9:知らぬ間にお尋ね者になってた公爵令嬢
「ありがとうございました。一時はどうなることかと」
「大丈夫? あの下劣な悪党どもにいやらしいこととかされてない?」
いきなりストレートな物言いをしないで欲しいが、エリアーデなりに少女の身を案じているようだった。とりあえず山賊のアジトから少女を引っ張り出し、モッフィーに頼んで鎖を引きちぎってもらう。
「大丈夫です。恐らくそういう目的ではなく、私を口封じのために捕まえたのだと思います。お金はほとんど持ってませんし……ところで、あの方々はどうするんですか?」
「ああ、あれは街に持って帰って換金するのよ」
気絶した山賊達は縛り上げられたまま山積みにされている。エリアーデの欲望の踏み台になった山賊達はパチンコ玉みたいな扱いを受けていた。ちなみに運ぶのはモッフィーである。
「換金? もしかして冒険者の方なんですか?」
「よく勘違いされるけど違うわよ。私は悪に鉄槌を下し、わずかな報酬だけを得る正義の使徒エリアーデよ。そんでこっちが私と固い絆で結ばれたモッフィーよ」
『絆じゃねえ腐れ縁だ』
モッフィーが悪態を吐くと、少女が目を丸くする。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、そのお方とは魔力を通じて会話されているのですか? 普通の獣人なら口頭で会話をするはずですし」
『ん? お前も俺の声が聞こえるのか?』
モッフィーがそう尋ねると、少女は頷く。
『そうか。だったら人間形態でいる必要はねえな。この身体は窮屈でしかたねぇ』
そう言って、モッフィーは燐光を放ちながら、巨大な金色の魔狼へと戻っていく。その姿を見た少女が驚愕する。
「だ、ダイアーウルフ!? 魔獣の中でも上位の存在がなんで!?」
『おお、いいね! やっとまともな反応が帰ってきた』
本来なら魔狼はかなり危険視される存在なのだが、この世界の常識なんかこれっぽっちも知らないエリアーデに振り回され現在に至る。少女の反応に、モッフィーは上機嫌だ。
「ああ、別に怖がらなくていいのよ。モッフィーは私のパートナーだから」
『だからパートナーじゃねえって言ってんだろ! 腐れ縁だ腐れ縁!』
エリアーデとモッフィーのやりとりを見て、少女がくすりと笑う。コントみたいなやりとりで徐々に緊張がほぐれているようだった。
「申し遅れました。私は聖霊教会の使徒、ミトラと申します。危ないところを助けていただきありがとうございました」
ミトラと名乗る少女は、水色の髪に空色の瞳という、地球では存在しないようなカラーリングだ。だが、顔立ちは整っているし、常識的な面でもエリアーデより大分賢そうに見える。
「それにしても、エリアーデ様と聞いて少し驚きました。三年前に亡くなられた公爵令嬢様と同じ名前だったので」
「そうなのよねぇ……」
ミトラの何気ないセリフに、エリアーデは溜め息を吐く。とはいえ、ミトラはそれ以上言及しようとしなかった。同姓同名という事はこの世界にもあるらしく、エリアーデというのもそれほど珍しい名前ではないのだとか。
「とりあえずこんな山奥で立ち話もなんだし、一旦街に帰りましょ。モッフィー、そっちの換金山賊は任せたわよ」
『分かったよ。肉体労働ばっかさせやがって』
「よ、よろしければ私も手伝いましょうか?」
『お前の優しさに俺は泣きそうだよ。その気持ちだけで充分だ。つーか、お前らじゃ二人で男一人も運べねえだろ』
「さすがモッフィー! 縁の下の力持ち! 女の子にモテるわよ!」
『てめぇはちょっとは手伝う気を表せよ!』
ぶつくさ文句を言いながら、二人と一匹は下山を開始した。さすがに山賊全員をモッフィーに積みこむのは無理なので、リーダー格の数名だけを持ち帰る。残り全員は身ぐるみを剥いで山の中に気絶したまま放置した。
「よろしいのでしょうか。悪人とはいえ野獣の出る山に放置しても……」
「いいのよ。もともと悪事を働いてた連中だもの。運がよければ生き残るわ。それに、私だって山の中に放置されても気合と根性で辿りついたのよ」
「そ、そうなんですか!?」
『間違ってはない』
