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少年は怪盗に憧れた  作者: 天上いこい
11/14

怪盗と敵対3

 次の日の朝。家を出るタイミングが重なったので悠司は糺世と途中まで一緒に行くことにした。

「おじさんって、見た目は寡黙そうなのによく喋るよね?」

 まだ眠気から覚めていないのか、それとも不機嫌なのか、刺すような目つきで前を向いている。

 眼鏡をかけているから雰囲気は幾分か緩和されているようで、道行く人たちが糺世を見る目が怯えているものとは正反対に釘付けにされている。

 数多もの視線を集めているというのに糺世はそんな視線には気付いていないのか気にしていないのか気になってすらいないのか、前を向いたまま歩く。

 糺世は車通勤だ。しかし家の駐車場には停めていない。停めるスペースならあるのに、近くのパーキングに停めていた。これに父親は「リッチだな」と一言だけの感想を漏らしている。

「兄貴だって喋るだろ? そういう血筋だ。酒が入ると尚軽くなる」

「ふうん……?」

 昨夜、警視としての糺世を見た時は口数少なく頭の切れるエリート然としていた。

 悠司の知る糺世は、あまり喋る方ではなかったように思う。

 だから高校生になってから糺世を意識して寡黙になろうとしているのだが。

「お前だってよく喋るじゃないか」

「それは……」

 本人を前に憧れて真似をしています、とは言えない。

「義姉さんもよく喋る人だからな。お前も自然とそうなっているんだ」

「そうかも」

 駐車場に入って車のロックを外して運転席に乗り込んだ糺世は悠司を見上げる。

「学校まで送ってやろうか?」

 昨夜は後部座席に乗って海斗の家、警察署、自宅へと送ってもらっていることもあってか、今乗ってしまうと昨夜の――主に近司馬という刑事のことを思い出してしまう。

 一番被害に遭っていたのは海斗だが、悠司もまったく被害がなかったわけではない。

 近司馬が博物館の館長に話を聞きに行っている間にキレイに拭き取ってはいるが、すぐに忘れられるわけでもない。

「いや、いいよ」

「そうか? なら、これを昨日の友達と分けて使ってくれ」

 そう言いながら財布から二千円を取り出す。

「え、昨日ももらったのに」

「近司馬の迷惑料だ。部下の責任は上司が取らなくてはな」

「おじさんがそう言うなら、ありがたく」

 昨日貰ったお金も使いきってはいない。海斗と二人で使えと言われているので、購買や放課後にどこか寄った際に使わせてもらおうと財布に仕舞った。

「じゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

「悠司も勉強しっかりな」

「あー……うん」

 車のエンジン音が響く。

 窓を開けてゆっくりと走り出し、糺世は軽く手を振って職場へと向かった。

 憧れの大人。

 決して両親を憧れていないわけではない。大学で教鞭を取るなんて今の悠司には考えられない未来だ。

 そうではなく人としての在り方。男としての在り方として、糺世に憧れる。

 憧れに近づくためにも、怪盗イニクスを捕まえたい。

 悠司は拳を握って決意を固めた。



 正直、どこか馬鹿にしていた。

 中二病かよ、と鼻で笑っていた。

 ――あれが、怪盗……。

 双眼鏡を覗いた先に見えた友人と、もう一人。

 髪の長い、若い女性だった。

 軽い身のこなしで三階から飛び降りて友人と対峙している。

 強く興奮しているのが分かる。

 呼吸が荒くなるのを自身の胸元を握り込むことで耐える。

 ――あれが怪盗。

 怪盗が友人に手を差し伸べ、一度はその手を取る。そのままあちらの世界へと行ってしまうのかと思った。しかし友人は怪盗と敵対する道を選んだ。

 ――あれが、怪盗……!

 怪盗は友人に手を取られはしたものの、すぐに離れてそのままどこかへと消えた。

 内心、ホッとしていた。

 捕まらなくてよかったと。

 悪人なのだから捕まった方がいいと分かっているのに。

 捕まってほしくない。

 この感情はどういったものなのか。今は考えなくてもいいだろう。

 まずはこの興奮を抑えて、平然とした顔で友人と合流しなければならない。

 怪盗を捕まえようとしている友人に「捕まえないでくれ」とは言えそうにない。

「……はあ」

 双眼鏡を下ろして熱のこもった息を吐き出す。

 友人は直に怪盗と会って何を感じたのだろう。

 いや、そもそも友人は最初からおかしな態度だった。

 怪盗の情報を集めたノートを常に持ち歩いていたり、怪盗が現れる時間ぴったりに走り出して怪盗の脱出に間に合ったり。

 登場を熱望していたような素振りじゃないか。

「すごいな、この街は」

 他の街では得ることも難しい情報も、街の中に入ってしまえば簡単に手に入る。

 今夜の興奮はしばらく続くことになりそうだ。


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