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少年は怪盗に憧れた  作者: 天上いこい
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怪盗と邂逅1

 たった八年の人生で初めての大きなイベントがまさか、泥棒だなんて誰が想像しただろう。

 忍び込むのは広い敷地を誇る屋敷。主人は政界の重鎮で、子供から見ればただのお金持ちのおじさんである。性格は良くない。大人たちがそう言っている――からではなくて、子供を見る屋敷の主人の目が異様なまでの殺気を放っていた。

 だから、大切なものを取り戻すのに泥棒になるという選択を取るしかなかった。

 息を切らしていても息を殺し、大げさなほど大きい門扉を乗り越える。

 敷地に入っても屋敷までは遠く、どんなに速く走っても永遠にたどりつかないのではと恐怖心が芽生えた。

 門扉を越えるまでは使命感で溢れていた。

 それが今では恐怖心が勝っている。

 しかしここで引き返すわけにはいかなかった。

 八歳の少年は、泥棒をするに足る理由を持っていた。

 大切な友達の大切なものが、奪われたのだ。

 海外へ行くことが決まったと知らされたのが二日前。大切なものを奪われたと打ち明けられたのが一日前。決行を決めたのは十時間ほど前。

 もうすぐ離れ離れになってしまう友達のためとは言え、夜も更けた時間に家を抜け出している。

 何もしないままでは帰れない。

 友達の大切なものを渡して、さよならを言うのだ。

 悲しい気持ちを抱えたままこの街を出て行かせたくない。

 屋敷の窓が一つ開いているのを見つけて、そこから中へ侵入する。

 広くて長い廊下。絨毯張りでうっかりしていると足を取られそうになる。

 目的のものがどこにあるのか調べずに乗り込んだが八歳の頭には下調べなんて言葉は存在していなかった。

 壁に背を付けてゆっくりと進み、曲がり角に当たる度に周囲に耳を澄ませて人が来ないことを注意深く確認した。

 扉があれば片っ端から開いて中に入って探しまわる。

 どれほど部屋があるのか、扉を開けて中に入って探して部屋を出るを繰り返している。屋敷の住人がいる場所を避けているので、目的のものが十人の部屋にあればまったくもって意味のない無駄な行動になる。

 二階へ続く階段は絨毯が敷かれていない。一歩足をかけると小さく音が鳴った。

 靴を脱いで靴下の状態で階段を上がる。それでも音は完全に消えなかったが、誰かが様子を見にやって来るようなことはなかった。

 二階は一階よりも人の気配が濃い。靴を履いてまた歩き出す。

 主な住居スペースは二階に集まっているのだろう。リビングやキッチンを通り過ぎて一階同様手当たり次第に部屋に忍び込んで探しまわる。

 やはり人のいる部屋にあるのではないか、と焦りとともに眠気に襲われながら諦めの二文字が脳裏を過ぎった。

 取り返しに行ったけれど駄目だった。そう報告するしかないか、と涙目になる目を力強く袖で拭う。

 少しだけ眠気から解放されると、廊下の絨毯にわずかに吸収されてはいるが、確かに人の足音が聞こえた。廊下の曲がり角、大きな観葉植物に身を隠す。

 控えめなノック音が聞こえた。


「奥様。ご用意が整いました」


 低い大人の男の声。恐らく屋敷の使用人の一人。

 ドアが開く音。少年は自分の鼓動がうるさくて、聞こえてしまうのではないかと強い不安に襲われる。


「ありがとう。悪いわね、こんな時間に」

「いえ、今夜は冷えますので、温かいものを用意させていただきました」

「行きましょう」


 上品な女性の声と使用人の声が部屋から遠ざかる。リビングへと向かったらしい。

 チャンスだ――と思った。

 人のいる部屋に入るにはまたとない機会。もしかしたらあの部屋にあるかもしれない。

 迷うよりも先に、体が動いていた。

 扉は完全に閉まってはいなかった。

 身を滑らせて中に入り、先ほどまであった人の気配に身を縮こまらせながら手早く探す。


 ――あった。


 もうすぐ海外へ行ってしまい、離れ離れになる友達が奪われたという大切なもの。

 飾り棚の一番上にそれはあった。

 星の形の、キーホルダー。

 大切なものなのだと見せてくれて、友達が大事そうに扱うのを見ていた。

 だからこそ取り戻して渡してやりたいというのに、天井まで届く飾り棚の一番上は、少年にとっては高すぎた。

 椅子を足場にしてもまだ高い。

 目の前にあるというのに、ここで諦めたくはなかった。

 どうにかして一番上まで登る必要がある。飾り棚の中段は引き出しになっていて、椅子を併用すれば途中までは上がれる。問題は、そこからだった。

 その時、廊下からパタパタとスリッパで小走りにこの部屋を目指してやって来る音が聞こえた。

 急いで隠れなければ。けれど、どこに。

 悩んでいる間にも足音は近づいてくる。

 いくら子供とは言っても、深夜にも近い時間に屋敷の二階の一室にいるのはあまりにもおかしい。どんな言い訳も通用しない、明らかな犯罪行為だ。

 足音は少年のいる部屋の前で止まった。

 使用人は靴を履いていた。部屋の前にいるのは奥様と呼ばれていた人物だ。


「あら、閉め忘れていたのかしら?」


 扉が開いたままになっていることに気付いた女性はそのまま扉を開け――。

 突然の暗闇に少年は意識を失ったのだと無意識に判断していたが、そうではなかった。


「あったあった。これがないと……」


 部屋の主である女性の声が少し離れたところから聞こえた。少年の存在にはまったく気付いた様子はない。部屋に入られたとは、まったく思っていないだろう。

 状況が分かったところで冷静を取り戻した少年は自分の状況にも目を向けることができた。

 暗闇の中にかすかな光が見える。

 細長い光は、差し込んでいる月明かり。

 少年はどこか狭い場所の中にいた。

 柔らかなものが少年を包み込むようにしているのでクローゼットかと予測を立てる。

 夏の風のような香りがした。


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