繋がり
あれから辛い事があったりした時は風邪薬を飲むようなり、社会人の今では常時飲むようになってしまった。
そういえば、風邪薬を飲む量も最近減っている。
そう思いながら矢崎が寝ている姿を見る。
矢崎は何を思いながらこんなことをするのだろうか?
俺は面倒なやつではないだろうか?
ネガティブな思考になってしまい、頭を冷やそうと寒いベランダへと向かう。
予想通り風は冷たくて頬をさすが、今はの方がいい。
口から吐き出す白い息を目で追いかけていると後ろから温かいなにかが覆いかぶさってきた。
この温もりは知っている。
「どうしたの?
ほら、風邪ひくよ」
矢崎の声になぜか安心している俺がいる。
そう気がついて分かった。
この温もりに俺は甘えている。
そして離したくない。
矢崎のことが好きだ。
でも今のこの関係は主従関係でできている。
ただの勘違いだなんて言われたらどうすればいい。
この想いを伝えてしまったらこの関係でさえも壊れてしまうのではないか。
そう考えていると本格的に矢崎は心配そうに顔を覗き、額に手を合わせてくる。
そんな矢崎に俺は決意する。
「なぁ、今度一緒に動物園へ行かないか?」
真冬の動物園は、実にシュールな光景だった。
人は少なく、外にもほぼ動物はいない。
それでも矢崎との初めてのデート。
三十路の男が動物園ではしゃぐ姿は異様だったと思う。
よく両親とこの動物園へ遊びに来ていた事を思い出す。
唯一の両親の良い思い出の場所。
「おい、矢崎。
白熊が歩いてる。
本当に寒くても平気なんだな」
氷山模様の壁に囲まれた檻の中で白熊が優雅に歩いている。
その姿を見ていると隣で一緒に見ていた矢崎が手を握ってきた。
「どうした?」
「むしろそっちこそどうしたの?
動物園へ行きたいなんてさ」
俺は、一息ついて矢崎の目を見つめて言う。
「終わりにしたい。
この関係を終わりにしたい。
だから最後にいい思い出を作りたかったんだ」
その言葉を聞いた矢崎は、握っていた手を改めてぎゅと握り直して引き寄せてうなじを掴むと噛み付くようなキスをする。
優しいキスとは違う、最初の頃の貪るような強引なキスだ。
唇がはなれるとお互いの白い息が重なる。
「好きだ。
終わらせない、絶対」
矢崎の顔は必死なのが分かる。
「今までのは嫌がらせじゃなかったのか?」
その疑問にふっと笑うと矢崎は言う。
「好きでもないやつにキスしたり、セックスしたりしないし、そんなに人に関わらないでしょ。
まぁ、ちょっと強引だったけど」
思わず頭を抱える。
今までの行為が全て好意だというのか。
「お前、それはちょっと歪んでる」
「元中毒者に言われたくないな」
「それな、今更だが「こいつ風邪薬でキメてるやばい奴なんです」って周りに言っても影響ないっていうか。
出世と考えてない俺としては関係ないだよな。
いや、それさえも分からないくらい余裕がなかったんだ。
今は分かる。
もしかして俺のために?
なんで?」
すると矢崎は恥ずかしそうに話し始めた。
「実は、会社に入社する前に俺とハルは一度会っている。
俺は今の職場の反対側にある繁華街で数年間ホストしてたんだ。
当時は色々荒れてた。
職場は体育会系だけど、男同士の落とし合いにいじめ。
客とのトラブルに色々あってね。
悪酔いしたときも度々あったよ。
ある日、酔いついでに店の同僚とこの店に寄って少しひやかしてやろうなんてさ。
最終的に総合カウンターへ案内されてさ。
その当時の店員の態度に腹が立って色々難癖つけてたんだ。
他の従業員はなるべく関わらないようにしてたけど、ちゃんと話を聞いてくれたのがお前。
とうとう酔いがまわって倒れてもちゃんと介抱してくれて。
その時惚れたんだ。
その日から出勤する前には、ハルの顔を見に店へ通った。
薬局に通ってることも知ってる。
見るだけじゃ嫌になって転職した。
その時かな、この関係を思いついたの。
子供だましみたいな脅しがきくとは思わなかったけど、あっさり受け入れるから驚いたわ。
でも、ハルの体調を見てどうにかしたかったんだ」
矢崎の告白に顔に熱が集まっていくのがわかる。
「俺は、重いぞ。
薬の代わりがお前になっちまった。
捨てられたらどうになるか分からない。
それでも改めて恋人として関係を始めたい。
好きだんだ」
そっと矢崎は俺の事を抱きしめながら言う。
「本当に分かってないな。
どれだけ俺がハルに執着してるか。
これから体に思い知らせないとね」
俺たちは動物園を出て矢崎の家へ手をつなぎながら帰った。
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この物語は、2014年にJ庭で無料配布で配ったものを少し修正したものです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。