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ひとつだけ  作者: 滝岡尚素
第一話 高校入試
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中間テスト

 五月になった。

 もうすぐ初めての中間テストがある。



 僕はこの所、林堂さんを避けている。


 苦しいのだ。カンニングのことを問い詰めてどういうつもりか聞きたいのに、林堂さんの顔を見かけると気持ちが(くじ)けてしまう。

 もうこのまま何もかも見なかったことにして彼女と楽しくお(しゃべ)りすればいいじゃん――何度もその誘惑に負けそうになった。



 認めよう。僕は彼女が――気になっている。

 でもだからこそ、カンニング(あのこと)を確認できなければ先に進めない。最近、僕の思考はずっとその辺りを彷徨(さまよ)っている。



 だから、林堂さんが僕の知らない男と歩いているのを見た時、思い切り動揺した。


 それは放課後だった。


 二年生の階から降りてきた林堂さんは、一緒に降りてきた男子生徒にしきりに話しかけている。男の方は()いているスリッパの色からも二年生だと言うことが分かった。僕は階段の前から慌てて移動して、何となく階段脇の柱の陰に隠れてしまう。



 二人でそのまま下校するのかと思いきや、階段を降りきったところで男の方は林堂さんを置いてそそくさと立ち去ってしまった。僕はそれを、林堂さんの背後から見る。



 短く息を吐くと、林堂さんが振り返る。と、僕と目が合う。

 「――あ」



 僕は柱の陰から出る。

 林堂さんはばつが悪そうに、



 「見てたの?」

 「あー……、ごめん。何となく出て行き辛くて」

 僕は愛想(あいそ)笑いする。



 「今のね、中学の先輩なんだ」

 「へ、へー……」



 二人が親密な感じだったかはともかく、林堂さんの思いがあの二年生に向けられていたのは間違いないだろう。

 「あーあ。勇気出して、会いに行ったんだけどな……」


 林堂さんの小さな声。

 僕は聞こえないふりをする。

 「じゃ、じゃあね」



 彼女と別れて僕は下駄箱に向かう。

 「――うん、またね」

 その声を背中で聞きながら。

 



 中間テストが始まった。

 中学と同じで五教科のみ。二日間かけて行われる。

 最初は英語。問題が配られ、開始の合図。

 高校に入って最初のテスト。よその高校なら中学の復習も兼ねて優しく、となるのだろうがそこは進学校らしくいきなり本気だ。問題をざっと見たが、明らかに習っていないものまである。



 問題を解きながら、僕は別のことを考えている。

 ――やるのかなぁ……。



 入試の日。時を止め、僕のところにやって来た林堂さん。

 今回も彼女に答案を見に来て欲しいという自分の中の淡い願いに、僕は気づかない振りをする。


 やがて僕は全問を埋め、終了のチャイムが鳴る。

 隣の教室に居るはずの林堂さんは時間を――止めなかった。



 一時間目だけでなく、林堂さんは次も、その次の教科も時間を止めなかった。つまり彼女は自分の(ちから)でテストに(のぞ)んでいることになる。

 次の日も何も起きず、結局そのまま、テストは全て終了した。


 それから暫くして。

 中間テストの総得点と順位が一組の外の壁に貼り出された日。


 うちの高校は上位だけでなく最下位まで掲示される。

 僕はちょっとした人だかりを掻き分けて見えるところまで出る――三位だった。



 正直、新入生代表な僕は一位を狙っていた。順位の紙を見上げて眉をひそめる。集中力を欠いた要因があるとすれば、林堂さんのことだろう。彼女がいつ時間を止めるか、気が気でなかった。



 ――そう言えば。

 彼女の名前を探す。



 でも、いつまで経っても見つからない。

 やがて、最下位。




 『林堂桐子、零点』




 そこにある彼女の名前を見て、僕は納得していいのか、意外に思えばいいのかとっさに分からない。


 「間宮君?」

 後ろから声をかけられて振り返るとうちのクラスの女の子だった。


 「三位って、凄いじゃん。さすが代表」


 それ、渾名(あだな)になってないよね、大丈夫? と聞くと、女の子はころころと笑った。そして、ふい、と顔を元に戻すと、


 「ところで――林堂と仲良いよね」

 「ああまあ……、そう、かな」

 「私、あいつと同じ中学なんだけどね」

 「うん」



 「最近、学校に来てないんだって、林堂(あいつ)

 そう言われて、僕はテスト勉強に忙しくて彼女のことをあまり気にしていなかったことに思い至る。



 「テストは?」


 「受けてない、らしいよ」

 僕は彼女が学校に来ているかどうかも気にしていなかった。


 「間宮君」

 なに? と僕は女の子に目で問い掛ける。


 「悪いんだけど、ちょっと様子、見てきてくれない?」

 「な、何で僕?」



 「お願い! 二組の担任に頼まれたんだけど、私……」

 あいつと仲良くないんだ、と目を逸らしながら言う。



 「……分かった」

 僕は思い切って頷く。


 「ほんと? ありがとう!」

 女の子は林堂さんの住所が書かれたメモを僕に渡し、その場を去っていく。


 その後ろ姿に、僕はさっきの女の子の言葉を重ねる。

 『あいつと仲良くないんだよね』




 何となく分かる気がする。

 カンニングで底上げし、こんな進学校に受かった彼女は――場違いなのだ。その違和感、恐らく仲のいい友達は相応の高校に行ってしまい、ここにいる同じ中学の子は(みな)あんな反応なのだろう。



 逆に言えば、そこまでして何故この高校に来たのか。

 実のところ、僕には答えが分かる気がした。

 

 とにかく放課後に行こうと決めて、僕もその場を後にした。

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