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ひとつだけ  作者: 滝岡尚素
第一話 高校入試
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真剣だった

 彼女の家は高校からふた駅離れた、郊外の一軒家だった。この辺りは最近造成されたらしく、建ち並ぶ家はどれも新しく、よく似たデザインだ。



 似た家が多い所為か、僕はメモを片手に迷ってしまう。

 五月の終わり、空気はすっかり初夏のよう。額に(にじ)んだ汗を(ぬぐ)い、いったん一軒の家の前で立ち止まる。


 ――どこだ……?



 がちゃり。



 と、目の前の家のドアが不意に開いて。



 「間宮くん?」

 林堂さんが、僕を驚いた顔で見つめていた。









 「びっくりしちゃった。二階で何となく外を見ていたら、間宮君が歩いて来るんだもん」


 「実はちょっと迷っちゃって」

 近くに公園があるからそこで話そう、と彼女が言うので二人で向かっている。



 「あー、分かりにくいよねぇ、ここら辺。こう同じような家が並んでちゃね」



 公園に着いて、僕たちはベンチに腰を下ろす。

 「ふー、……さて。どうしたの? わざわざ家にまで」



 彼女は、前を向いたまま僕と目を合わさずに言葉を発する。


 「えっと、きみと同じ中学の子が心配しててさ」

 と、僕は自分がここに来ることになった経緯を説明する。


 「あー、あいつか。担任に頼まれた、ねぇ……」

 「で、何かあったの? テストにも来ないで」

 「うん……」

 林堂さんは頷いたきり、押し黙る。



 長い長い間があった、と思えた――そのままどちらも口を開かないままで終わるのかと、僕が危ぶみ始めた時。

 

 「あたしね、ふられちゃったんだ」

 ぽつり、と一言。



 「――あの先輩?」

 「そうそう。すっごくかっこいい人でね、中学の時から好きでさ」

 確かに、もてそうな顔ではあったな。




 「でね? ――この前、思い切って告白したんだよ」



 「そうなんだ」

 ちょっと複雑な気持ちで、僕はこの話を聞いている。



 「――でも、ダメだった」

 小さなため息をつく林堂さん。



 「そのショック? 学校に来ないのは」

 「ううん、どうかな……。私にとってもう、あそこは行く意味がないって言うか」



 林堂さんは(うつむ)いた。

 「あーあ……。高校受かったら、付き合ってくれるって言ってたんだけどなぁ」


 その言葉に、僕は反応してしまう。






 「――だからカンニング、したの?」








 彼女の顔がみるみる強張(こわば)っていく。

 でも、次の一言は意外なものだった。



 「やっぱり――効いてなかったんだね」


 僕は頷く。何故か僕は動けたんだ、と言うと、

 「そうか……。君だったのかぁ」


 訳の分からないことを言った。

 「それって、どういう――」



 「先輩、ひどいんだよ? まさか本当に受かるとは思わなかった、だって。」

 僕の言葉を(さえぎ)って林堂さんが続ける。



 「何だよそれ、って話じゃない? それって……、それって、どうせ受からないと思ってたってことじゃん! 結局、(てい)よく断るつもりだったってことじゃん!」

 怒気をはらんだまま、前のめりになって肩を震わせる。



 「だったらその時に言えってんだ! 今頃になってなんだよ! 期待、させんなよ……!」

 地面に向かって叫ぶ。少し泣いてもいた。



 「でもあたしも馬鹿だなぁ、あんな言葉、本気にしてさ……」

 顔を上げ涙を払う林堂さん。



 「あ、馬鹿だったねあたし。カンニングしたし。だから、しょうがないか」



 僕は何と声をかけたものか迷う。どうやって時間を止めたの、とか、どうやってその力を手に入れたの、とか、聞きたいことはいっぱいあったのに、口をついたのは全然違う言葉だった。



 「――勉強、教えようか?」

 彼女はちょっと目を丸くする。




 「あははは。いいよいいよもう――もう辞めるし」

 「そんな――」

 「あんな学校、ほんとは行きたくなかったし」



 「そんなこと言わずに。たかが――」

 すると彼女は僕を(にら)みつけた。



 「たかが? たかが、なに?」

 しまった、と思ったが、もう遅い。

 彼女は怒りに声を震わせる。

 「下らない、って言うの? カンニング(あんなこと)までして、って? ――言っとくけど、私は真剣だった! 真剣に、先輩と付き合いたかった!」



 一気に言うと、立ち上がりこちらを嘲笑(あざわら)うように見下ろした。

 「――ああ、ひょっとして下心? それとも、同情?」



 「いや、僕は――」

 彼女は僕を睨んだまま、更に叫んだ。

 「ふざっけんな! そんな、そんなの……」



 後は言葉にならないようだった。

 さっきよりも大粒の涙を流し、しゃくりあげる。

 ベンチに崩れ落ちるように座る。

 僕は、せめて彼女が落ち着くまで側にいようと心に決める。



 


 数十分後。



 「ごめん」

 落ち着いた様子の林堂さんが僕に頭を下げる。



 僕は首を振る。

 「別にいいよ」

 「あー……。何だか、叫んだらすっきりしちゃったなぁ」

 泣き()らした顔で伸びをする。



 時刻はそろそろ夕暮れ。日が落ち始めると、少し肌寒い。





 「どうして?」と林堂さん。

 「ん?」

 「どうして、私に勉強を教えてくれるって?」


 「ああ、いや……」

 僕は頭を掻く。



 「方法はどうあれ、せっかく入ったんだし辞めるよりはいいと、思うから」

 「そっか」




 「――入試の時」

 「ん?」

 「僕の答案をよく見に来た」

 「あー」林堂さんは僕の隣でくすりとする。



 「間宮君のが、良く出来てる気がしたんだよね」




 「でも、国語は多分、君の方が出来てたと思うよ」

 僕の言葉に、林堂さんは、ん? という顔をする。



 微笑んで、僕は、

 「だって国語の時、君はカンニングしなかっただろ? ――それでも、君が新入生代表だったんだから」

 林堂さんはきょとんとする。やがて、僕の言った意味が分かって。



 「ま、まあね? 国語だけはずっと『五』だったんだ」

 「もう、時間は止めないの?」



 「うん。と、言うか」

 林堂さんはベンチから足を浮かせてぶらぶらさせた。



 「詳しくは言えないけど、もうあれは――使えないんだ」

 どこかせいせいした晴れやかな顔。



 「そうなんだ」

 僕も同じように足をぶらつかせる。



 「ねえ」真面目な声の林堂さん。

 「ん?」



 「今からでも、間に合うかなぁ……、勉強」

 絞り出した声だった。



 

 「――分からない」

 「えー、何よそれ」

 「いや、僕は『本当の林堂さん』がどのくらい出来るか知らないし」

 林堂さんは顎を上げて、暮れなずむ空を見上げた。



 「まあ、そうね」

 「でも付き合うよ。僕で良ければ勉強、教える」

 林堂さんは、悪戯っぽい目で僕を見る。



 「……下心や同情はなしよ?」

 当たり前だよ、僕はそう言って彼女の瞳を見返す。



 それを聞いて満足したのか、林堂さんはにかっとした。

 「じゃあ宜しくね――センセ?」

 その笑顔にどぎまぎしながら、僕は深く、深く頷いた。 

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