擬人化魔法
◆◇◇
「にしても、アホみたいに重いなこれ。うぐぐぐ。いつか、本当に死ねるレベルのやつだわ。まじで」
ベーグルハムの街から、ほんの少しばかり離れた草原にて。
グリモワの鉄箱に固定された鎖を全体重で引きながら、キタムラは辛辣な顔でそう嘆いていた。
「まだまだー。がんばるのですーっ」
「ファイトー」
彼の周りからは、年ごろの少女たちの活発な声が響いている。
だが、彼女たちはキタムラを一切、手伝う気はないようだ。
「おまえらも少しは手伝わんかい!」
さすがに、温和なキタムラもブチンときそうだった。
だが、ゆとり感満点のヤギシマとKY(空気を読まない)なリプニーは。
「えー。だってボクたち、女の子だもん。ね、リプニー?」
「そうですよ! レディーファーストって言葉さえ、わたしの祖国にはあるのですから、力仕事はきみがメインで頑張りたまえです。ユツキくん!」
むしろ青年にゲキを飛ばしていた。
減っていく体力とは裏腹に、キタムラの怒りのボルテージだけは無駄に上がっていく。
……なんという悪循環であろうか。
さて、まだまだ序盤の『鎖引き』だが、さすがのキタムラも休憩なしではここまでが限界だった。
出だしこそ、好調だったもののさすがに休憩をとるべきだろう。いや、とろう。
そう決意した彼は。
「うぐ……、少し休ませろ」
引いていた鎖をそのまま草原に放って、そばにあった長椅子状の倒木の上に座り込んだ。
「えー。もうギブアップなのか? ユツキくん」
「女々しいやつなのです。仕方ない。わたしたちも、休憩しますか」
「了解」
ヤギシマとリプニーも、キタムラに倣って倒木を見つけると腰を下ろしてくつろいだ。
「気持ちいいですね」
心地よい風が吹きぬけていく中で、リプニーは目をぎゅっと細める。
ざわざわという草木が揺れる音がして。
バサバサ、と小鳥の群れが上空を駆け抜けてはどこかに飛んでいく。
再び、暖かな日差しが旅の3人の影を伸ばす頃。
「あっ! そうだ!」
不意にヤギシマがぽんっと手を打った。
どうやら、何かを思いついた様子。
「ん、どうかしたのかよ?」
キタムラが興味あり気に訊くが。
「あ、いやー。やっぱり、たいしたことじゃあないよ。あ、でもどうかな? へへ」
そんな生返事でお茶を濁そうとするヤギシマ。
すると今度はリプニーが、
「なにかいいことを思いついたみたいな表情してますけど、早く言ってくれないと逆に気になります。もしも、有益な情報ならば我々にも教えてくださいませんか?」
そう言って詰め寄っていた。
さて当初、ヤギシマは相変わらず得意そうな笑みを浮かべていたが、やがてゆったりとした口調で次のように言い放つ。
「実はグリモワを擬人化させたらどうかな、と思い付いてさ」
場を瞬時に静寂が包み込んでいく。
「あ、あれ。変なこと言ったかな?」
彼女の傍らで目が点になっているキタムラとリプニーは、どうやら驚きのあまり固まってしまったらしい。
「え、だってさー。箱を引くのが重いのなら、真逆の発想だよ。どうせなら本人に歩いてもらったほうが楽なんじゃないかなって思って。あれ、もう一度聞くけどボクおかしなこと言ってる?」
周りの予想外の反応にあわてるヤギシマ。
だが、それは彼女の早合点であった。
「おい、メイ」
キタムラはゆっくりと倒木から立ち上がると、ヤギシマに近づく。
「おまえってやつは」
そして、彼女の肩にすっと手を置いた。
「あわわっ、何!?」
わななくヤギシマを、青年は尊敬のまなざしで見つめる……、と。
「すごすぎる! その発想はなかった……。うむ」
「あ、ありがとう」
彼女の頬はみるみるうちに紅潮していく。
だが、キタムラは彼女の端正な顔をじーっと見つめ続けていた。
あまりに変態チックな視線なので、当然ながら。
「あんまり、まじまじと見ないでバカ!」
「いたたん」
青年はバシンと頬を平手打ちされてしまった。
ついでにヤギシマは恥ずかしさのあまり、即座に顔を手で覆ってしまう。
「まぁ、とにもかくにも。ナイスアイデアなのですよ。それに、普通の物体には擬人化の魔法は使用できませんが高い魔力を秘めたアイテムの中にはそれが可能なものも存在すると聞きます故、グリモワに試してみる価値はあるでしょうね」
リプニーが冷静に解説して、なんとかカオスな場を締めた。
————さて、魔法実験の始まりである。
「では、メイさん。さっそく擬人化の魔法をお願いしますです!」
最初に、リプニーの割と真面目な声が飛ぶ。
「了解。いざ魔法書を使役せん」
ヤギシマは、常に持参している魔法書を取り出して前方にかざす。
すると、またたくまに3人の面前には巨大スクリーンのように魔法書のページが投影され、大きく映し出された。
「擬人化魔法」
ゆとり魔法使いの問いかけに反応して、パラパラと一瞬にして魔法書のページが切り替わる。
「じゃあ、さっそく翻訳をさせていただきますですー」
リプニーは画面をまじまじと見つめる。そして、「ふむふむ」と納得したように頷くと、手にした翻訳用の羽ペンを振るっていく。
緻密な筆先が魔法書の不明瞭な言語を、現代風に翻訳して書き出していく。それは一瞬で終わったようにすら見えた。
「じゃあ、校閲お願いしますなのです」
「ああ」
キタムラは自分の面前スクリーンに現れた翻訳言語に含まれる誤字脱字と内容の誤りを素早く校閲用の赤ペンで校閲・訂正していき、正確な魔法文章を完成させた。
続いてキタムラの言葉をうけたヤギシマは青年が校閲したばかりの「魔法言語」をモニターごしに早口で読み上げていく。
「……汝は精霊となり、形を得るであろう。主のみたまに仕えたまえよ。メタモルフォーゼ」
詠唱し終えると同時に、彼女は以前考案していたポーズを決めた。
一応、恰好よく決まった模様。
で、例の箱はというと。
ぼわわわん、という音がしてその場から消滅。
辺り一面が濃い霧のようなものに包み込まれていった。
そして霧が晴れた時には、確かにそこに人影がある……ではないか。




