隠者の森
【第4章】
あれから、一体どれほど歩いたことだろう。
4人の面前には、鬱蒼と木々が生い茂った深い森が大きな口を開けて待ち構えている。
「まずは、ここを超えるのか」
「……そうだ」
「なんだか嫌な雰囲気なのです」
「だねー。ま、仕方ない」
そんな会話を交わしながら4人は曲がりくねった木々に覆われた入り口に足を踏み入れるのだった。
「ただでさえ怖いのに。魔物もいるのか……。うう」
ヤギシマがぽつりと漏らした。
森の内部では永遠に終わりのないような山道が微かな薄明のもとで先へ先へと延び続けているようだ。
————隠者の森。
はるか昔、新大陸よりやってきた、ある高名な宗教家が重大な禁忌を犯した後、自らを戒めるためにここに潜み、死ぬまで俗世と関わりを絶って暮らしていたという伝承からそう呼ばれている。
だが、いまでは森は魔物たちの棲家になっており、冒険者を除きよほどのことがない限りではここに近づく者はいないのだという。
「体力消耗覚悟で少し走ろう。なんだかんだで、ここは早いところ抜けるべきポイントであることに変わりはない」
ヤギシマの提案に、残りの3人は黙って頷いた。
そして、互いが視線を合わせると一斉に駆け出した。
「おや」
「さっそくかよ」
走り出してから大した時間もたたないうちに、右からは何やら獰猛な魔物たちの気配がする。
しかも、それらは次々に追ってくる。
そうこうするうちに。
「ちくしょう、もう囲まれた」
キタムラは吐き捨てる。
どうやら彼の言う通りのようだ。
気が付けば、闇の向こうで爛々と光る眼光が何対も見つめている。
「こ、これはまずいぜ。あああああ、どうしよう!」
「し、静かに。下手に大きな声を出せば相手を刺激します」
リプニーが口元に指を当てて注意した。
「じゃ、じゃあ、少し黙るわ」
闇と沈黙が交差した後。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
恐ろしい森の殺し屋たちの咆哮が響いた。
「……キングキラー・ウルフのレベル30が5匹だね。このままではやられる可能性50パーセント。一方で逃げ切れる可能性10パーセント。まぁ、普通に戦ったほうがいいと思う。頑張れば勝てない相手ではない」
グリモワがぼそっとつぶやいた。
「了解です。……いざ魔法書を使役せん」
ヤギシマはそう言うと持参していた魔法書を取り出して前方にかざした。
すると、グリモワを除いた3人の面前に、瞬時に巨大スクリーンのような魔法書のページが投影された。
「斬撃魔法」
ゆとり魔法使いの問いかけに反応して、パラパラと一瞬にしてページが切り替わる。
「翻訳をさせていただきますです」
リプニーは画面をまじまじと見つめる。そして、「ふむふむ」と納得したように頷くと、手にした翻訳用の羽ペンを振るっていく。
緻密な筆先が魔法書の不明瞭な言語を、現代風に翻訳して書き出していく。それは一瞬で終わったようにすら見えた。
「素早い校閲を!」
「あいよ」
キタムラは自分の面前スクリーンに現れた翻訳言語に含まれる誤字脱字と内容の誤りを素早く校閲用の赤ペンで校閲・訂正していく。
手慣れた技術の応用に、殆ど時間は掛からなかった。
「完成だ! 読み上げ頼むぜ!」
「了解!」
キタムラの言葉をうけたヤギシマは青年が校閲したばかりの「魔法言語」をモニターごしに早口で読み上げた。
「奇術師のそれのごとく、若き短刀は支えなしに天空を舞い敵を討つであろう。……ヴァイスリッター」
ヤギシマが魔法詠唱を終えると、どこからともなく短刀が出現していた。
それらは瞬時に闇に潜む魔物たちを感知。
同時に、芸術的な一閃が宙を舞う。
「「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」」
——殆ど音という音もなく狼のような魔獣たちは上下に身体を分かたれて崩れ落ち、その場から消滅していった。
「よし!」
「案外、大したことなかったな。数だけが多い雑魚だったわ……。おかげで無駄に警戒しちまったぜ」
「いや、そうではありません。ミラクルトンネルで、おそらくはわたしたちのレベルも上昇したせいですよ。翻訳や校閲のスピードも上がりましたですし魔法そのものの威力も増加したとみられます」
「……ふむ。とにもかくにも魔物たち5体の気配は消えた。一件落着なの」
グリモワの言うとおり闇の向こうからの追跡者の気配は、もはや一切感じられなくなっていた。
ヤギシマたちは安堵する。
「じゃあ、行きますか。まだ見ぬ果てに」
そしてまるで何事もなかったかのように、先へと駆けた。
この気味の悪い森を一刻も早く抜けるべく。




