ポアン・セッター
————カラン、カラン。
ヤギシマがその喫茶の扉を引くと、そこに備え付けられた鈴が二回鳴った。
そう。大通りの中程にあるここは、旅の喫茶『ショーク』。
旅の喫茶、という割にはどこかノスタルジックな大衆カフェを思わせる雰囲気で奥行きのある三階建てのフロアにはジャズミュージックが心地よい音程で流れている。
多くの旅人やゆとり魔法使いたちが集まり、情報交換の場としても使われているようだ。
入り口の案内札には各階ごとにカウンターがあり、担当者がいるとの記述があった。
なお、3級昇格試験の受験者は一階で聞けばよいとのこと。
「さて」
客待ちがないのを見てヤギシマたちはさっそく足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー」
店の奥から、人混みを掻き分けて喫茶の従業員らしき少女が姿を見せた。
薄手のエプロンドレスに身を包んだ、年ごろの可愛らしい娘だ。
淡雪のような肌にサラサラとした肩までの黒髪が美しく、縁のない丸眼鏡の奥ではくりりとした夜色の瞳が黒曜石のように輝いている。
「こんにちは。ボクはゆとり魔法使いのヤギシマメイといいます。今回、3級魔法使いの昇格試験を受けに来ました」
カウンターの奥に置かれた魔道式コーヒーサイフォンからのコポ、コポ、という音を挟みながらも、ヤギシマは用件を彼女に伝えた。
「あ、昇格試験の受験者さまですねーっ! 了解しました。わたくしは世界魔法政府公認の異世界クエスト係員ポアン・セッターと申します。一応、名刺です。以後、お見知りおきを」
異世界クエスト係員のポアンはいそいそとした様子で、エプロンドレスのポケットから数枚の名刺を取り出してヤギシマたち3人に配った。
それらの名刺には確かに『世界魔法政府公認・異世界クエスト係員』の記述があり、世界魔法政府の証明印が押されている。
「もし今後、クエストを受注される機会があれば、わたくしが担当させていただきます」
「なるほど。では、さっそくだけど、3級の昇格試験クエストを受注します。そのついでにクエストの詳細も知りたいと思っていますので、説明をお願いしますね」
彼女にもらった名刺を少し眺めた後、ヤギシマはストレートにそう述べた。
「はい。3級の昇格試験は試験代金3500ロイアルをいただいております。あ、それと概要を調べるのに少しだけお時間をいただきますがよろしいでしょうか?」
「もちろん」
ポアンの問いかけにヤギシマは落ち着いた口調で答えると、リュックから長財布を取り出し、全世界の共通通貨ロイアルで代金を支払う。
「では、ヤギシマさんの昇格試験についてお調べします。お呼びするまで、お席にて無料の魔道式コーヒーをお楽しみくださいませ」
「はい」
————3人はポアンの言葉に従って客席に座ると、魔道式コーヒーを飲みながらしばらく雑談して時を待つ。
そうこうするうちに。
「お待たせいたしました」
ポアンが何やら、ギシギシ、という音をさせながら客席までやってきた。
もちろん、彼女の姿は先ほどまでと変わりはない。
ただし、その傍らには鎖の括り付けられた巨大な商業カバンを思わせる金属製の物体が置かれている。
これが奇妙な音の正体のようだ。
「それはなんですか?」
キタムラの当然ともいえる問いかけに、ポアンは微笑を浮かべる。
「これは魔法食いのグリモワと呼ばれるものです。強力な魔道書や特殊な術式が施されたハンドブックを大量に詰め込んだ特殊金属製の移動書架。いわゆる魔道兵器のひとつですよ。辺境の土地に住む職人に世界魔法政府が委託して長い時間をかけて作成させたものですが、いかんせん重量がすごいことになってしまっていましてね……。あはは。この喫茶に持ってくるだけでも一苦労でした。犠牲者が何人でたかはお察しくださいませ」
「それと、昇格クエストとは何か関係があるのですか?」
おずおずとリプニーが尋ねると、ポアンはついに本題に触れた。
