2 秘密
彼についていけば高層マンションの一室に案内された。
電気販売店の新入社員にしては過ぎた部屋だ。
広いリビングルームに用意された酒を次々と飲み干す。
(こうなりゃヤケだ)
その横で矢崎の瞳が一瞬きらりと光ったことに気が付かなかった。
飲み続けて数時間。
「先輩、大丈夫ですか?」
(心配しなくていい、まだ飲める。
大丈夫、大丈夫。)
声を出そうとしてもうまく動かせない。
すると王子の顔が近づいて額に手が触れる。
ひんやりして気持ちいい。
あまりにも気持ちよくて目をつぶる。
「本当に馬鹿だなぁ。
普通酒を飲むか、あんなに風邪薬飲んだのに」
そう聞こえたのは気のせいだろう。
すると唇に柔らかい感触がした。
ギョとして目を開けると唇が重ねられている。
抗議しようと口を開けたらかぶりつかれる。
舌が口内を探り蹂躙する。
息をするのも難しい。
舌が吸われ歯列や上顎たどり唇を吸われる。
次第になんともいえない甘い感覚が背筋を震わせてフワッと彼の雄の匂いに意識が朦朧とする。
(気持ちいい)
夢見心地でいると下半身に強烈な快感に我にかえる。
頭を起こすと矢崎が俺のズボンのチャックを開けようとしている。
思わず頭を引き剥がして起き上がると彼はがっかりと残念そうに顔を上げる。
まだキスの余韻で体があつい。
「お、お前な何してる」
震える口から出た言葉がこれしか出ないのが悔しい。
その言葉をみこしたように今まで見たことない冷たい表情と低い声が聞こえる。
「やめる?そんな態度とっていいわけ先輩。
薬中毒者のくせに」
王子と呼ばれた後輩はどこへ行ったのか、こいつは誰だ。
いつもな爽やかな笑顔が怖い。
(この笑みは決して逆らっちゃいけない)
長年のクレーム処理の経験が教えてくれる。
「万年社員不足の部署を支えている人物がどんな者かしりたかったけど大したもんじゃないな。
他の部署から先輩がなんて呼ばれてるか知ってる?
『下僕』だってさ。
会社の下僕。
いつも他の先輩たちの仕事もヘラヘラ笑って安請け合いして苛々する。
まさか薬中毒だったとか笑える」
「全部見ていたのか」
呆れたように彼は答える。
「まさかあのタイミングで見られてないとか本気で思ってた?
やっぱり先輩はどこかぬけてんなぁ。
しかもほいほい俺の後ついて来る、酒も平気で大量に飲む。
あんなに薬飲んだのに体によくないよ、本当に馬鹿だなぁ。」
情報と状況に頭がグラグラする。
「ただの風邪薬だ。
そうだ、朝から風邪だったんだ」
「風邪薬も立派な薬の1つ。
毎日大量に飲んで風邪薬でもあれはもう完全なる薬中毒でしょ。そ
れに風邪薬っても精神安定剤や睡眠作用も多少はある。
まさかそれを知らないでも続けたなら重症だな」
さらに矢崎は俺に近づき頬を撫でながら優しく囁く。
「この動画を見てみなよ。ちゃんと公園の一部始終綺麗にに写ってる。
勿論データもバックアップ済み。
これ皆んな知ったらどうなるのかな。
どうしたの?寒い?そんなに震わせてかわいそうに。
大丈夫、誰にも言わない。
条件付きだけど。わかるよね」
動画が映し出されてるスマホを止めると彼の言われるがままに寝室へと向かった。