雪像コンテスト
年がら年中雪の降る村があります。氷に閉ざされた土地であっても楽しみは尽きません。そのひとつに、雪像コンテストが有名です。
今宵も美しい彫像を目当てに各地からお客さんがやってくるのです。村のみんなは朝から大忙し。
広場にうずたかく積まれた雪は、匠たちの手によって命を吹き込まれるのです。鳥肌が立つほど寒いなか、氷を彫る金槌の音が響き渡ります。
「よう、調子はどうだい。優勝を狙っているそうじゃないか」
眼鏡の老人が言いました。
声をかけられた青年は手を休めずに、
「この通りばっちりさ。ところで引退したロイさんは何しにきたんだい」
と答えます。
「なあに、最近の雪像はイマイチだから。アドバイスしに来たんだ」
「生憎だけれど話している時間が惜しいんだ。アドバイスなら向こうでやってくれるといいんだが」
巨大な城に模様を刻む青年は、それっきり黙ってしまいました。仕方なくロイじいさんはその場を離れます。
膝の痛む右足を引き摺りながら、広場を練り歩くロイじいさん。古い友人の後ろ姿を見つけました。こちらに手を振ってくれています。
「やあ、ロイじゃないか。しばらくだなあ。元気にしてたかい?」
毛糸の帽子を被った同期生のテンさん。青年同様に金槌を持っています。
雪像コンテストに参加するつもりのようです。ロイじいさんの膝が疼きます。
「元気に見えるか、これが」
ロイじいさんは足を振って見せました。
「まだ治らないのかい。五年前、雪像をつくる台座から君が転げ落ちるなんて、誰も信じられなかったよ。あのときはまだロイの右に出る職人はいなかったんだから。正直驚いたね」
「ふん。それも過ぎた話だ。テンよ、お前さんも気づいているだろう。思うような作品が生み出せなくなることに」
そう言ってロイじいさんは目を伏せます。
「確かにな。年々体力はなくなっていく。彫像にかかる時間は倍以上に増えた。細部への配慮は欠けるのにな」
テンさんの雪像は青年のものと比べると表面が荒く、太陽の光を乱反射させてしまいます。透明度が落ちて、評価が悪くなります。
「そのようだ。それにあっちを見てみろ」
ロイじいさんが指差した先には、拙いながらも懸命に雪像を拵えようとする少年たちの姿がありました。
「優れた職人は絶えず湧いてくる。それに先鋭的な発想と、先人たちの技術を受け継いでな。ワタシたちはどんなに頑張っても維持こそはできても衰える一方だろう」
「今をときめく子どもたちは情熱でできているからなあ」
「それなのにテンよ、なぜ今も雪像をつくるのだ?」
ロイじいさんは不思議でなりません。優勝はきっと青年にもぎ取られ、テンさんの作品など歯牙もかからないのですから。
「なぜ、だろうな。そうだ、今夜はコンテストに来るんだろう?一緒に回らないか」
「いや結構。健闘を祈る」
テンさんの誘いを断り、ロイじいさんは家に帰ります。
誰もいない居間で、冷たいパンをかじりながら過ごします。
日が沈み、星がまたたくころ、ロイじいさんはラジオをつけました。
「え、えーこちらは雪の広場です。村の腕自慢が集い、年に一度の祭りを盛大に彩ってくれるでしょう。村の外からもたくさんの観光客が雪像目当てに訪れています」
アナウンサーの快活な台詞が、孤独な部屋を埋めていきます。美しい氷の城を取り上げています。瀟洒な外観と、精緻な飾りが鮮やかにロイじいさんの頭に浮かび上がります。
入賞作品が発表されていくと、思った通り青年の城が優勝でした。惜しくも破れたのは驚くことに初心者や若い少年たちの作品ばかりです。もちろんテンさんの名前は挙がりません。
ロイじいさんはため息をついてラジオを消そうとしました。けれどふいに飛び込んだテンさんの声に手を止めます。
「さあ、それでは皆勤賞のテンさんにお話を伺います。今年のコンテストはいかがだったでしょうか。入賞できずに残念ですが」
「残念だって?ははは。そんなことはないよ。毎年同じモチーフを作り続けていたからこうしてインタビューを受けることができたし、それだけでも大変嬉しいです」
テンさんの明るい声がラジオから漏れてきます。ロイじいさんは静かに耳を傾けるのです。
「それに実は病気でな、もう長くない。だから毎年最後の気持ちで彫るのさ。優勝が全てじゃない」
「なるほど。結果はどうあれ、それがテンさんにとっての一番になるのですね。ではこれからも頑張ってください」
そこでラジオはプツリと切れました。
ロイじいさんは固まったまま動けません。
「ま、まさか。テンが病気だったなんて」
いつでも元気な笑顔のテンさん。疲れや辛さは微塵も感じ取れませんでした。いてもたってもいられないロイじいさんは手紙を書くことにしました。
「テンへ。病気だなんて知らなかったよ。手が赤く腫れ上がっても氷を削る姿が嘘のようだ。君は障害をものともせずに雪像を作っていたんだな。つまらないことを言って申し訳ない。来年は一緒に雪像を見よう」
したためた手紙は後日ポストに投函するとして、ロイじいさんは思い出したように棚やら道具箱を漁り始めます。
氷を削るノミや金槌はどこにもありません。全て捨ててしまったのですから。やり直そうとも、もう遅いのです。
「そうだよな、あるわけがない。間に合わないのさ今更」
膝を怪我したときからロイじいさんの時間は止まってしまいました。いいえ、それよりも前に気づいていたのです。
「才能や活力に恵まれた若者の波に飲まれて優勝ができなくなることが怖かった。ワタシは逃げてしまったんだな」
ロイじいさんはひとりごちます。
一方でテンさんは闘い続けました。
病気や衰えを言い訳になんてしません。自分のできる限界に挑戦していたのです。例え結果に結び付かなくても関係ないのです。もしも評価されなくても、持てる力を尽くしたテンさんは人生のなかで常に一等賞をとっていたのです。
手紙の返事がないまま、やがて春になりました。
「えっ、何だって。テンが亡くなった?」
報せは突然でした。身寄りのないテンさんはひっそりと人知れず息を引き取っていたそうです。そしてロイじいさんはテンさんの家に来るように促されました。
「どうしてワタシを呼ぶんだい」
ロイじいさんは分かりません。ただ先導する村人についていきます。古びた納屋が見えてきました。懐かしいテンさんの工房です。扉を開きます。
「これを、あなたにと」
村人が示したのは、雪像作りに欠かせない道具たちでした。ロイじいさんはテンさんの返事を確かに受け取りました。
コンテストに出ても優勝はきっとできないでしょう。けれどロイじいさんは雪像を彫るのです。自分の中の一番に出会うために。
おしまい
好きなこと、得意なこと
同じとは限らない
逃げる理由にはなっても
諦めの理窟にはならない
例え一番じゃなくても
みんなのことを一番分かってあげられる
そんな世界を