変化
この奇妙な関係は長く続いた。
命令通りに毎朝毎晩と矢崎の家へ通い、食事を作り、一緒に食べる。
休日には洗濯や掃除をする。
まさに家政婦状態だ。
今ではいちいち通うのも面倒くさくなり、物置部屋の一室をかりて寝泊まりをするようになった。
クリスマスが終わればすぐに正月の初売りフェアで忙しくなる。
今までは、家に帰れは食事をすることなく眠っていたのに、こうして矢崎の家で家事をしている自分が不思議だ。
(最初は通うのも辛くてたまらなかったのにな。
人は慣れるのが簡単だな)
気がつけば正月も過ぎて店内はバレンタインの賑わいに変わりつつあった。
「お疲れ様でした」
急いて帰り支度をする。
今日の夕飯は何にしようかと考えていると同僚の1人がニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「最近やけに早く帰るなぁ。
高橋もとうとう彼女でもできたか」
毎晩男のしかも後輩の王子のために食事を作るために早めに帰っているなどと言えない。
「いいや、たまたま」
「嘘だな、最近本当に残業しなくなったし。
俺の分の仕事手伝ってくれなくて寂しいわぁ。
そういえば最近は体調悪そうでもなくなったしな、なんで?
彼女でもできて面倒みてもらったのかなって他の仲間たち内でも噂になってんぞ」
そうなのだ。
クリスマス前までは、ろくに体調管理できてなくて休日にどれだけ寝ても寝不足気味だった。
本当に辛いときは、無理矢理にも食べ物を口に入れて薬を飲んで誤魔化す。
そのせいで仕事に集中できずに失敗して残業する。
その残業がさらに体を悪くさせての悪循環だった。
でも今は、最近はちゃんと睡眠は取れてるし、風邪薬も飲んでいない。
矢崎と過ごすにつれて多少強引であるが、きちんと生活リズムができて仕事の能率をあげているかもしれない。
もしかして薬を飲んでいる所を見た時から俺のためにこんなことしてるんじゃ。
いやいや、そんな頭の中お花畑か俺は。
そんな義理もあいつにはないだろうし
そんなことを考えてモヤモヤしていると同僚に心配された。
俺は理不尽な目に合いながらも少し矢崎に好意を持っている事に気がつき思考を止めて、
急いて夕食の材料を買いにスーパーへ急いだ。
矢崎は、あの時から抱いてこなかった。
ただ一緒のベッドに横になるだけ。
朝起きると窓の外は雪が降っていた。
吐いた息が白く窓に写る。
その風景に小学生だったある冬を思い出す。
それは風邪をこじらせて保健室に運ばれた時だ。
保健室で寝ている俺に心配そうに話しかける先生達。
次第に聞こえてくるのは、俺の親への不満。
「もう高橋さんのお母さんはいつも電話に出ないんだから」
「どうします?」
「あの私が病院まで車に乗せていきましょうか?」
「やめて、後でなにか保護者に言われて困るし。
他の子も同じようにしなくちゃいけなくなるでしょう」
「そうね、ただの風邪でしょうから
放っておいても大丈夫でしょう」
(苦しいよ、苦しいよ。
おかあさん、おかあさん)
するとある1人先生が電話を受け取り、子機を持ってきて差し出してきた。
子機から聞こえるのは、聞きたかった声である母親からだった。
思わず弱音を吐き出す。
しかし、返された返事は残酷だった。
「辛いなら風邪薬でも飲んでおきなさい。
もうそんなことで会社にいちいち電話しないでちょうだい。
会社の人達に陰口言われちゃうでしょう。
我儘言わない。
もう面倒な子は、学校に置いていくからね」
その後に飲んだ風邪薬は、なぜか苦く感じなかった。
さっきまで体を蝕んでいた熱は消えて寒い。
苦しさもしだいに消えていく。
(頼れるものは、薬だけだ)
その時、そう思いながら深く眠りについた。
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