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少年は怪盗に憧れた  作者: 天上いこい
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怪盗と敵対2

「私に聞かれましても……。警察官として、怪盗イニクス捕縛の任に付いている人間として理解してはいけないような気もしますが」

「そうか」

 今原の返答に顔色一つ変えないまま、糺世は悠司を真っ直ぐに見ている。隠し事があってもすぐに見抜かれそうな、鋭い視線。

「悠司、一人でやるつもりか? それともあの友人と一緒にするのか?」

「一人で。乙坂はこの街の人じゃないし、迷惑をかけたり危険な目に遭わせたりしたくない」

「もしも警察が協力しようと手を差し伸べても?」

「警察の邪魔はしない。おじさんにそう言われなくても、そうするつもりだった」

「本当に一人でするんだな?」

「これは俺だけのものだから」

 口にしていて段々と羞恥心がこみ上げる。

 いくら糺世には口が軽くなりやすいとは言っても発言内容が中学生のそれだ。中二病だと思われる。

 ちらりと今原の様子を窺うと、呆れているのか、聞くに値しないと思われているのか、腕を組んで壁を眺めていた。

「分かった」

「……警視?」

 表情をまったく変えない糺世に不安を掻き立てられているのは今原だけではない。

 何を言われるのかと固唾を飲んで待つ。

「月館悠司の行動の責任は俺が持つ。今回はそれでいいだろう」

「警視⁉」

 大きく頷いた糺世は自身の決断に満足しているようだが、今原は大きく動揺していた。

「どういうつもりですか⁉ この少年にお咎めはないということですか⁉」

「怪盗を逃がしたのは我々の失態であって、悠司は邪魔をしたわけでもない。さらに言えば怪盗から宝石こそ奪われはしたが大きな成果をもたらした事実も明らかになるはずだ。しかし高校生と言えど未成年。保護者が付いているのが普通だろう」

「確かに警視なら身分も申し分ないでしょうけれど……報告書はどうすれば……?」

 今原が懸念していたのは糺世の判断ではなく書類のことが大きかったらしい。

「警視、失礼します! 館長を任意同行でお連れしました」

 会議室の扉が突然開いて近司馬が現れた。その顔には困惑が滲んでいる。

 大袈裟な音を立てて扉が開いたので悠司と今原は目を大きく見開いて驚いた。

「ご苦労。取り調べを始めようか。悠司、少しだけ待っててくれ」

「あ、うん」

 糺世は近司馬を連れて会議室を出て行った。

 そこから先のことを、悠司は知らない。

 知っているのは――

「どうした?」

 我に返った悠司は一時間前の世界から意識を戻した。

「い、いや、なんでもない」

 改めて見る糺世は父親の弟と知っていなければ今原の言葉に圧倒されていたかもしれない。

 父親経由で糺世と同じ血が流れているのかと思うとやや理不尽だと思わざるを得ないか。

「話を戻すぞ。今後の話だ。署でも話した通り俺はお前の行動の責任を持つ。だから自由に動いて構わない――とは言ってやれないが、行動に制限をかけるつもりはあまりない。警察の邪魔をしないことが優先。それから、お前の見たもの感じたもの判明したものなどは報告してほしい。言いたくないこともあるだろうから、伏せたい部分は伏せたままでいい」

 要するに警察を敵に回すような危ないことだけはするな、という意味で合っているはずだ。

 何やら初めて外に遊びに行く小学生の気分を味わっているのは気のせいだろうか。

 厳しいようで、実は甘い。

「おじさん、俺もう高校生だけど……いいの?」

 逆に心配になって悠司から切り出す。もう少し制限をかけられたり、怪盗イニクスに以前会ったことがあると白状すべきなのかと思っていたのに。

 もしかしてそういう作戦だったなら、まんまと引っ掛かったことになるが。

 糺世は缶ビールを飲み切るとテーブルに缶を置いた。

 その顔は笑顔だ。

「悠司の発言をチームに話したところで未成年の戯言だと話半分に聞かれて終わりだ。だったら、外部組織として活動する方がよくないか?」

「外部組織?」

 いつからそんな話になっていた?

 悠司を監視下に置くとは言っても、一人で行動すると宣言している。さらに最低限の約束事もたった今伝えられたばかりだ。

「警察という一つの組織だけでたった一人の怪盗を捕まえられるとは思えない。かといって他の組織と手を組むのは警察の面子が許さない。だがここで好奇心旺盛な一人の高校生が暗躍し、それを操っているのが警察関係者の俺。想像しただけで面白いじゃないか」

「おじさん、怪盗を捕まえるチームのトップって言ってなかった……? いいの、そんなこと言って?」

「警察の方の陣頭指揮は近司馬がとっているからな。正直暇なんだ。怪盗を捕まえられなくても大きなペナルティもないし」

「……明け透けに言わなくても」

「これまで怪盗捕縛チームに携わっていた人間もペナルティを負ってはいない。出世にも関わってはいないんだがな」

「それって、パフォーマンスってこと?」

「いや、仕事だからな。本気で捕まえようとはしている。だが、怪盗イニクスについてはほとんど分かっていることがない」

 空になった缶を揺らした糺世を見て、悠司は冷蔵庫から冷えた新しい缶ビールを持ってきた。ついでに自分にも麦茶を用意した。

 礼を言って受け取った糺世はすぐにプルタブを開ける。

「はっきりと分かっているのは、怪盗イニクスは赤い宝石だけを狙っていること。大体においてその宝石は持ち主にとってそれほど重要ではないこと。盗まれたのに被害届を出さないから追いかけようにも難しい。建造物侵入、器物破損で手配はできるんだが、これといった手がかりも残さないからな」

 飲み口から泡が溢れている。焦った素振りも見せず優雅に溢れた泡を口に流し入れていた。

 手がかりを残さないのは、侵入してから脱出までに時間をかけないからだ。

 今夜だって予告状通りに八時に現れ、その数分後には盗み終えて外に出てきた。

 盗んで、警備と捜索にあたっていた人間の意識を奪って、隠されていた白い宝石を見つけ出していた。

 よっぽどの手際の良さと身のこなしがなければ不可能な動作だ。

 手がかりが残らないのも無理はない。

「お前はどうやってあの怪盗を捕まえるつもりなんだ?」

「俺は……」

 ノートにまとめた怪盗イニクスの動きの研究は今夜役に立った。このノートの存在を糺世に明かしてもいいのかどうか迷う。伏せたい部分は伏せたままでいいと言われはしたが、どうなのだろう。

「ん?」

 仕事外でしか見られないという糺世の微笑。

 悠司は伏せておくことにした。

「おじさんと一緒。怪盗が現れる度にデータを集めるって感じになると思う」

「そうか」

 一応嘘は言っていない。今夜の登場もデータの一つに換算されるというだけだ。

「今日はもう疲れただろうし、次の予告状が現れるまでは休みだな」

「うん。はりきりすぎた」

 逸る気持ちを抑えきれなかったとか、海斗を待機させた場所から一気に怪盗イニクスが現れると思われた場所へ駆け下りたりだとか、心身ともに疲弊している。

 今日はもう、風呂に入って休みたい。

 海斗には明日学校で説明すればいい。

 悠司はようやく、全身の力を抜いた。

 欠伸が出た。


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