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少年は怪盗に憧れた  作者: 天上いこい
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怪盗の登場

 今夜八時、紅き証明をいただきにあがります。



 怪盗イニクス複数人説を唱える人たちの言い分に、予告状の内容がある。

 よくある予告状ならば文末に名前を添えるものなのだが、イニクスからの予告状には名前が書かれていない。

 内容は一字一句同じであり、狙われているものも盗み出す手口も同じなので同一犯なのであろうと警察は発表している。

「紅き証明って?」

 屋台のイカ焼きを頬張りながら尋ねてくる海斗の隣で、悠司は唐揚げ串を持ちながら答える。

「イニクスは決まって同じ赤い宝石を狙ってるんだ」

「宝石の名前が「紅き証明」?」

「分からない。懺悔室でも話したけど、世界には存在していない宝石らしい。なぜかこの街に集まっていて、それをイニクスが狙ってるって感じだな」

「……それがイニクスがこの街だけに現れる理由だろうな」

 もしゃもしゃとイカ焼きを食べる海斗のタイミングに合わせて唐揚げにかぶりつく。

 時刻は夜の七時四十二分。

 遠くの方であわただしく動き回っているのは警察官の人たちだ。

 そのどこかに糺世もいるはずだ。

 なんだかんだと言いながら、現場に出られるなら出ているはずだ。なんせ殺人事件に関わっていたかった人なのだ。相手が殺人犯から怪盗に変わったところで同じだろう。

 二人は屋台の出ている駅前から移動して博物館へと向かう。あまり近づきすぎると警察の邪魔になるかもしれないので、博物館の見える場所、になるのだが。

「双眼鏡持ってきたけど、見えると思うか?」

「動体視力と反射神経が良ければ、いけるかもな」

 二人同時に屋台で買ったものを食べ終えると、海斗は双眼鏡を取り出し、悠司は腕と足を十分にほぐし始める。

「……え、月館、何してんの?」

 最小限の動作の海斗は最大限の動作をしている悠司に怪訝な目を向けた。

「何って、準備運動だけど?」

 体を十二分に動かしていつでも走れる体制を整えていた悠司は最初からそのつもりだった。

 屋台巡りも街の観光も、午後八時までの時間を潰すための副次的な行動でしかない。

「いやいやいや! なんで⁉ 俺そんなつもり全然ないんだけど⁉」

「ああ、だから乙坂はここから動かないでくれ。多分、ここなら怪盗が出てくるところを見られるはずなんだ」

「なんでそう言えるんだよ⁉」

「博物館の三階展示室にブラッドリンクスを使用したイヤリングがある。侵入経路はまだ分からないけど、脱出するなら必ずここから見える方の窓から出てくる」

「めっちゃ調べてんじゃん……」

 ノートも開かず暗唱する情報に引き気味になった海斗は双眼鏡を落としそうになっていた。

 午後七時五十七分。

「じゃ、また後で」

「つ、月館、お前何しに行くんだ?」

 警察の邪魔にならないように博物館から離れた場所で、と提案したのは悠司だ。それなのに警察の邪魔になるかもしれないような位置まで行こうとしている。

 悠司は海斗を騙した気分になったが、それでも今日という日を八年も待っていた。

「俺はこの八年、怪盗イニクスのことを考えてきた。それを、証明したい」

 これまでできなかったことが、高校生になったことでできるようになった。

 言わば今日は悠司にとって大事な夜と言える。

 海斗はわずかに笑みを浮かべる悠司の横顔を見て、肩の力を抜いた。

「分かった。俺はここで待つ。それでいいんだな?」

「ああ」

「絶対戻って来いよ? 暗くなってるから駅までの戻り方が分からねえ」

「分かってる。観光道案内は最後まで務める」

「……じゃあ、行ってこい!」

 双眼鏡を抱え直した海斗に背中を押され、悠司は博物館に向かって走り出した。

 午後八時丁度。

 博物館の方から騒がしい音が聞こえた。

 怪盗イニクスが、現れた。

 月館悠司は八歳のある夜に怪盗イニクスに出会った。

 それから八年、待ち望んだ夜がやってきた。

 走り出した悠司は真っ直ぐ博物館に向かうわけではない。

 八時になって、何も問題がなければイニクスは現れている頃だ。一番慌ただしい場所にのこのこ出て行って糺世に怒られるつもりはない。

 かといって久しぶりに現れる怪盗イニクスに警察が勝つと思えない。糺世が言っていたように、今回初めて怪盗イニクスの逮捕に携わる人間が対処できるとは思えないのだ。

 なので向かうのは海斗が双眼鏡で覗いているであろう場所。

 博物館の三階展示室――の下。

 博物館に近づくにつれて喧噪が大きくなる。警察の指示や報告の声が飛び交っていた。

 マスコミや野次馬の声も聞こえるが、問答無用とばかりに警察や警備に押し返されている。

「イニクスに盗られました!」

「イニクス、三階展示室を出て逃走中!」

「C班及びD班、応答がありません!」

 博物館の入口と反対側に来て身を潜めているとそういった声がよく聞こえた。

 どうやら怪盗イニクスは博物館に侵入して宝石を奪取した直後で、まだ脱出はされていないらしい。

「二階と一階の配備を増やして退路を塞ぐ! 屋根にライト当て続けろ!」

 走り回る制服を着た警察官の無線から聞こえる指示は糺世ではない。陣頭指揮を執っているという別の警察官だろう。

 悠司はゆっくりと足音を出さないように少しずつ移動を始める。

 聞こえてくる情報からして、イニクスが三階展示室から出たという情報が出たものの、他の出現情報がない。

 なら、また展示室に戻ったのではないか?

 反応がないという二つの班は三階にいたグループで、退却するのに邪魔だったから眠らせたか何かしたか。

 怪盗イニクスが人の命を奪ったという情報はどこにも出ていない。もしも殺人が起きたとなれば大きなニュースになるはずなので、死んではいないと考えて間違いない――と思いたい願望でしかないが。

「探せ! まだ中にいるはずだ!」

 遠くに聞こえる無線の音声。

 悠司は確信を持って怪盗の登場を待った。

 そして、その時はすぐにやって来た。

 あの夜体感した身体能力は健在で、ふわりと重力を感じさせない着地で降り立った。

 三階の、窓から、躊躇いもなく現れるのをしかと見ていた。

「怪盗イニクス」

 逸るのを抑えきれずに立ち上がる。

 長い髪の毛先は一つにまとめられ、黒を基調とした服装とホットパンツ。すらりと伸びた脚とショートブーツ。

 記憶の中と同じ人物が、目の前にいる。

 彼女は慌てず騒がず、悠司を注視した。

「君は、いつぞやの泥棒少年だね?」

 彼女は――怪盗イニクスは、月館悠司という一度会ったきりの少年のことを覚えていてくれた。


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