……い、いつの間にか、なんつー大変なことに巻き込まれていたんだ、俺たちは」

 全ての真相を知ったキタムラは明らかに動揺していた。

 だが、全く予想していなかったわけではなかった。グリモワをポアンから預かった時に彼自身、嫌な予感はしていたのだ。

「う、うそみたいなのです。信じたくないくらい嫌な話なのです。しかも、その渦中にわたしたちがいるなんて。うう」

 リプニーもなんとか声を絞り出したが、あまりに信じがたい話ですぐには飲み込めないようである。

「ふにゃむにゃ」

 だが、当のグリモワの瞳にはまったく曇りというものが見受けられない。

「………う」

 場を包む不穏な空気と沈黙。

 グリモワは全く気にもとめない様子でふぁあと伸びをした。

 魔道兵器の少女はあくまでマイペースである。

 ほどなく。

 ヤギシマがこの沈黙を破った。

「そうだね。確かに怖いよ。でも、どのみちボクたちは後には引けない。こうなったら命を懸けてクエストを果たすことしかできないんだ。逆に道筋がはっきりしたよ。逃げるのはありえない。グリモワのいうことが真実であろうとなかろうとボクの使命はそれだけです。きみたちはどう?」

 その言葉には彼女のメンバーに対する信頼が不器用ながらに表れているようだった。そう、もはや後戻りはできないのだ。

「……メイ、ありがとな。びびってたのが馬鹿みたいだ。俺もメイの言葉に同意。ついていくぜ!」

「わ、わたしもです! っていうか誰も裏切りたくありませんし。怖いのは怖いけどそれとこれとは別!」

 2人の発言を聞いたヤギシマは、ふっと嬉しそうな眼差しを彼らに向けた。

 そして、短く言った。

「ありがとう」と。

 さて、グリモワは、

「……どうやら話はまとまったみたいなのん」

 面前の炎へと、視線をむけて小さく微笑する。

 鍋の中のカレーは相変わらずグツグツという音を立てて煮え続けていた。


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