普通の人間なら魔獣に遭遇した段階で死を覚悟するが、死を超越した覚悟を持ってエリアーデはそれを乗り越えた。魔力も体力も乏しくとも、エリアーデには恐るべき生命力が備わっていた。
「エリアーデ様はすごいお方なんですね。私なんか、教会から調査員として派遣されてる途中に山賊に捕まっちゃうし……はぁ……」
ミトラは肩を落として嘆くが、エリアーデはその肩にぽんと手を置く。
「大丈夫よ。生きてさえいれば汚名挽回のチャンスはきっとあるわ」
「それを言うなら名誉挽回だと思うんですけど」
「……と、とにかく! 失敗を糧に新たに挑戦すればいいのよ! で、ミトラは何かの依頼を受けてたの? 女の子一人で山を超えさせるなんて教会も無茶させるわね」
間違えを誤魔化すように、エリアーデは話を変えた。
「仕方ありません。冒険者ギルドも謎の魔獣騒ぎで大忙しで、聖霊教会からもメンバーが多数派遣されているんです。教会は癒しの力を持つ人間が多いので、協力を要請される事が多いんです」
だから、自分のような未熟者でも調査のような戦闘行為以外に参加せざるを得なかったというのがミトラの弁だ。とはいえ、いちおう現代日本の倫理観を持っているエリアーデとしては納得がいかない。
「そうねぇ……せっかくだから協力してあげるわ。私たちも山賊討伐以外にやる事無かったし」
『勝手に決めるなよ……』
「いいじゃない。どうせ暇だし、こんな小さな子一人に危険な橋を渡らせるのは許さないわ」
『とか言いつつ、教会とやらに恩を着せたいだけだろ』
「…………」
図星だった。いや、一応半分は本音だが、もう半分は打算である。だが、ミトラはかなり純粋な性格らしく、エリアーデの提案に目を輝かせている。
「ほ、本当ですか!? こんなに立派な方々にご協力いただけるなんて感激です!」
「そう、私は立派な方なのよ。立派だから弱者を放置しておけないわ」
「素晴らしいです! 今調査中の邪悪な存在とは全然違いますね!」
「邪悪な存在?」
あんまり危ない橋は渡りたくないなぁと思ったが、乗りかかった船だし仕方ない。エリアーデはミトラに詳しい内容を聞く事にした。
「ええと、最近、邪法を使った痕跡が観測されたんです。放置しておくと一国が滅びる可能性すらある恐ろしい魔術です。いちおう聖霊教会としても情報収集をしているんですが、なにぶん物騒なもので、市民から情報もなかなか得られなくて」
「それであなた達が調査をしてたってわけね。それにしても、一国が滅びる魔法なんて、随分と恐ろしいわね。死ぬ呪いをまき散らすとか?」
「いえ、『他者と自分の身体を入れ替える』という魔法です」
「えっ」
ミトラは普通に話していたが、エリアーデは急に足を止めた。それ私やんけ。
「どうされたんですか? いきなり立ち止まって」
「ナ、ナンデモナイワヨ」
『声が裏返ってんぞ』
エリアーデはなんとか平静を装い、再びミトラと共に歩きだす。気持ち表情が強張っているが、ミトラは特に気にしていないようだった。
「でも、他人と自分を入れ替えるだけでなんで一国が滅びるの? 別に個人間のやりとりじゃない」
「とんでもありません! 悪用されたら大変なことになります。例えば、平民が貴族と身体を交換し、私利私欲のために成り上がったら国は滅茶苦茶になってしまいます。だから禁術として厳しく取り締まられてるんです」
「そ、そういう危険も無いわけではないわね」
「なんで目をそらすんですか?」
ミトラは首を傾げる。モッフィーは黙って首を振るだけだった。エリアーデをかばったというより、共犯者扱いを避けるためだ。
「そ、それで、も、もしその禁術を使った人間が見つかったらどうなるのかしら? 魔法を発動した方が捕まるのよね?」
「交換魔法はお互いが本当に同意したときのみという難しい条件があります。嘘偽りが一点でも含まれていたら発動すら出来ないんです。つまり、両方とも犯罪者ですね。最悪、死罪になることも」
「そ、それは……穏やかじゃないわね」
「仕方ないのです。ある日突然、平民が公爵などになったりしたら国自体が成り立たなくなりますから。エリアーデ様のように立派な心を持った方ばかりではありませんからね」
えらいっこっちゃ。エリアーデは内心で頭を抱えつつ、ミトラと共に中心都市リートに戻った。