「ヤギシマさんの3級昇格クエストなのですが、この魔道兵器『魔法食いのグリモワ』をこの世界の東の果てにある、世界魔法政府の運営する要塞まで運搬していただくことがそのクリア条件となります。ふつうに輸送すると代金が馬鹿みたいに掛かりますけど、昇格試験も兼ねていますから、世界魔法政府の懐事情からすれば一石二鳥というわけです。あ、それは余計なことでしたね」
「な、な、なっ!」
絶句する3人。
そんな3人に対して、ポアンはさらに重要な事柄を付け加えた。
「ただし。運搬の際には細心のご注意をお願いいたします!」
「え?」
「と言いますのも、魔道兵器だけあって『グリモワ』はただの特殊金属書架ではありません。万が一、極度の衝撃を与えた場合、半径約1000メートル規模が跡形もなく吹き飛ぶ危険物ですが故に、覚悟しておいてくださいね。てへへん」
「いや、いや、いや」
思わず3人は首を横に振って拒否していた。
「即死じゃねえか!」
さすがに、キタムラは突っ込む。
「ええ。即死ですね」
異世界クエスト係員の少女は微笑を崩さないで淡々と言い放った。
しかも、よく見ると目が笑っていない。
「これを無事に東の果てにある政府要塞まで届けることができたなら、晴れて、あなたは3級魔法使いに昇格です。逆に言えば、この程度のクエストでへこたれるようならばこれよりさらに上位の魔法使いへの昇格はあきらめたほうがよろしいでしょう。そんなに甘くはありません。魔法使いといえど常に死とは隣り合わせの環境で戦っているのです。それこそ魔法使いといえば世界各地で危険な冒険することで魔術的経験を積み、悟りを開き昇格していく職業だとも言われております。どちらにしろ、ここで健闘を祈ることしかわたくしにはできません。厳しいようですが、これはせめてもの忠告であると同時に、わたくしからの激励でもあるのです。さて、最後にはなりますが、これが昇格クエストについて要約した書簡。そしてこちらは、ユニバーサル横メルカトラー図法で書かれた世界地図です。つまーり、わたくしの今までの説明はこれらを見れば一瞬で分かると! そういうことです!」
「なるほどね。ありがとう」
ヤギシマは、一通りの説明を終えたポアンから書簡と異世界地図を受け取る。
それを渡すとポアンは、ずれた丸眼鏡を指で押し直しつつ、さらに続ける。
「あと。余談にはなりますけどね。この異世界には魔物のほかに、プレイヤーキラーとよばれる反政府系組織も存在しています。中でも俗に四天王の通称で呼ばれる悪名高き連中に関してはことさら注意が必要です。政府側に属する魔法使いやサポーターを狩るという悪虐きわまりない違法行為を重ねており、かつ冷酷な思想で手段も選ばない連中ですので、出会っても勝ち目がないようであれば退散するのが良いでしょう。そんなところです」
「反政府……。そんなことを考えているやつらがいるんですね」
これを聞いたリプニーは信じられないといった表情を浮かべている。
「プレイヤーキルなんて。いったいどうしてそんな馬鹿な考えを持つんですかね。こんなに素晴らしい世界なのに」
「……俺にはさっぱり分からんな」
ヤギシマやキタムラにしても同様の反応だ。
「じゃあ、それらの反政府組織の歴史についてじっくりと解説してあげましょう。そうですね、だいたい三時間ほどを見てくださればよいかと。まず、彼らの共通の反政府思想を作り上げたものとして、ユートピア哲学というものがありますが、これはなんといっても現政府の批判を中心とした至って内容のない、理想主義の極みといってもいいような哲学でありまして。あれれ————」
だが、この頃には、喫茶店からすでにヤギシマたちの姿は消えていた。
ついでに魔道兵器『グリモワ』もなくなっていることにポアンは気が付く。
「ふーむ。お気が早い方々です。敵を知るにはプレイヤーキラー、反政府組織の歴史こそ重要ですのに。まっ、いいか」
……彼女はやるせなさそうに腰に手を当てて、元のカウンターへと引き返した。
ノスタルジックな演奏が流れていく。




