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ひとつだけ  作者: 滝岡尚素
第一話 高校入試
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林堂桐子

 春。

 僕は晴れて高校生になった。

 入学式の日、クラス分けを確認すると僕は二組だった。着慣れないブレザーを気にしながら、ひとまず一階の自分の教室に向かう。


 教室に行く途中、職員室の前を通る。

 ちょうど入り口が開いていて中の様子が見えた。


 あの女の子が、立ったままデスクチェアに座った先生と話をしていた。困惑気味で、先生にしきりに頭を下げている。

 ――なにしてんだ……?


 「君、どうかしたの」

 入り口付近で立ち止まっていた僕は背後から声をかけられた。


 振り返ると若い女教師が僕を見上げている。

 「いえ。あそこ、何してるのかなって」


 「ん? ……ああ、あれはね」

 彼女には入学式で生徒代表として挨拶してもらうから、そのお願いね、と女教師は言った。


 それを聞いて僕は、

 「は?」――なかなかの苛立ちを顔に出したと思う。彼女が新入生代表だって? 冗談じゃない。



 「まあ、入試で一番成績が良かった人が読むものだから」

 それは分かってますけど、と僕は口をもごもごさせる。



 教師を職員室内に通し、女の子の方に目を()る。

 彼女は頭を下げ続けて先生から逃げるように離れ、僕の立っている方に駆けてくる。(うつむ)き気味だったので入り口の僕に気付かず、少し接触した。



 「あ……、ごめんなさい」

 こちらを見る女の子――花のような香りを嗅いだと、思った。一瞬、この()はカンニングしてここにいるのだと言うことを忘れてしまう。



 「いえ、こっちの方こそ」

 そう言って身体を引いて彼女を廊下に出し、僕もそのまま後ろをついて行く。集合時間ギリギリで、既に廊下を歩いている生徒は(まば)らだった。職員室を過ぎて暫く歩いていくと階段があり、そこを越えると一年一組、その隣が二組の教室。と、彼女が階段にさしかかった辺りで立ち止まり、こちらを振り返った。



 「何組なの? ええと……」

 「間宮(まみや)」僕はぶっきらぼうに告げる。

 「間宮……くんね。私は、林堂(りんどう)桐子(とうこ)。宜しくね」



 「僕は二組。林堂さんは?」

 「私は一組(となり)

 「そっか――ねえ、なんで新入生代表挨拶を断ったの?」



 林堂さんは眼をぱちぱちさせる。

 「やだ。見てたの?」

 「たまたま」

 「苦手なのよ、人前」


 「ふうん……。じゃあね」

 僕は彼女を追い越して二組(じぶん)の教室に向かおうとする。



 「あ、ねえ」すれ違いざま彼女の声。


 「はい?」

 足を止めて彼女を見る。林堂さんは後ろに(くく)った黒髪をちょっといじり、そのまま前髪を軽く分けて笑った。



 「またね、間宮くん」

 「あ、う、うん」

 林堂さんはそのまま一組に入る。



 僕は暫くその場から動けなかった。

 認めたくなかったが、心臓の高鳴りを僅かに覚えている。

 一つ息を吸って落ち着くと僕も教室に入る。既に他の生徒は席に着いていて軽く注目を浴びてしまう。



 「ああ、間宮君、だね。席はそこ」

 僕が席に座ると、先生から入学式の簡単な説明が始まる。それによると今から移動して、クラス単位で順番に体育館に入場するという段取りのようだった。



 ただ、僕はあまり聞いていなかった。さっきの林堂さんとの短い会話が何度も何度も頭の中で繰り返されていて、この感情をどうしたらいいのか分からなかったからだ。




 がら。





 不意に教室のドアが開けられて、先程の女教師が顔を覗かせた。皆の注目を浴びながら教室内を見渡し、僕と目が合うと口元を(ほころ)ばせた。

 「――あ、いたいた。間宮くん」

 僕を手招きする。クラスの目線を一身に浴びながら僕は席を立つ。

 廊下に出て後ろ手に引き戸を閉めるなり女教師が口を開く。



 「実は、新入生代表挨拶のことなんだけど」

 「ああ……」

 何となく察してしまう。

 さっきの子に断られてしまって、と女教師。なんだ、不正がなければ僕がそもそも代表挨拶だったんだ。

 

 「お願い! 代表挨拶、頼めない?」

 手を合わされると僕も弱い。原稿を読むだけだからと言うので承諾する。



 「ありがとうね!」

 女教師はそう言うと一枚の紙を僕に渡す。


 「本番ではちゃんとした式辞を渡すけど、それが中身だから」

 紙には新入生代表の短い挨拶が書かれていた。

 僕は(うなず)き教室に戻る。担任の先生に事情を説明し、着席。やがて式の時間になって体育館への移動が始まった。


 代表挨拶は落ち着いてできたと思う。名前を呼ばれ、壇上に上がると少し緊張したものの声が震えることなくやり切れた。  

 ある意味では林堂さんが断ったから僕が新入生代表になれた格好だが、そもそも彼女がカンニングしなければ初めからこの役は僕だったんだと思うと、何だか複雑な気持ちもした。

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