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少年は怪盗に憧れた  作者: 天上いこい
9/14

怪盗と敵対1

「お帰り、二人とも。あれ、なんで二人一緒なんだ?」

 玄関を開ければ悠司の父親に缶ビール片手に出迎えられた。

「ああ兄貴。俺も飲みたい」

 ネクタイを緩めながらリビングに進んでいくと、悠司の母親が缶ビールを持って現れた。

「はい、糺世くん」

「……義姉さん、せめて着替えてからください。あ、いや、やっぱり今貰います」

 小さく溜息を吐いたがすぐにネクタイを取り去ったその手に缶ビールを受け取る。

「悠司、話の続きを」

「分かった」

 急いで靴を脱いで糺世に続く。

 リビングのソファに座る糺世に倣って、斜め向かいに座った。

「なんだ糺世、仕事に出てたんじゃなかったのか?」

 父親がソファの背もたれの部分に寄りかかってわずかにきしむ。

 外したネクタイをソファに投げ置き、シャツのボタンも三つほど外した糺世は缶ビールのプルタブを開けて一口呷った。

「その仕事で悠司と一緒になったんだ」

「はあ?」

 糺世の職業を知っている父親が表情を大きく歪ませる。悠司に視線が映ったのを感じて、悠司は黙っていることしかできない。素直に話すには糺世の許可が必要な気がした。

「それと兄貴。俺、しばらくここに住むから」

「はあ?」

「俺がたまに使ってる客室、そのまま俺に貸してくれ。必要なら家賃も払う」

「家賃⁉」

 思いもよらなかったのか、父親は背後から悠司のためだろう麦茶を持っていた母親に振り向いた。

「お家賃⁉」

 悲鳴のような声をあげた母親はそれでも持っている麦茶を落としはしない。

 大袈裟だな、と思っている悠司と糺世の冷ややかな視線を受けながらも、悠司の両親は糺世の短期的な住み込みの発言に大きく驚いた。

 糺世はただの警察官ではなく、警視という立場にある。家賃くらい貰ったって財布が寂しくなるわけでもない。弟であり義弟を相手にしていると思えばもらえないという両親の気持ちも分からなくはないけれど。

「……生活費の方がいいのか?」

 兄と義姉の態度にわずかに戸惑った糺世。悠司も少しばかり恥ずかしい両親を持ったと俯かざるを得なかった。

 後で詳しい話をするからと両親をリビングから追い出し、糺世は深く息を吐いてビールを呷った。

「っはあ。近司馬って刑事、うるさいだろ? 声のボリュームが」

 ソファの背もたれに全体重を預けているのか、初めて見るだらしない姿に悠司は拍子抜けしていた。

 それほど疲れた夜だった。

 悠司は高揚感が勝っているので疲労感は少ない。年齢のこともあるのかもしれない。

「悪い人ではなさそうだったよ」

「当たり前だ。警察官が悪い人間でどうする?」

 何となく場の空気が緩む。

 それで一時間前の記憶もついさっきのことのように思い返すことができた。

 一時間前、隣街まで海斗を送り届けた後に悠司は警察署に連れられた――

 取調室に入れられるのかと思えば、案内されたのは会議室のような広い部屋。そこに糺世と今原という女性刑事と三人になった。

「警視、彼は怪盗の仲間ということですか?」

 呼ばれたきり内容を説明されていなかったのか、開口一番今原が鋭い目つきで悠司を見ながら糺世に尋ねた。

「いや、この子は俺の甥だ。怪盗から盗まれた宝石以外の装飾品を手渡しで返してもらった上、隠されていた宝石の在処を聞き出している。他に怪盗に繋がる何かがないかを聞きた」

「甥御さん……? 警視、ご兄弟がいらしたんですね?」

「一人っ子だと思ったのか?」

「いえ、警視って私生活がミステリアスなので家族とかのイメージが……」

 うふふ、と口元を手で隠しながら上品に笑う今原は糺世の反応を恐れてか数歩下がった。

 自分のおじさんが警察署内でどういうイメージを持たれているのかを知って気まずくなる。しかし糺世はまったく気にしていないようだった。

「おじさん……」

「悠司、座れ。俺はお前が怪盗の仲間だとはこれっぽちも思っていない」

 促されてパイプ椅子に座る。悠司より前に糺世は座っていた。

「さて、単刀直入に聞くぞ。お前はどちら側だ?」

 家でもたまに見る仕事モードの糺世。その中でも鋭い目つきだけはなかった。

「どちら側……」

 怪盗側に立つのか、それとも警察側に立つのか。

 差し出された手を一度は掴んだとは言っても、それは求められていたものとは異なる意思が含まれていた。

「どちらかと言えば、警察側なんだと思う」

 拒絶したからと言って警察と同じ考えを持っているのかと聞かれると、少し違うとも思う。

 初めて会ったあの夜から考えは当然変わってはいるのだが、一人で考えていたこともあってか、普通の人には認識してはもらえない確信があった。

「けど俺は、俺の手であの人を捕まえたいって夢を持ったんだ。甘い夢だと分かってる。おじさんたちからしてみれば邪魔な存在であることも分かってる。けど、強くなったことを実感するには、捕まえないと無理なんだ」

 正義感などではない。

 あの夜言われた「強くなったらまた会える」という言葉に引っ張られているだけだ。

 しかし、その言葉が悠司の中に強く残っている。

 具体的にどう強くなれば強くなったと証明できるのか。考えに考えて、怪盗イニクスを捕まえられるくらい強くなれたら、という答えに至った。

 どうしようのない子供の夢だ。高校生にもなって抱くものではないと一蹴されるのがオチだ。

「今原。悠司の言っていることが分かるか?」

 悠司は初めて糺世に失望した。

 これまで糺世は悠司のことをよく理解してくれているように思えていた。

 それが今回はまったく理解されていない上に今原という女性刑事に助けを求めている。


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